お題/桜散る
花が、ちらちらと目の前を掠めていく。心の中に重くのしかかるのは、その花が散る様子に、何かを重ねたからか。
「……」
伸ばした手に、淡い桃色の花びらが層を成す。しかしその花びらたちも、やがては手のひらからこぼれ落ちていく。
「ごめんね……、ごめん……」
いくら謝っても届かない。
許されることのない言葉。贖罪などと呼ぶことすら烏滸がましい。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
貴女を、嫌いになったわけじゃなかったのに。
私は弱くて、どうしようもなく弱くて。一番失いたくなかったはずの貴女をいとも容易く失って。
「ごめ、……ん……ごめ、なさい……っ」
ぼろぼろと流れる涙と、漏れ出す嗚咽の合間に口から自然に溢れる謝罪。
赦さなくていいから。
お願いだから。
もういちどだけ、わたしとはなして。
お題/ここではない、どこかで
君を一目見た瞬間から、どこかで懐かしさを感じていた。
どうしてか分からなかったんだ。けど、あるとき、ぽつりと君が言った。
「私ね、あなたを知ってるよ」
君は続ける。
「ずっと、ずっと、ずーっと、待ってたんだ」
君は僕の頬に手を添える。
「おかえり、」
そのあとに続くのは、僕の知らない僕の名前。僕を通して違う誰かを見ている君。
「今度こそ、1000年一緒にいてよね」
微笑んだ君に頷いてしまったのは、どうしてか。
きっとそれは、現在(ここ)ではないどこか、遠い遠い、過去(どこか)の縁。
お題/快晴
晴れ渡る青空に、君の髪が煌めいた。眩しい太陽が照りつける。君は笑って僕の先を歩いた。
「暑いね」
「……そうだね」
僕は溶けかけたアイスを一口齧りながら、楽しそうにはしゃぐ君を見つめる。
こういうのもたまには悪くないな、なんて、柄にもないことを思う。
「楽しそうだね?」
「それは君でしょ」
前を歩く君を追いかけながら、僕は返した。
「いーや、きみもだよ」
その言葉に思わず顔をあげると、鼻先が触れそうなほどに近い距離に君の顔があって。驚いた僕に、君は、言った。
「好きだよ」
溶けたアイスが地面に落ちる。熱い顔は、きっと気温のせいだけではなくて。それを誤魔化すように、僕は「暑いね」と呟いた。
お題/言葉にできない
「ごめん」
ひとこと。たった、一言だけ。僕の言葉を詰まらせるには、それで充分だった。
聞きたかった「どうして」も、ぶつけたかった「ふざけるな」も、何も、出てこない。呼吸が、ままならない。ただ喉から掠れたように漏れる息の音だけが、部屋に響く。
「……ごめん……」
僕の耳に届く、あんたのその声が、僕のすべてを奪う。
言葉を奪う。
「ごめんなぁ……」
抱き締められた身体は冷えている。ただ背中に回された手が、服越しのほんのりとした暖かさを伝えてくる。
「守れなくて、ごめん……」
ちがうのに。僕はあんたに、そんなことを言わせたかったのではなかったのに。
けれどやはり言葉は出てこない、頬を流れる水と、嗚咽だけが喉の奥から引っ張り出されて。
僕は恐る恐る、背中に震える手を回した。
お題/春爛漫
花びらが、君を、彩る。
「……綺麗……」
思わず出た言葉に、君はくすりと笑う。
「うん、とってもキレイ」
「……僕は春が好きじゃなかったけど、こういう景色は悪くないな」
そう呟いた僕に、君は大仰に驚いて見せた。
「えぇ……どうして? いいじゃない、春」
「昔はね、好きだったんだ。でもね、あるときから好きじゃなくなってしまった」
そして君に、手を伸ばす。
「大切な人を奪っていってしまったから」
もう触れられない君。毎年この日だけ、姿を表す君。もしかしたら、すべて僕の空想なのかもしれない。本当は君はそこにはいないのかもしれない。
「そっかあ」
君は、照れたような、嬉しそうな、なのにどこか寂しそうな笑みを浮かべた。すり抜ける君の掌が、また今年も透けていく。
「君はほんとうに、私のことが好きだね」
今年の最後の言葉はそれだった。
本当は、あの春の最中、花びらのように散ってしまった君の姿を、僕は、まだ追いかけている。