お題/忘れたくても忘れられない
君の目が、僕を、真っ直ぐと見据えて。目があって、世界が止まった。
落下していく君の身体と、前に出た僕の手が、あの日の中に閉じ込められている。今でもはっきり、覚えている。
あの夏の日、僕は許されない罪を犯したことを。
あの夏の日、僕の中で君という存在が永遠になった。許されない罪の象徴として。
許されない罪と、一生叶わぬ恋を引き連れて、君は、あの夏の中に閉じこもってしまった。
その鍵をかけてしまったのは僕なのだ。
苦しくて、怖くて、悔しくて、愛しくて。
だから、……だから、僕は、君を許せなくて、僕は、君のことを、ずっと──
お題/些細なことでも
目の前にいる男の指が、液晶画面をなぞる。白い手だ、と思った。白くて、細くて、触れたら折れてしまいそうなくらいだ、と。
ふと、視線がかち合った。男はふっと笑って、口の動きだけでこちらに告げた。
"随分と、熱視線だな"
その瞳から、薄い唇から、目が離せない。
「……おまえ、は、」
何かを問おうと開いた口に、男の指が押し当てられた。
「何も聞くなよ」
いつになく、低い声で告げられたそれ。触れた指先は、冷たい。ああこいつの指はいつも冷たいのか、なんて。いつもは触れてくることなどないくせに。
どうして、こんなに些細な変化だけで、どうにも言葉がうまく紡げなくなるものか。
お題/開けないLINE
通知がひとつ。ずっと、ずっと残っている通知。何度も、何度も、何度も。見ようとして。
受け止めようとして。
そのたび、
失敗した。
これに既読をつけてしまえば、あなたはもう帰ってこない。
わたしはまだ、その線がひけないの。
お題/香水
だいきらいだ、と口から溢れた音が。耳を揺らした君の顔の歪む瞬間を、今でも鮮明に覚えている。言葉の一つ、一つ、君を震わすその細かな振動が、君の心に突き刺さってしまえばいい。
煙草の匂いは消えない。
だいきらいなきみの、匂いが消えない。
こっちを見てくれないくせに。君が先に言ったくせに。きみの匂いが消えないくらい、隣にいたくせに。
なら、それなら。この全てが消えなくなってしまえばいい。君の匂いが、消えないみたいに。君に突き刺さった言葉の全て。君の心臓に突き刺した刃が、取れなくなってしまえばいい。錆びて、ボロボロになっても、その破片が君の心臓に食込むことを祈って。
そうして煙草の匂いを、好きな香水で掻き消して言って、目を見て、心から言ってやる。
「だいきらいだ」
お題/優しくしないで
貴女はそっと私の頬に触れるのです。
「ほら、泣かないで、綺麗な顔が台無しよ?」
私の涙で濡れた指先が、煌めいて見えました。ああ、ああ。優しい貴女、美しい貴女、貴女のすべて、すべて、私には目が潰れてしまいそうなほど眩しいのです。
私は、あの娘を虐げました。私は、怖かったのです。私はあの娘を汚らわしいと思いました。
貴女はあの娘に手を差し伸べます。
その時の私の感情の、なんと卑しいことか。それなのに、貴女は、私にも優しく、触れてくれる。
ごめんなさい。ごめんなさい。汚らわしいのは私です。穢れているのは、卑しいのは、私のほうなのです。
貴女に優しくしてもらう資格など、私にはないのです。
けれど貴女に嫌われたくないから、私はそれを、言い出せずにいるのです。
お願いだから、もう私に優しくしないで。
私は、貴女と一緒に歩むには、相応しくないのです。