侵食

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3/2/2025, 5:51:21 PM

卒業

「バイバイ」
「あ、待って。」
「なに?」
「バイバイじゃなくてさ、またね にしようよ。」
君は頷きながら笑った。
「じゃあ、またね」
「うん、またね。あ、気をつけてね」
「何に?」
いたずらな目で僕を見つめる君を、ちらりと見る。
「車とか。」

2/16/2025, 5:11:52 PM

「おい、足を使えって言ってるだろ。」
監督の声だ。バットを肩に担ぎ、釣りあがった目をサングラスで隠しながら、僕に言った。
僕は素直に、言われた通り何度もやってみるが、そう上手くはいかない。
「全身を使って打たなきゃヒットなんて打てねぇんだよ。足から使え足から。」
オラついた口調は、僕の心を締め付ける。僕だって、やろうとしてるのに...。
結局、3時間の打撃練習の末、一度も褒められることはなかった。悔しいと言うよりは、怒りの方が上回っている。しかしそれも、自分の弱さゆえなのだろう。
僕は今年で小学6年になる。つまり、今シーズンがラストチャンスなのだ。一度もレギュラーになったことがないし、まともなヒットすらも打てた試しがない。どうにか活躍したいけど、諦めてしまいたい自分もいる。
「来週なんでしょ?最後の試合。」
お母さんの声でハッとした。何度も何度も来てくれると思い込んでいたチャンスが、もう、あと一度しかないということに、僕は驚愕した。小学3年から始めた野球も、「明日こそは」という生ぬるい意気込みでしか打ち込めていなかった。やらなくちゃいけない。最後、最後。この言葉が僕の脳内で何度も渦を巻き、僕を攻めたてる。僕は見ていたテレビを放棄して立ち上がり、バットを握った。
そこからの練習は、いつもよりも精を入れて取り組んだ。今から頑張ったって、もう遅いだろ。そんな自分の声も聞こえてくる。でも、どうしてもやらなきゃ行けないような気がする。最後くらい、かっこよく終わりたい。
「お前、体重移動が全くできてねぇぞ。全身で打てって言ってるだろ。」
どれだけ頑張ったって、上手くなんてなれない。素振りだって毎日、何百回も繰り返してるのに、監督から浴びせられるのは批判だ。
「バッティングはもういい。下半身が弱いんだから、端でスクワットしてこい。」
分かった。分かったよ。もういっそ死ぬほど追い込んで、ギャフンと言わせてやるよ。

そして試合当日。僕はレギュラーにはなれなかった。僕の出番がないまま、9回表、監督が僕の方を見た。
「行けるか。」
「はい。」
そして、代打として僕の名前が告げられた。ラストチャンス。ラスト...!
打席に立ち、握りなれたバットを思い切り握りしめ、相手投手を睨む。投手との距離がものすごく近く感じる。僕はこの緊迫感に耐えようと、歯を食いしばり構えた。
一球目、僕の内側にくい込んできたストレートには、手出しをすることが出来なかった。ストレートコールが場内に響く。まずい。反応しなければ。
二球目は必死に食らいつき、何とかファールにすることが出来た。しかし、ツーストライクと追い込まれてしまった。
三球目、これで打てなかったら、もう、終わり。
大きく足を上げ、僕の方に放り込まれたボールは、やけに緩やかに見えた。分かるぞ、タイミングの取り方が!
僕は監督に言われてきたとおり、膝を落として下半身を回し、体重移動をしながらバットを出す。
そして、インパクトで力を...入れる!
聞いたことのない、激しい金属音が、僕の耳に響く。それほど大きい打球では無いが、ライナーでショートの頭を超えた。ヒットだ!
一塁へと走り出す僕を、歓声の嵐が包む。やった!僕は全速力で走りながら、ふとベンチを見た。すると、監督は相変わらず釣りあがった目をサングラスで隠しながら、小さくガッツポーズをしていた。最高の瞬間だ。いつまでも止まらない歓声と僕の足音を聴いて、ふと思った。
時間よ...止まれ!

2/8/2025, 2:51:05 PM

「ほら、またそんなことを言う。」
君はすぐ暗いことを言うんだ
辛いだとか、嫌いだとか
機嫌の悪い時は、もっと酷いこと言い出すんだから
「関係ないでしょ、あなたには。」
関係ないなんてことはないだろう
君の首に刺さった小さいナイフは
血筋を通ってゆっくりと冷たさを運んで行く
最後だと言うのに君は、僕の方を見ない
「どういう事なんだよ。君はどうするつもりなんだ。」
「どうするつもりもない。ただ、世界の白さを見てみたくて」
あぁ、そうか。
どうにも出来ずただ何度も、疑問を投げかけた。
口の動きが少しづつ滞っていくのを、耳ではなく目で感じる
そして、焼けこげた線香の匂いが、背後から僕を包む
「どうして見つかっちゃうかな。」
うるさいな、今更口なんて開かなくていいのに
「どこ行くんだよ。」
「白いところ。」
咄嗟に君の頭をすくい上げる。
と、頭のてっぺんから、どんどんと冷えていくのを感じた。
もう、二度と晴れなくていいから...
君が目を閉じると同時に、静かに雪が、街を染め出した。

2/6/2025, 2:44:02 PM

泥だらけの錆びたミニカーが、ようやくちぎれ落ちた後輪を寂しそうに見つめている。カーブミラーはとっくの昔に捻り取られたのだろうか、首根が削れて、そこに存在していたという証すらも消え去っている。赤色に美しく染め上げられたボディは、今ではほとんど、鉄の銀色に侵食されている。
「寂しいのか?」 と、まるで尋ねるかのように、鳩がそれを覗き込む。試しに啄んでみるが、もちろん何も反応はない上、余計に色は削れるばかりだ。太陽は沈みかけ、昨日より少しばかり濃い橙色が、彼らを揺らす。「いつからここにいるのだ。」 細い3本の指でミニカーを掴み、軽く揺する。コロコロと、機体の中から音が聞こえるのを感知した鳩は、先程よりも力を込めて持ち上げて、機体を遠くに投げてみた。遠くと言っても、鳩の背中の2倍ほどの距離でしかないが、ミニカーはゴロゴロと何度か回転して、最後にコロンと音を立てて止まった。出てきた。小さい何かが出てきた。
鳩は何が出てきたのかと、不思議そうにそれを睨み、そしてぺたぺたと足を進めた
それは、汚れも傷もない、真赤に染め上げられたカーブミラーだった。驚いた。ここまでの困難を、肉体から別れてまで、耐え抜いたというのだ。
沈みかけの太陽によって、紫色に染められた地平を背景に、2つの影が並ぶ。鳩は嬉しかった。そして、両の足で機体とカーブミラーを必死に掴み、そのまま空に飛んだ。天空の美しさを、見せてあげたかったのだ。「どうだい?これでもう寂しくないだろう。これからは友達になってあげてもいいぜ。」 鳩は得意げに大きく翼を広げ、しかしバサバサと必死に空を掻いた。太陽はようやく眠り、黒く染まった青空と優雅に飛び回る彼らだけが、美しい絵のように、世界の一面を埋める。夜が明けたらより一層、真赤に染まった君の美しさが、よく分かるだろう。
そして涙は、地平に取り残された後輪だけに預けられた。

2/3/2025, 5:17:31 AM

雪が砂のように舞う

風が、雨のように吹く

困難になびいた指先は

いつまで経っても

昨日ばかり指を指す

声が出ない朝や

いつまでも来ないバス

車の騒音や

痛みの伴う会話

いつまでも冷徹な視線

そのくせ、僕を包む空気は、永遠と温い

僕は歩き出した。飽きもせず、ひたすら繰り返す毎日を

ただ、少しだけ昨日とは違う何かが

僕の心に、降り注いでくれたのならば

それは、僕にとってこの上ない、幸せになるだろう。

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