マサティ

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5/1/2024, 9:52:18 AM

お題「楽園」
「救いようの無い楽園」

ハンバーガーを食べる。健康を気にする。
サラダを食べなきゃいけない。
野菜がとれない日はマルチビタミンの錠剤でカバー。
必須栄養素を欠かしてはいけないから。
見たい動画が消化しきれていない。
明日は仕事だから、日付が変わる前には寝ないといけない。
大学時代の先輩から飲み会の誘いがあったのに返信出来ていない。
特にお世話になった先輩だから、なるべくなら予定を合わせたい。
押しのVチューバーが初イベントを行っている。
チケットをとれるなら是が非でも取りたい。
動画を見ながら歯を磨く。推しの新曲を聴きながら風呂に入る。
せせこましくインプットを続けながら寝る体勢に入る。
唐突にスマホの通知音鳴る。
付き合いたての彼女からの連絡。
今週日曜日の予定、どうしても合わせることが出来ない、と
眉間に皺を寄せつつ、深呼吸をして「大丈夫だよ」と返信。
こちらだって同じ様な内容を送ったことがあるじゃないか。
それと同時に、ほんの少しホッとした自分もいる。
日曜日には先輩との予定を入れることにしよう。

30歳を越えて、仕事に責任を与えられるようになった。
人間関係にも余裕が出来て、給料も多少はあがった。
でも正直、適当にこなしてほどほどの生活をしたい。
何にせよ時間がない。
結婚はまだか、と職場のお局さんからちょくちょく言われる。
結婚や家庭を意識すべきなのだろうなと思う。
片手間に合コンに行ったりマッチングアプリを触ってみたりした。
何人かの女性と会ってみて、一番自然に会話できる相手と付き合うことになった。
互いに選考した結果「合格した」ということなのだろう。
形式的に毎週会っているが、この先のことは分からない。
ふと、中学高校時代の将来の夢はなんだっけと回想に耽る。
映画監督、プロ野球選手、バンドマン、様々な一縷の可能性が降っては流れ、塵のように僕の奥深くに積もっている。
でもそんなことは良いのだ。
彼らの裏側が苦悩とコンプレックスに満ちていることを、なんとなく想像できる。
叶えたものと等価の、失われた時間・快楽があることを知っている。
僕は消費者で良い。
絞られた才能の汁を、ちびちびとススって気持ちよくなりたい。
それで良いと思っている。
思っているけれど、ふと自問自答する。
それで良いのか。一度きりの人生を、そんな風に消化するのか。
「別にいいんだよ」
即答する。早く眠りにつかなければ。
アフリカの飢えた子供達を想う。
新薬開発の犠牲になる実験動物を想う。
今、僕が甘受している状況は奇跡に近いものだ。
漠然とした不安や焦燥が、就寝前特有の感情だと思いこむことにする。
過去のことを考えてはいけない。将来のことを考え過ぎてもいけない。
僕は目の前の人生を、きちんと考えて生きている。
明日の朝は早い。ポジティブにいこう。
瞼をとじる。明日のことは、明日の自分がなんとかしてくれる。
なんて贅沢な悩みだろうか。悩むべきですらないのかもしれない。
だって僕は、とても恵まれているのだから。


4/26/2024, 9:32:22 AM

流れ星に願いを
〈未定稿〉

4/11/2024, 6:23:50 AM

春が障る

みなさん「春が障る」ということがないでしょうか。
肌と空気との温度差がなくなり、感覚がぼやけていく。
そんな時、春に浸食されているような気分になるのです。
自分と自分じゃないものの境が分かりにくくなるとでも言いますか、なんだかすべての事象が他人事に思えなくなります。
桜の花びらが舞っていると、自分もその花弁の一片のように感じます。
道行く人が皆、いつかどこかですれ違った誰かの様な気がします。
何も覚えていないのに、大事な何かを忘れてしまっていて胸がきゅっと締め付けられます。
それらが私自身のキャパシティで支えきれなくなって、全部放り投げだしてしまいそうな不安にかられます。
いっそ放り投げても良いのかもしれませんが、大事なものもついでに捨ててしまいそうな気がして身動きがとれません。
私が春にぼんやりとしてしまうのは、自分と世界の境を意識の底に沈めておくためです。
考えすぎると、必要以上の障りが生まれてしまうのです。
受け止めきれない気持ちは引き出しにしまっておきます。
春は温かい泥のように心地よく、うっかりしていると足をすくわれます。
もがけばもがくほど、心の何かが削られて花弁が舞うだけで心乱されます。
そんな時、私は心の中で眼を閉じ身を任せます。
春に沈んでいけばいいのです。
山の葉が硬くなり青々と繁り出す頃には、幻想の春は薄まり、世界は輪郭を取り戻しているでしょう。

3/24/2024, 7:42:52 AM

『鳩男』

大須観音から徒歩10分、都会というにはややみすぼらしいアパートに俺は住んでいる。
思えば、大学時代から含めるとここに住んで10年か。
通おうと思えば大学に通える距離だったが、無理を言って下宿をさせてもらった。
結局、この住まいに居ついてしまった。
別に愛着があるとかいうわけではない。
ただただ、面倒だっただけだ。
1人暮らしをしたのは何かを変えたかったから、の様な気がする。
学生時代は、ちょっとバンドをかじり、芸人紛いのこともしたり、ちょっと小説の様なものも書いた。
結局何も身にならなかった。
憧れていた1人暮らしも、しばらくすれば日常の一角に落ち着いてしまった。
学生時代に貰っていた仕送りも、当たり前だが今は無い。
何かを変えたくて、何かになりたくて気付けば30歳という大台に差し掛かろうとしていた。
金が無い、金があればもっと何か変わるのにと思うが、時間も失いたくない。
工場の派遣社員でなんとなくやってこれてしまったので、今更転職も面倒くさい。
きっと今までの経験上、金が多少あったところで大して変わりは無い気がする。
そんな、卑下にも似た達観を抱えたまま20代は終わろうとしていた。

俺の住むコーポ・エリーゼというアパートの名前は、ブルボンのお菓子を連想させる。
あれは、うっかりするとポロポロとカスがこぼれるんだよな。
大須には大量のハトが生息している。
やつらは、人間が落とした食べかすが主食なのだ。
仕事が終わり、観音様の上空が茜色に染まる頃、俺は意味もなく大須を徘徊する。
ぐるぐると巡る。
どこに何があるかすべて把握しているはずなのに、見知らぬ袋小路に迷い込んだ様な気分になる。
その日はやけに人通りが少なかった。
平日の夜でもそれなりに往来がある場所だが、やけに静かだ。
ココココっと鳴き声がする。
振り返ると鳩が居た。
鳩がぞくぞくと集まっている。
俺の後をついて歩いている。
なんなんだこれは。
歩を早めると、バタバタと飛んで歩いてを繰り返して付いてくる。
一体何羽いるのだろう。
少なく見積もっても10羽以上いる。
俺は思わず走り出した。
一体全体何事か。
そもそも、ここいらの鳩は日が暮れるとねぐらに帰るはずなのだ。
俺は恐ろしくなって、食べ歩きしていたドーナツを千切っては投げ千切っては投げて鳩に投げつけた。
鳩達は勢いよくそれらをついばんだが、更に元気づけられたように俺を追いかけまわした。
俺はひとまず近くのコンビニに逃げ込むことにした。
コンビニの店内はいつもと変わらぬ日常だった。
店員も客もいつも通りの様子である。
鳩だけが異常だが、誰もそれを気に留めていない。
俺が店内からチラっと外を見ると、鳩達は待ち構えているようにずらりと並んでいた。
思わず冷や汗が出る。
アパートまで10分、全速力で走って帰るか。
運動不足の俺にそんな体力があるだろうか。
いや、もう腹をくくるしかないか。
俺は位置についてヨーいドンっと頭の中で唱えて、コンビニからとび出した。
鳩達はバサバサと飛び上がって俺を追いかけてきた。
荒く短い呼吸音だけが鼓膜に響く。
その時、背後から怒鳴るような女の声が聞こえた。
「お前、逃げてんじゃねーよ」
一瞬振り返ると、眉を吊り上げた女が彼氏と思われる男の裾を引っ張っていた。
痴話喧嘩だろうか。
俺に言ったわけじゃないだろうに、思わずすくんでしまいそうな怒声だった。
いや関係ないけれど、俺は何で逃げているんだっけ。
たかが鳩相手に何で怯えているのだ。
そうだ、あの時もその時も、今も逃げてばかりじゃないか。
俺はクルリと振り返って鳩の群れに対峙した。
そして鳩に向かって全速力で走りだした。
「おいっ鳩っ!待てやこらっ」
今まで追いかけてきた鳩達が、豆鉄砲でもくらったかのように反転して逃げ出した。
流石に鳩は速い。
けれど諦めない。
ここで走ることをやめてしまったら、俺の人生は一体なんだったというのだ。
遥か後方では、まだ男女が痴話喧嘩を続けている。
おい、もう腹くくれって。お前も、俺も。
しかし、妙に身体が軽い。
あと一歩で、鳩に手が届きそうだ。
アーケードを走り抜け、とび出してしまった瞬間、歩道の赤信号が見えた。
ヤバい、轢かれる。
そう思った瞬間、俺の手は鳩の翼に触れた。
視界が翻り、地上を見下ろしていた。
鳩に触れたのではなく、俺が鳩になっていたのだ。
見下ろした観音様は夕闇に深く沈もうとしていた。
確かに何かを変えようとしていた。
しかし、まさか鳩になってしまうとは。
俺はやれやれと翼を拡げ、どこかも分からぬ自分のねぐらへと飛び立った。

3/18/2024, 8:17:47 AM

泣けない3人

僕ら3人は、教室の中でちょっと浮いた存在だったのかもしれない。
小学校の運動会で、クラスの応援もせず鬼ごっこをしていた。
音楽の授業では一生懸命歌うふりをして口パクだった。
間違った方法ではあったが、僕らは早く大人になりたかったのだ。
2人だったら注意されて直されたかもしれない。
どちらか1人が裏切って、周囲に同調していたかもしれない。
しかし僕らは3人で、そろってふてぶてしい子供だった。

5年、6年生とそろって3人は同じクラスだった。
特に大きな出来事もなく、何となく卒業式はやってきた。
先生もクラスメートも感極まった表情をしていた。
最後は教室に集まり、先生からのお話があった。
先生は話始めのタイミングでラジカセをカチっと押して、しんみりする音楽を流し始めた。
僕らは目配せをし、手で口元を押さえ笑い出しそうなのを我慢した。
先生のお話が終わると、僕ら3人以外のみんなが涙をこぼしていた。
流石にちょっと困ったなーと思っていると、先生にポンポンと肩を叩かれた。僕ら3人だけが肩を叩かれた。
「最後くらい素直になりな」
そんなこと言ったって先生、仕方ないものは仕方ないんですよ。

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