お題「楽園」
「救いようの無い楽園」
ハンバーガーを食べる。健康を気にする。
サラダを食べなきゃいけない。
野菜がとれない日はマルチビタミンの錠剤でカバー。
必須栄養素を欠かしてはいけないから。
見たい動画が消化しきれていない。
明日は仕事だから、日付が変わる前には寝ないといけない。
大学時代の先輩から飲み会の誘いがあったのに返信出来ていない。
特にお世話になった先輩だから、なるべくなら予定を合わせたい。
押しのVチューバーが初イベントを行っている。
チケットをとれるなら是が非でも取りたい。
動画を見ながら歯を磨く。推しの新曲を聴きながら風呂に入る。
せせこましくインプットを続けながら寝る体勢に入る。
唐突にスマホの通知音鳴る。
付き合いたての彼女からの連絡。
今週日曜日の予定、どうしても合わせることが出来ない、と
眉間に皺を寄せつつ、深呼吸をして「大丈夫だよ」と返信。
こちらだって同じ様な内容を送ったことがあるじゃないか。
それと同時に、ほんの少しホッとした自分もいる。
日曜日には先輩との予定を入れることにしよう。
30歳を越えて、仕事に責任を与えられるようになった。
人間関係にも余裕が出来て、給料も多少はあがった。
でも正直、適当にこなしてほどほどの生活をしたい。
何にせよ時間がない。
結婚はまだか、と職場のお局さんからちょくちょく言われる。
結婚や家庭を意識すべきなのだろうなと思う。
片手間に合コンに行ったりマッチングアプリを触ってみたりした。
何人かの女性と会ってみて、一番自然に会話できる相手と付き合うことになった。
互いに選考した結果「合格した」ということなのだろう。
形式的に毎週会っているが、この先のことは分からない。
ふと、中学高校時代の将来の夢はなんだっけと回想に耽る。
映画監督、プロ野球選手、バンドマン、様々な一縷の可能性が降っては流れ、塵のように僕の奥深くに積もっている。
でもそんなことは良いのだ。
彼らの裏側が苦悩とコンプレックスに満ちていることを、なんとなく想像できる。
叶えたものと等価の、失われた時間・快楽があることを知っている。
僕は消費者で良い。
絞られた才能の汁を、ちびちびとススって気持ちよくなりたい。
それで良いと思っている。
思っているけれど、ふと自問自答する。
それで良いのか。一度きりの人生を、そんな風に消化するのか。
「別にいいんだよ」
即答する。早く眠りにつかなければ。
アフリカの飢えた子供達を想う。
新薬開発の犠牲になる実験動物を想う。
今、僕が甘受している状況は奇跡に近いものだ。
漠然とした不安や焦燥が、就寝前特有の感情だと思いこむことにする。
過去のことを考えてはいけない。将来のことを考え過ぎてもいけない。
僕は目の前の人生を、きちんと考えて生きている。
明日の朝は早い。ポジティブにいこう。
瞼をとじる。明日のことは、明日の自分がなんとかしてくれる。
なんて贅沢な悩みだろうか。悩むべきですらないのかもしれない。
だって僕は、とても恵まれているのだから。
5/1/2024, 9:52:18 AM