マサティ

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7/8/2025, 8:46:20 AM

東牽牛←天ノ川中州→西織
>>二本目のバスは予定時刻になっても中々やって来なかった⋯


深夜ラジオをぼんやりと聞いていた。
特に意味はない。意味の無い深夜トークが落ち着く。
何か面白いことはないだろうか。漠然と、宙を掴むように耳を澄ます。
運命はいつだって目の前に。

運命って言葉が好きだ。
そんなことを言うと、女子っぽいと言われたり、皮肉混じりにロマンチストと揶揄されることもあったっけ。
血液型とか今日のラッキーカラーとか、つい気になってしまう。
中学の時、女子に混じってそんな話題ばかりしていた。
ある日クラス委員長の女の子に言われた。
「君ってほんと空っぽだよね」
勿論その言葉はショックだったんだけど、ある意味天啓でもあった。
僕は何かに執着したり、本当にやりたいこともあまりなかった。
みんなががむしゃらになって何かを目指したり、人と争って何かを得ようとするのが不思議だった。
そうか、僕は空っぽだったのだ。
だから僕は自分に運命という魔法、いや呪いをかけ続けている。
本当は運命なんて信じていないのに。

その日の深夜ラジオでは、七夕にちなんだエピソードトークを募集していた。
過去50年の観測によると七夕に晴れる確率は25%しかないらしい。
そんな七夕の日のおまじない。
七夕の夜、てるてる坊主を持ってバス停に立つ。晴れますようにと念じてバスを三本やり過ごすと願いがかなうのだそうだ。

七夕の日の午後はカフェのアルバイトが入っている。
前日の深夜ラジオを思い出す。
下宿近くの東牽牛からバイト先までバスで大体20分。
バイト先の最寄りから、一駅歩くと天ノ川中州というバス停がある。
まるで運命みたいに。
その日僕は手作りのてるてる坊主を鞄から下げてバイトに行くことにした。天気予報は雨だった。

大学入学後、お洒落なイメージからカフェでアルバイトを始めた。
大学は下宿をしてみたいという理由で実家からすこし離れた大学を受験した。
兼部しやすそうなサークルに幾つか入ってみた。
そんなこんなで20歳になった。
けれど僕は相変わらず冴えないまま。
大きな転機も出会いも無い。
友達は出来たしバイト先でもそこそこうまくいっている、はず。
やっぱり僕が空っぽだからそう感じるのだろうか。

「なーにそれ、手作り?」
バイト先のロッカーで、てるてる坊主が先輩の目に止まる。
ちょっと憧れている2歳上の先輩。
右手薬指に光る指輪が目に入る。
僕の心に予防線が張られる。
「ちょっとしたおまじないですよ」
「何のおまじない?」
「内緒です」
そう答えながら、僕は自問自答する。
僕は一体なにを願うのだろう?

月曜日のカフェはいつもより空いていて閉店業務もスムーズに進んだ。
午後8時前には店を出た。
日中降り続いた雨は上がっていた。むっとした空気が顔にまとわりつく。
晴れて良かったね、と先輩に微笑まれる。
これだけでも作ってきたかいがあるかもしれない。
このあとちょっとお茶でも、と思わず言ってしまった。
「ごめんね、ちょっと人を待たせてるから」
先輩はちょっと困った笑顔を浮かべて手を振った。
また今度ね、と。
また今度誘うことは多分ないんだろうけど。

僕のなけなしの勇気によって空には星が昇り始めていた。
織姫と彦星は無事に逢えたのだろうか。
僕は天ノ川中州に一人歩き始める。
天ノ川中州はこのあたりだと大きめなバスターミナ
ルだ。
待ち合わせにも使われるし、少し長い時間居続けても不自然に見えない。
いざ着いてみると、バスを3本待つというのが結構な時間だと気付いた。
恐らく1時間以上だろう。
けれど、てるてる坊主まで作って持ってきたのだ。
僕はそれを待つことにする。






7/7/2025, 9:37:09 AM

「空恋」

5/31/2025, 7:20:02 AM

おばあさまは今年で幾つになりますの?
電話越しに聞かれる。
祖母は現在93歳、9月が来れば94歳になる。
まだ生きていたら、という仄暗い前置きを胸に仕舞う。
電話主は祖母と古い付き合いらしい。顔も年齢も分からないが、親しみを感じる声だった。

祖母は今グループホームに入居しており、もう半年会いに行っていない。
母の話によると、眠っている時間が日に日に増え、歩くこともままならなくなってきているらしい。
母から聞いた現状を、少し柔らかくして相手に伝える。

電話を切ったあと、急に罪悪感が込み上げてきた。
祖母は人生の最期が近いことをどう感じているのだろうか。
幸せな人生だった。祖母はよく自分に言い聞かせていた。
それも10年近く前の話。
聡明だった祖母だが、ホームの入居前は理性のタガが外れて感情を抑えるのが難しくなっていた。
義理の母を自宅で看取るまで世話し続けた祖母にとって、理不尽に感じているのかもしれない。
幸せな人生だったと今も思えているだろうか。
記憶が1つずつ抜け落ちて、それでも人は幸福でいられるのだろうか。

夜更かしが続いている。
深夜は生活の影に隠れていた不安や疑問が這い出してくる。
生きること、死ぬこと、やるべきこと、その他諸々。
眠りにつく前に祖母のことを思い返す。
考えてみれば眠るということは日々死んでいるということか。
僕も祖母も30数年で随分と変わった。世界にとっては些細なことだが、僕らにとっては大きな物語だ。
せめて、覚えていられる人が時々思い出してやらないと。
いつか人生は終わる。でも、多分明日はやってくる。多分の積み重ねの先に終わりがある。思考に疲れ果て目を閉じる。多分来る明日を夢みて。

2/25/2025, 9:16:43 AM

保存(一輪の花)

1/13/2025, 3:19:04 PM

深夜零時にウォーキング
垂直に見上げれば天頂に満月
歩いても走っても変わらず頭上照らす
丸く光るあれはきっと井戸の縁
誰かが覗いているに違いない
屈折と乱反射が彼の姿を隠す
僕は海底を往くチョウチンアンコウ
餌を探し、月影を踏みしめる
天頂から垂れた釣り糸を見つけたら
思わず食べてしまいそう
冷えた夜霧をヒレで押し出し
息を吐けば白い泡が月まで届く
点滅する自販機はクシクラゲ
枝を広げた街路樹はコウモリダコ
油断した僕を待ち構えている
冬空にポツリ浮かぶボーイング
ハダカイワシ或いはデメニギスか
ここは水底、深海ウォーキング
澄んだ黒い静寂が僕を包む

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