マサティ

Open App

東牽牛←天ノ川中州→西織
>>二本目のバスは予定時刻になっても中々やって来なかった⋯


深夜ラジオをぼんやりと聞いていた。
特に意味はない。意味の無い深夜トークが落ち着く。
何か面白いことはないだろうか。漠然と、宙を掴むように耳を澄ます。
運命はいつだって目の前に。

運命って言葉が好きだ。
そんなことを言うと、女子っぽいと言われたり、皮肉混じりにロマンチストと揶揄されることもあったっけ。
血液型とか今日のラッキーカラーとか、つい気になってしまう。
中学の時、女子に混じってそんな話題ばかりしていた。
ある日クラス委員長の女の子に言われた。
「君ってほんと空っぽだよね」
勿論その言葉はショックだったんだけど、ある意味天啓でもあった。
僕は何かに執着したり、本当にやりたいこともあまりなかった。
みんなががむしゃらになって何かを目指したり、人と争って何かを得ようとするのが不思議だった。
そうか、僕は空っぽだったのだ。
だから僕は自分に運命という魔法、いや呪いをかけ続けている。
本当は運命なんて信じていないのに。

その日の深夜ラジオでは、七夕にちなんだエピソードトークを募集していた。
過去50年の観測によると七夕に晴れる確率は25%しかないらしい。
そんな七夕の日のおまじない。
七夕の夜、てるてる坊主を持ってバス停に立つ。晴れますようにと念じてバスを三本やり過ごすと願いがかなうのだそうだ。

七夕の日の午後はカフェのアルバイトが入っている。
前日の深夜ラジオを思い出す。
下宿近くの東牽牛からバイト先までバスで大体20分。
バイト先の最寄りから、一駅歩くと天ノ川中州というバス停がある。
まるで運命みたいに。
その日僕は手作りのてるてる坊主を鞄から下げてバイトに行くことにした。天気予報は雨だった。

大学入学後、お洒落なイメージからカフェでアルバイトを始めた。
大学は下宿をしてみたいという理由で実家からすこし離れた大学を受験した。
兼部しやすそうなサークルに幾つか入ってみた。
そんなこんなで20歳になった。
けれど僕は相変わらず冴えないまま。
大きな転機も出会いも無い。
友達は出来たしバイト先でもそこそこうまくいっている、はず。
やっぱり僕が空っぽだからそう感じるのだろうか。

「なーにそれ、手作り?」
バイト先のロッカーで、てるてる坊主が先輩の目に止まる。
ちょっと憧れている2歳上の先輩。
右手薬指に光る指輪が目に入る。
僕の心に予防線が張られる。
「ちょっとしたおまじないですよ」
「何のおまじない?」
「内緒です」
そう答えながら、僕は自問自答する。
僕は一体なにを願うのだろう?

月曜日のカフェはいつもより空いていて閉店業務もスムーズに進んだ。
午後8時前には店を出た。
日中降り続いた雨は上がっていた。むっとした空気が顔にまとわりつく。
晴れて良かったね、と先輩に微笑まれる。
これだけでも作ってきたかいがあるかもしれない。
このあとちょっとお茶でも、と思わず言ってしまった。
「ごめんね、ちょっと人を待たせてるから」
先輩はちょっと困った笑顔を浮かべて手を振った。
また今度ね、と。
また今度誘うことは多分ないんだろうけど。

僕のなけなしの勇気によって空には星が昇り始めていた。
織姫と彦星は無事に逢えたのだろうか。
僕は天ノ川中州に一人歩き始める。
天ノ川中州はこのあたりだと大きめなバスターミナ
ルだ。
待ち合わせにも使われるし、少し長い時間居続けても不自然に見えない。
いざ着いてみると、バスを3本待つというのが結構な時間だと気付いた。
恐らく1時間以上だろう。
けれど、てるてる坊主まで作って持ってきたのだ。
僕はそれを待つことにする。






7/8/2025, 8:46:20 AM