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11/12/2024, 11:54:25 PM

 よく日焼けしてて根明な上司と、二回目のツーリング。赤紫の海沿いを走って、オフシーズンの海水浴場の駐車場に向かう。彼は、よそ見をして、綺麗だと感動しながら、走っていく。僕は、ひたすら彼の背中を追いかけて、目を逸らせず、肩に力を入れていた。
 駐車場に着くと、缶コーヒーを奢ってくれる。あまり好きではないが、わざわざ言い出すような関係性でもなかった。感謝の言葉を口にして、海を見る。赤く焼けて、恐ろしかった。
「綺麗だなあ。」
 彼のその言葉に、僕は共感できなかった。
「この景色見るために、走ってるよな。」
 彼のその言葉に、僕は共感できなかった。
「平和な毎日にちょっとしたスリルを与えてくれる、バイクってのは最高の相棒だよ。」
 彼のその言葉に、「根本的に相容れない」と思った。
 僕がバイクに乗っているのは、恐怖を克服する日を夢見ているからだ。死にそうになるくらいの恐怖に自分を慣れさせれば、日々生きる恐怖なんて軽くなると思ってた。
 だけど、そんなことはない。むしろ、歩道を歩いているだけで、後ろから迫り来る四輪車の駆動音によって、喉がつっかえるくらい、動悸がするようになった。
 僕はただ生きるだけでスリルフルだ。そんなにスリルが欲しいなら、こいつに分けてやろうか。
 そう思いながら、僕は、
「そうっすね〜。」
 と返答した。

 帰りは真っ暗で、僕を追い越してバイクがスピードを出すから、輪郭さえあやふやになって、僕はこのまま横転して、海に投げ出されたかった。
「また来週、同じ時間な。」
 上司は満足そうに言う。上司に逆らって、職場に居られなくなって自主退職して、次の仕事が見つからなくって毎日不安と恐怖を抱えながら布団を被る、そんな「スリル」は欲しくないから、
「そうっすね〜。」
 と返答した。

11/11/2024, 6:17:03 PM

学校に行くのって大変だ。電車に乗る時も降りる時も、駅員さんの手を煩わせる。エレベーターを待つのも、遅刻しないかハラハラするし、道に出ても、ずっと腕で体を動かすから筋肉痛。
学校についた後だって、移動教室の時には友達に押してもらって、申し訳ない。大好きな体育は、おままごとみたいなキャッチボールしかできない。
みんな、道を開けてくれる。中には、見下すような一瞥をくれる子もいる。私はそれに気付かぬふりをして、腕を急いで動かして、通り過ぎる。
気にしないで、私の天使ちゃん。って母さんは言う。私のかわいい子ってこと?それとも、母さんには私の背中に翼が見えるの?
だったら飛び方を教えてほしい。大空なんて飛べなくっていいから、みんなと同じように地面を駆けて、飛び跳ねられる方法を。

11/9/2024, 9:22:51 PM

脳裏に焼き付いているのは強烈な打撲や罵倒の瞬間だらけで、それが一枚一枚写真となって私のアルバムになっているけれど、見返してみても噴き返すのは深い負の感情だけで、何があったかは思い出せない。
せめて、陳腐な救いの歌に出てくるような「忘れられないあなた」でもいれば、欠片を摘むことはできたのに。

11/8/2024, 9:48:05 PM

 小学生の頃からの、憧れの人がいた。黒板に解答を書きなさいと先生に言われて、歩いて向かっていた時、俺はある男子に足を掛けられ転ばされた。周りは笑い、先生は見て見ぬふりだったけれど、その人だけ、俺に手を差し伸べてくれた。
「こんなことしても、意味ないのにな。」
 その人はそう言って、照れくさそうに笑った。俺はその言葉の意味が分からなかったから、自分の良いように解釈した。きっと照れ隠しなんだと。
 その人に会うためだけに、同窓会へ行った。その人の姿はすぐにわかった。精悍な顔立ち、まっすぐに伸びた背筋、まさにエリート然としていて、小学生の頃のイメージがそのまま成長した感じだった。
 俺が来ると、「あ、ひさしぶりー。」「元気してたー?」と乾いた笑いで周りは出迎えて、俺が一言返すと、すぐに元の会話へ戻った。
 こんなもんだろうと思っていたから、別に傷つきはしない。その人の隣は、常に誰かがいた。席替えしても、割り込む勇気なんてなくて、俺は端に追いやられた。
 だけど、好機は訪れた。その人はトイレに立ったのだ。俺は、申し訳なさを抱えつつも立ち上がり、後を追いかけた。
「あのさ、」
 廊下を歩く背中に声をかけた。その人は振り向いてくれた。
「俺がいじめられてた時、助けてくれてありがとう。俺、君が助けてくれたこと、今でも思い出して、周りに気を配るようにしてるんだ。歩いてる時、お年寄りや、障害のある人がいたら、真っ先に声をかけるんだ。」
 下を向いて、相槌を待たずに、思いを伝える。すると、思いがけない言葉が、頭の上に浴びせかけられた。
「歩いてる時に助けても、意味なくね?」
 遠ざかる足音。その人は行ってしまった。
 どういう意味か、やっとわかった。小学生の頃も、今も、彼の言っていることは同じだ。
 「評価される」=「意味がある」
 ということなんだ。彼が、俺のことを助けたのは、善意からじゃなくて、先生や女子の目があるから。そして、歩いてる時じゃ意味がないっていうのは、知り合いが周りにいなくて、評価されないから。
 確かに、帰り道では、彼のグループの誰かが小石を蹴って俺に当てた時も、彼は笑うだけで止めていなかった。彼にも人付き合いはあるよねって、良いように解釈したけど、本当は「意味がない」からしなかったんだね。
 ああ、来なきゃよかったな。
 すぐに店を出た。憧れは潰えて、俺の人生すべて「意味がない」ものに感じる。疲れた。帰り、踏切のある道、通っちゃおうかな。あとは、その時の自分に任せよう。
「あら、あなた!」
 突然、パワフルなのにどこか上品な声が聞こえた。そちらを見る。一拍置いて思い出した。この間、重たい荷物を持って歩道橋を上っていたマダムだ。上りと下りの短い間だけど、荷物を持ってあげたんだっけ。
「あの時はありがとうね。こないだは何もあげられなかったからホラ、今買ったものあげるわ。これとかどう、強さ引き出すとかなんとか、美味しいし元気になるわよ。ホラ、疲れた顔してるから。」
 そう言って、彼女は何も言えない俺に、乳酸菌飲料を持たせてくれた。何本も何本も、持たせてくれた。最後に、袋を広げてくれたので、中に入れた。流されるまま、袋を持つ。
「……ありがとう、ございますっ。」
 俺は顔が見えないよう、俯いて、何度もお礼を言って、頭を下げた。彼女は何かを言っていたけれど、ぐちゃぐちゃの顔を見せないように必死で、覚えていない。
 さあ、安全な道を通って帰ろう。明日の朝は、何食べよっかな。

11/8/2024, 1:04:45 AM

「美衣はね、優ちゃんとあそびたいの。」
「わたしは椎ちゃんとあそびたい。」
「なんで!美衣は優ちゃんと遊びたいって言ってるの!」
「じゃあ、一緒にあそぶ?」
「やーだ!美衣は優ちゃんだけがいい!やだぁあ!」
 美衣ちゃんが泣き出した。いつものことだ。
「あらあら、どうしたのかな。」
 そろそろ介入しないと暴力沙汰になって、親同士の問題に発展し、私も首を突っ込まないといけなくて面倒臭いから、美衣ちゃんと優ちゃんの間にそっと、けれども毅然とした態度で、割り込んだ。
「美衣はね、優ちゃんとあそびたいのにね、優ちゃんはね、椎ちゃんとあそびたいって言ってね、うらぎりものなのっ、嘘つきなのっ!」
「わたしは椎ちゃんと遊びたかったから、断っただけ。それに、美衣ちゃんにも一緒にあそぶ?って訊いたもん。」
 美衣ちゃんと優ちゃんが各々の言い分を話す。美衣ちゃんは我儘でまさにガキって感じ。優ちゃんは大人びてて気持ち悪い。
「そっか、そっか。それじゃ美衣ちゃん、わたしと一緒にあそぼっか?あっちに新しい塗り絵も、大好きなくまさんもいるぞ〜?」
 美衣ちゃんに満面の笑みで話しかける。金切り声で泣き始めた。笑みに労力を割いた分、裏切られた気持ちが強くて、ストレスがどっと溜まった。ああ、耳障りで頭を掻きむしりたくなる。
 自分が泣き喚く一歩手前だったけれど、なんとか抑えて、美衣ちゃんの体だけでも優ちゃんと引き離した。
「なんでっ、なんであそんじゃだめなの!美衣は、優ちゃんとあそびたいのにっ、なんで優ちゃんは美衣とあそびたくないのっ!」
 美衣ちゃんはまだ泣き叫んでいる。私は、自分が感情的になってきているのがわかった。だから、手に感情が渡る前に、口から感情を吐き出すことにした。
「美衣ちゃん。美衣ちゃんは、美衣ちゃんだよね?」
「っ?そうだよ。美衣は美衣だよ?」
「そうだよね?それと同じように、優ちゃんは、優ちゃんなんだよ。優ちゃんも、美衣ちゃんと同じように、考えや、心が、あるんだよ。」
「そんなのわかってるもん!でも、でも、美衣は優ちゃんとあそびたかったの!なのにきいてくれなくてイジワルだったの!」
 わかってない。幼児にこんなこと言ってもわかるはずがない。声を張り上げないよう、息を大きく吸い込んで、ゆっくり吐き出す。わかるはずがないと思っていても、止まらなかった。
「美衣ちゃんと優ちゃん、もちろん、あなたとわたしも、みーんな違うひとなの。優ちゃんはね、『シイチャントアソビタイ』って謎の音の羅列を発したんじゃないの。『椎ちゃんと遊びたい』って意思の表明をしたの。わかる?あなたとは遊びたくないって言ったの。美衣ちゃんはわがままだから嫌だって言ったの。」
 最後のは、私の言葉だった。しまった、そう思った時には遅かった。美衣ちゃんはまた泣き出して、騒ぎを聴きつけた先輩が「代わるよ。あっち見ててくれる?」って代わってくれて、私はその場から逃げた。
 優ちゃんが椎ちゃんと遊んでた。無邪気で、腹が立った。毎日、この子たちの出した塵が胸に積もって山となって息ができなくなる。私はぼーっと、ふたりを眺めた。
 私の辛い気持ちを汲んで、なんて、幼児には伝わらない。ここでは、私は『あなた』として、尊重されないんだ。

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