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10/30/2024, 10:03:32 PM

何にも覚えてないんです。
こどもの頃、沖縄に旅行に行ったって。京都に旅行に行ったって。親になんで忘れちゃうのって怒られたけど、わざとじゃないんです。
覚えているのは、足蹴にされる悲しみと、吐く時の脳天がじーんとする感じ。悩みを打ち明けても「私の方が疲れてる」と、拒絶されるだけの、親子の交流。
センセイ、思い出させてくれますか。私の記憶を。
きっとあるはずなんです、心が暖かくなる、良い思い出が。
それだけを大切にして、懐かしさで胸をいっぱいにしたい。そうしたら、私は初めて存在できるんです。

10/30/2024, 12:56:58 AM

 あたしが憂鬱にしている間に、あの子は青春を楽しんでんだ。あたしがお布団とよろしくしてる間に、あの子はカレシとよろしくしてる。
 どこでこうなったの。あたしたち、生まれる時は一緒だったのに。幼稚園だって、男の子がいやで、手繋いで逃げて、一緒にロッカーに隠れたのに。小学校だって、宿題を忘れて見せてもらおうとしたら、ふたりとも忘れてて笑ったのに。中学校でも、帰る時は、一緒だったのに。
 あの子が見てる世界はどんなだろ。あたしと同じ顔で、同じ体型で、同じ身長で。目の高さは同じなのに、見てる世界はどんなに違うだろ。
 いっぱい考えたら、頭にもやがかかってきた。あの子が帰ってくる前に眠らなきゃ。
 カレシのところから帰ってきたあの子は、あたしと違う服着て、違う匂いがして、違う表情して、あたしの知らない、モンスター。
 鉢合わせする前に眠らなきゃ。あたしはあたし、これでいい。あの子を見るとぞっとする。あたしもいつかオンナになるって、ぞっとする。そんな世界、いらない。

10/28/2024, 11:08:14 PM

 昨日はあれだけ蒸していたというのに、今夜は冷えて仕方がない。防寒着はあるが、それでも凌げるものではないのだ。このまま援けが来ないのだと、夜寒が我々に囁き、纏わりつく。
 雨がさんざに降って、視界を塞ぐ。暗がりに目を凝らすと、得体の知れない生物と目が合う気がして、末恐ろしくなり、顔を伏せた。
 洞の床は冷たく、気付けば尻の感覚を失くしている。身じろぎしても、痛みを思い出すだけで、改善することはない。
「雨、止みませんね。」
 彼女が、私に話しかけてきた。
「ああ。だが、いずれ止むさ。」
 私は、膝を強く抱えて、熱を生み出そうとした。
「寒いですね。」
 彼女は、私にぴたりと体をつけた。布越しであっても仄かに暖かく、それ以上に、人の体温は私の本能を安心させる。
「ああ。だが、こうしていれば暖かいな。」
 私は、彼女の肩を抱き寄せた。
 梟の声がする。彼らは、この闇夜をどう捉えるのか。我々が淋しさを埋め合うように、彼らは闇夜と溶け合っている。
 その視点は、私に安眠を齎した。彼女にそれを分け与えて、一夜を越した。輝かしい朝日が、我々の味方をすることを夢見ながら。
 

10/27/2024, 7:09:45 PM

ティーカップから湯気がもくもく。鼻を近づけて息を大きく吸い込んだ。鼻を通っていく甘い香り。思い出のリンゴの香り。
「いただきます。」
口をつける。熱すぎて飲めない。
氷を一粒入れた。口をつける。苦くて飲めない。
砂糖をたくさん入れた。口をつける。わあ、美味しい。
「いつもこの状態で出してくれてたのか……。」
広くなった部屋の中、独り言ちる。
天井に登っていく薄らとした白さ。ぼーっと見つめる。
だんだん、心も体もぽかぽかしてきた。そしたら、なんだか泣けてきた。

10/26/2024, 9:19:14 PM

 おばあちゃんは、森の奥には魔女が住んでるって言ってた。だから、近寄っちゃいけないって。でも、わたし思うの。魔女さんって、悪い人じゃないんじゃないかって。
「〜〜♪」
 今日も、異国の言葉で歌ってる。この歌声はきっと、魔女さんのものだ。こんな綺麗な声を紡げる人が、悪い人なわけがない。
 勇気を出して、一歩踏み出した。声の方へ、一歩一歩。進んだら、誘われるように、勝手に足が動く。踊るように、1、2、3、1、2、3、って。
 もう、耳元で聴こえるように近い。ガサガサっと、茂みをかき分けた。
 そこには、わたしと同じくらいの歳の女の子がいた。空に向かって、歌っていた。歌を聴いているとドキドキする。まるで遥か昔から、この歌を知っているかのような。
「だれ?」
「!」
 女の子が急にこちらを向いた。わたしは肩をびくつかせるだけで、身を隠すことはできなかった。
 そして、彼女は、ある名前を呼んだ。
「×××?」
 その名前には聞き覚えがあった。そしてすぐ、わたしと魔女さんは仲良くなった。
 今度、おばあちゃんも連れてこよう。魔女さんは、おばあちゃんが生きていることを知ったら、どんなに喜ぶだろう。おばあちゃんも、魔女さんが自分への愛を歌い続けていると知ったら、きっと仲直りのハグをすることでしょう。

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