かのこ

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8/8/2023, 12:31:19 PM

『蝶よ花よ』2023.08.08


 両親はそれはそれはわたしをたいそう可愛がってくれた。
 文字通り、蝶よ花よと育てられたのだ。
 わたしはそんな両親が大好きだ。きらびやかな舞台上で、生きる両親が大好きだ。親に向ける愛もあるが、なにより「ファン」としての愛もある。
 そんな素晴らしい両親を見て育ったわたしが、その道を志すのも自然の流れだった。
 母と同じ音楽学校に入り、その劇団に入りたい。
 中学一年の終わりに、わたしはそう宣言した。バレエも歌も幼少期からやってきたから、今からやってもじゅうぶん追いつける。
 幼なじみも同じ道を志している。
 熱意を持って語ると、両親は「ついに来たか」とばかりに顔を見合わせて、そしてこうわたしに聞いてきた。
「どっち?」
 言わんとしてる事を察し、わたしは、
「ママと違うほう」
 と答えた。するとママは雄叫びをあげガッツポーズをし、パパはあぁっと悲鳴をあげた。
「そっちかぁ」
「せやから、ずっと言ってきたやろ。私の勝ちやな」
 知らないうちに、両親の間でなにか取り決めがあったらしい。パパサイドには幼なじみが、とフォローを入れると、パパは納得したようなしてないような複雑な顔をした。
 私がなぜ、そっちを選んだのか。それは簡単だ。
 愛する側の両親に、愛されてきたから。親愛云々というよりファン心理というやつである。
 チヤホヤされたいわけじゃない。ただ、純然たる愛がほしいのだ。推しから。

8/7/2023, 11:21:04 AM

『最初から決まってた』2023.08.07


 子どもの頃からずっと一緒にいたから、そうなる事は分かっていた。
 だってそうだべ。家も隣同士。両親同士も仲良し。そりゃ好きになるって。なまらかわいいもん。
 可愛くなくても、好きにはなっていたと思う。
 俺が彼女に惚れるのは、最初から決まってた。
 気がついたら付き合ってて、手を繋いで、チューして、抱き合ってた。たぶん、告白らしい告白はしなかったと思う。
 そして、気がついたら結婚していた。プロポーズはした。さすがに。
 運命なんて言葉で片付けたくないぐらい、彼女との出会いは決まっていたのだ。
 彼女こと以外だってそうだ。リーダーと大学で出会ったのも、ナマイキな後輩たちに出会ったのも。
 そして、そんなやつらと芝居をしていることも。
 運命なんて言葉で片付けたくない、とは言ったが、ここまでくると、本当に運命なのかもしれない。
 俺が、この世に生まれたときから、なにかしらのシナリオ的なものに書かれているのだ。
 でなければ、こんなに楽しい日々をすごせるはずがない!
 だとしたら、書いたやつは天才だと思う。
 すごい! やるなぁ、お前!!
 でっけぇ、花丸をやるわ!

8/6/2023, 12:27:51 PM

『太陽』2023.08.06


 ギラギラと照りつける太陽。という言葉がピッタリ合うほど、今日は暑い。
 日用品を買いに街に出たが、電車ではなく車を使えば良かったと後悔した。
 どこかで休憩でもしようかとカフェを探していると、肩を叩かれる。
 またぞろキャッチか、とうんざりしながら振り返る。
 果たしてそこにいたのは、帽子を被り、黒いマスクをした小柄な青年だった。
「キミか」
 表情を笑顔に作り替えると、彼は嬉しそうにする。
「こんにちは。お買い物ですか?」
「ああ。キミはオフかい?」
 そう問うと、彼は頷く。
「おれもお買い物なんです」
「おそろいだね。ねぇ、せっかくだしどっか店に入らない? お茶しようよ」
 取り留めのない会話。彼の職業的に、あまり注目を浴びさせる訳にはいかず、そう提案した。
 彼は一度うなずきかけたが、少しためらいを見せる。そして、意を決したと言わんばかりに、見つめてきた。
「おれの家じゃだめですか?」
「それは、魅力的だね。冷たい飲み物が飲みたいな」
 こうした「お誘い」にわざと気付かないふりをする。そうやってヤキモキする彼をからかって楽しむのが、俺は好きなのだ。
 こんな楽しいことがあるなんて、この暑い太陽には感謝をしなければならないな。

8/5/2023, 11:28:32 AM

『鐘の音』2023.08.05


 いくら女運が無いとはいえ、自分にだって理想の結婚式ぐらいある。
 まずは、教会。これは絶対条件。
 神父さまとやらに愛を誓ったり、キスをしたりはどうでもいい。
 その手前の段階がキモである。
 そう、賛美歌だ。
 結婚式によく歌われるやつ。曲名は知らないけれど、メロディならわかる。
 それをみんなで歌うのではなく、アナタに歌ってほしい。
 ダメと言われても拒否権はない。だって、歌ったことぐらいあるだろう。
 アナタの独唱が聞きたい。あの伸びやかな歌声で賛美歌を聴きたい。これはもう偏見の塊なのだが、アナタが歌ったらそれっぽくていい。
 賛美歌がメインイベントといってもいい。それ以外はどうでもいい。
 などと、熱く語っているとチリンチリンと鐘が鳴る。次のコーナーに行けと言うことらしい。
 目の前に座る本日のゲストは苦笑いを浮かべている。
「どんだけオレのこと好きなん」
 CM中にそんな事を言われる。心外だ。
「アナタのファンである前に親友だから、それぐらいいい思いしてもいいでしょ」
「ギャラ請求するからな」
 らしいやり取りをしていると、また鐘の音がした。

8/4/2023, 12:15:22 PM

『つまらないことでも』2023.08.04


 どれだけつまらないことでも、笑って享受するようになりなさい。それは社長の言葉だ。
 僕たちのような役者は、仕事を選り好みできる立場ではない。もちろん、事務所NGはあるが、基本的に来たオファーはなんでも受けている。
 今回もそうやってオファーを受けたのだが、正直なところ、過去最高につまらない。
 そもそも、今回の制作会社や作家、演出にあまりいい話を聞かないのだ。まだワンマンタイプならある程度、対応しようがある。
 しかしそうではないので、稽古初日からやる気が削がれてしまう。
 台本はほとんど出来ていない。演出家は寝ている。
 これをどう楽しめというのだろうか。無理な話だ。
 そんな話をうちの事務所の事務員に愚痴ったところ、彼女は普段ののほほんとした表情を怒りへと変えた。
「そんな制作会社、ぶっ潰れたらいいのに! 私がギタギタにしてやりますよ!」
「滅多なこと言うもんじゃないよ」
 物騒な事を言う事務員に、たまたま傍にいた社長が苦笑している。
「私の推しが楽しめない仕事は嫌なんです! 次きたらブチってやるんだから!」
 憤りを隠さない事務員兼僕のファンは、社長のコーヒーカップに角砂糖を五個も入れた。
「ちょっとちょっと、こんなの飲めないよ!」
 甘いものが苦手な社長が悲鳴を上げる。それに対し、彼女は「我慢してください!」と言い放って、オフィスから出ていった。完全に八つ当たりである。
 社長には申し訳ないが、彼女が怒ってくれたことで、溜飲が下がった。
 溜飲が下がったところで、このつまらないことを受け入れる余裕ができた。
 どうなるか分からないが、せめてその時まで楽しんでやろうと心に決めた。
 

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