かのこ

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『つまらないことでも』2023.08.04


 どれだけつまらないことでも、笑って享受するようになりなさい。それは社長の言葉だ。
 僕たちのような役者は、仕事を選り好みできる立場ではない。もちろん、事務所NGはあるが、基本的に来たオファーはなんでも受けている。
 今回もそうやってオファーを受けたのだが、正直なところ、過去最高につまらない。
 そもそも、今回の制作会社や作家、演出にあまりいい話を聞かないのだ。まだワンマンタイプならある程度、対応しようがある。
 しかしそうではないので、稽古初日からやる気が削がれてしまう。
 台本はほとんど出来ていない。演出家は寝ている。
 これをどう楽しめというのだろうか。無理な話だ。
 そんな話をうちの事務所の事務員に愚痴ったところ、彼女は普段ののほほんとした表情を怒りへと変えた。
「そんな制作会社、ぶっ潰れたらいいのに! 私がギタギタにしてやりますよ!」
「滅多なこと言うもんじゃないよ」
 物騒な事を言う事務員に、たまたま傍にいた社長が苦笑している。
「私の推しが楽しめない仕事は嫌なんです! 次きたらブチってやるんだから!」
 憤りを隠さない事務員兼僕のファンは、社長のコーヒーカップに角砂糖を五個も入れた。
「ちょっとちょっと、こんなの飲めないよ!」
 甘いものが苦手な社長が悲鳴を上げる。それに対し、彼女は「我慢してください!」と言い放って、オフィスから出ていった。完全に八つ当たりである。
 社長には申し訳ないが、彼女が怒ってくれたことで、溜飲が下がった。
 溜飲が下がったところで、このつまらないことを受け入れる余裕ができた。
 どうなるか分からないが、せめてその時まで楽しんでやろうと心に決めた。
 

8/4/2023, 12:15:22 PM