「……」
朝起きると何時も頭の中でこだまする言葉。
あの時言われた言葉を時間があれば何時も考えてしまう。
何に対して言った?自分に?相手に?誰に対して言った言葉なんだ?
それすら分からない。
でもその言葉は私の胸の中に大切に仕舞ってある。絶対に忘れないように、大事に、大切に心の中に仕舞ってある。
私の大切な人の言葉だから。彼女の最期の言葉。
何に対して言った言葉か分からない。きっとそれは私が考えて分かることじゃない。人の心なんて簡単に分かる訳が無い。本人でないと特に。
だから、これから聞きに行こう。
彼女の最期なんて認めない。認められる訳がない。私が、必ず彼女を生き返らせる。
修羅の道を歩けば彼女に会えるなら喜んで歩こう。外道の道を行けば彼女と話せるのなら邪魔する者は叩き潰そう。
例えどれだけの犠牲を生むとしても、私の精神が壊れようとも彼女に一目会えるなら喜んでその犠牲を払おう。
私は彼女にもう一度会う。その為に他人を利用しよう。
私は地獄に落ちる覚悟はできた。これは間違っている事なんだ。だが、やめる気はない。私の正気が理性がやめろと警告を出すが、私の感情が、想いがそれらを否定する。
私が彼女に会って言いたい事は一つだ。彼女が私に言った最後の言葉。彼女を守れなかった、私が言える言葉は一つだけだった。
「ごめんね」
今日は綺麗な満月だ。
夜に輝く満月には不思議な魅了がある。暗い中に一筋の光の様に輝く月は特別な物に感じる。
だからか今なら願いを叶えてくれる様な気さえする。流れ星に願う様に。
彼らは何を願うだろう。
私が願いを叶えた人は喜ぶんだろうか?
私が願いを叶えれば人は普通に生きていけるのだろうか?
多分、私が願いを叶えてしまったら人は堕落してしまうだろう。
私は万能ではない。しかし彼らの願いを叶える程度の力はある。
何も代償を払わず、何かをもらう。そうすれば人は堕落し、私に頼ってしまう。それではダメだ。また繰り返しになる。
だから私は彼らに存在を悟られてはならない。物語の、フィクションの中の存在でなければならない。
満月の時だけ月から彼らを覗く位が丁度いいのだ。
どれ、私も彼らを見習って月に願ってみよう。どうか私から巣立って君達の力で生きて行ける様に…
「月に願いを」
青い、蒼い、色が目に入る。海より青く、花より鮮やかな色が空を見上げればいつも目に入る光景。
何時もあるはずの光景。これがいつか見えなくなる。それがどうしようもなく不安だ。こんなに綺麗なモノを見えなくなる。もう二度と見えなくなる、それが怖い。見えなくなる位なら最初から知らなければ良かった。
でも、もしこの空の色を見ていなければここまで生きてはいないだろう。空の美しいさに魅了され空の壮大さにワクワクして空の偉大さに敬意を抱いた。空は太陽に匹敵するものだ。なぜ神話で空の神が居ないのか、居たとしても主神格ではないのか疑問がわく。
とにかく、僕にとって空は人間の三大欲求と同じ位大事なものだった。僕を救ってくれた。僕に勇気を与えてくれた。僕に前に進むキッカケをくれた空。それが見えなくなる。
僕は目に疾患がある。生まれた頃からの疾患だが今まで平気だった。しかし、歳をとったからか疾患が悪化してしまった。手術しないと命が危ないと医者に言われた。ただし、手術をすれば目は二度と見えなくなる。僕はどうすれば良い。
空を見えなくなる位なら死んだ方が良いとずっと思っていた。でも実際に生きるか死ぬかの二択をするとは思わなかった。
僕は自分でも驚く程にスムーズに医者に言った。
手術はしません。
僕は死ぬんだろう。この選択が合っているなんて思わない。生物的にも、人間的にも間違っているのかもしれない。
でも、後悔はない。僕は空に命を救われた。空の青さがあったから今まで生きてこれた。人間はいつか死ぬ。なら僕は空を見ながら死にたい。空の美しさを見ながら死にたい。
僕の人生の全てを空に使った。こんなに良い人生があるか? 命を使って一つの事を追い求めた。こんな幸せな事があるか? だから僕は後悔はない。
僕は満足だ。