◤失恋していた◢
思えば、失恋はずっと前からしていたのかもしれない。別れようと言う彼女を目の前にそう思った。好きになって、告白して、そのときから彼女の気持ちが俺の元になかったとしたら、それは最早失恋と同義である。
「同情?」
彼女は答えない。
「哀れみ?」
何故か彼女が傷ついた顔をして俯いた。傷ついているのはこちらだというのに、何故そんな顔をするのか。寧ろ好きでもない男と別れられて清々するのは其方ではないのか。
「嘘が上手だったんだね」
彼女と紡いだたくさんの想い出が頭に溢れる。あれら全ても嘘だったというなら、とんだペテン師である。俺では敵わない。
こうなってしまえば、別れの言葉すらも要らない。俺は何を告げるでもなく彼女から離れた。
「ごめん」
彼女のか細く震えた声と目尻から零れた一粒の涙に俺は気づけなかった。
テーマ:たくさんの想い出
◤隣の花は赤い◢
隣の花は赤い。それに対してこちらの庭は荒地のようなものである。随分と前から空き家となったこの家は大量の雑草が生え、ボウフラが湧き、人の寄り付かぬ場所となってしまった。
隣の芝生は青い。こちらは茶色の地面が露出して、目も向けられないような汚さである。朽ちた家の木の板が剥がれ落ち、地面にバンとぶつかる。少しだけ、ほんの少しだけ痛いと思った。
昔はご近所付き合いが盛んだった。何時からか離れ離れになり今では見向きもされない。この家の主は死去して、それからそのボンクラ息子が所有者となった。まあ、予想通り荒地になった訳である。思い出の家は空き家として問題とされるようになった訳である。
ショベルカーが家を崩していく。市がようやく対策に乗り出したらしい。今日でこの家ともお別れだ。最後に一輪の花を咲かせた。真っ白な真綿のようなヤツデの花を。
離れ花れ
テーマ:はなればなれ
◤少女漫画的◢
「可愛い子猫ちゃん」
目の前でそう囁く男は俺様なイケメン。少女漫画でよく見るヤツ。私は可愛い子が好きなので特にキュン、なんて反応はしない。無視に限る。
「俺の子猫ちゃん、どこに行くの」
どうやらコイツは大分メンタルが強いようで、無視した程度じゃいなくならないらしい。仕方ない。これは友だちと編み出した最終手段なのだが使うしかないだろう。
「へ〜、おもしれー男」
決まった。イケボでこんなこと言われたら大抵の男はプライドがズタボロにやられてどこかへ行く。そう、これが私の必殺技。少女漫画返しだ。
「はっ、」
のはずが、なぜか顔を赤く染める男。存外かわい、
いや、ないない。こんな男に可愛いだなんて、ありえない。こんな、可愛げの欠片もないやつなんて。
「お前なんかには、絶対落ちないんだからな」
相手の男はなぜか、負け犬の遠吠え的な叫び方でどこかへ行った。自分の頬も熱くなっている気がする。
もしかしてこれ、アイツがヒロイン?
テーマ:子猫
◤百人一首◢
秋風に たなびく雲の 絶え間より
もれいづる月の 影のさやけさ
左京大夫顕輔が詠んだ句ですね。百人一首にもある有名な句です。私は月だとか、夜だとか、影だとか、好きなんですよ。絶賛厨二病拗らせ中なもので。
絵とか、下手くそですけど描かなくてはいけないときってあるじゃないですか。美術の授業とか。そういうときの八割が夜で月で星なんですよ。絵の具も黒と紫と青だけ切れてまして。
そんなこんなで、夜が好きなので、秋風と夜で一句。
月が綺麗ですね 涙のごと 秋風よ
テーマ:秋風
◤してはいけない約束をした◢
優しい人だ。昔も、今も。傍に居ると、私だけが汚れているように感じてしまう。今だって、悲しげな瞳を浮かべる君は、一度も私を否定しなかった。
「優しすぎるから別れたいの」
こんな馬鹿げた一言を、真剣に受けとってくれる。こんな人を手放して、多分私は幸せになれない。それでも、彼の傍に居るべき人間が私でないことくらいは分かる。もっと、可愛くて、心の綺麗な子が居るべきだと。
「分かった」
長い沈黙の後、告げられたのは肯定の言葉。否定できないのは怖いからだと彼は言ったけれど、それでも私はやっぱり優しさの証だと思う。
「じゃあ、またいつか会ったらそのときは初めましてから始めましょう」
「ああ、また会おう」
ドラマやアニメなら、こんな形で終わったカップルが出会うことは二度とないのだろうか。いや、フィクションなのだから希望を持たせる形で終わらせるのだろう。でも、ここは現実だ。
「さようなら、もう二度と会わない人」
心の中で呟いて、その場所を後にした。彼の顔を見てしまわないようにしながら。
テーマ:また会いましょう