私にとって、彼女は自分の太陽だと言っても過言では無いほどに大切な人だった。
彼女は学生時代、孤独な私に手を伸ばして歩み寄ってくれた。
決して相容れることの無い相手だと思う程に自分にとって遠い存在だったのに、どうしたことか彼女とは不思議と気があった。
趣味も、好きな音楽も、嗜好がそっくりだったのだ。
自分とは正反対で、交友関係も彼女の方は幅広く、私はゼロに近いほどに人と関わり合いを持っていなかったけれど、放課後は一緒に過ごし、お昼は2人きりで弁当を食べた。
彼女が自分の人生に現れてからは、生きていくことが楽しいことだと感受できるようになるほど、彼女は私の中に唯一無二の光を灯してくれていた。
それでも、進学先まで同じと言う訳には行かず、高校を卒業してから私たちは別の大学へとそれぞれ通うことになった。
進学してから関係は暫く続いたが、お互い社会人になる頃には前ほど気軽には会うことが出来なくなって、登録していた連絡先も、携帯の機種を交換した時に引き継ぎに失敗してしまって学生時代の知人の連絡先は消えてしまい、例外なく彼女の連絡先も消えてしまった。
その頃からは連絡を取り合うことは自然となくってしまっていたけれど、彼女との関わりがほぼ無くなってしまったことがそれなりに悲しかった。
でも、どこかでまた逢えるだろうと漠然とそう、思っていた。
そんな彼女の訃報が入ってきたのは、ちょうど実家に帰省した時だった。
知らない番号からの電話を訝しげに取ると、電話口で元同じクラスメイトの苗字を名乗られた。
あまり関わりが無い人だったから、どうしたのだろうと尋ねようとしたちょうどその時、彼女が亡くなったことを知らされた。
「𓏸𓏸さん、あの子と仲良かったから。報せなきゃと思って」
もう途中から、元クラスメイトの声は聞こえなかった。
――――
交通事故、だったらしい。
亡くなったのは数ヶ月前で、葬式も終わってしまっていた。
電話で報せを入れてくれた元クラスメイトは、私に知らせなければと私の数少ない交友関係から私の連絡先を見つけてくれたみたいだった。
彼女の訃報を聞いて、私は当然に驚いた。
けれど、残酷な事に私の中に喪失感は少ししかなかった。
かつての自身にとっての太陽を永遠にこの世から失ってしまったのに、もう二度と彼女の隣を歩くことは出来ないというのに。
時間の流れと人の人格形成の過程を鑑みれば、学生時代の経験と、人間関係に変化が起こることにそこまで感情が揺れ動かないことがしょうがないと片付けられること
もあるのかもしれない。
それでも、学生時代の私にとって唯一の安寧にも近かった彼女を失ってもなお、正気を保てている私が酷く残酷なものに思えて、
いつの間にか太陽を失ったのに暗闇で平気に生きていけてしまっている自分に悲しくなった。
地球に生きている生物は全て、太陽を失ったら朽ち果てていくと言うのに、私は今もここに立って平気に生きている。
時間も私も全て残酷だ。
そう、思った。
二度と光の入らぬ暗闇では、そう嘆くことしかでき無かった。
――――暗闇
お題【太陽のような】
朝、目を覚ますと決まって昨日と同じ天井が見える。
そこまでは当たり前だ、別にいい。
スマホのロック画面を開く。そこに表示された日付は昨日ときっかり同じ、2月21日を指していた。
昨日と同じ。ありえない。
そこで私は溜息を着く。この日を迎えるのは何回目だろうか。と
私は毎日21日を迎えている。
いつからだったか、何回目の21日か、そんなことも忘れてしまうほどにずっと前から。
カーテンから差し込む日差しも、会社に向かう時にすれ違う人も、流れるニュースも全部おなじ。
社会は規則的に、21日を毎日こなしている。
21日を毎度迎える私が飽き飽きするほどに。
きっかけがなんだったのかはわからない。だから、繰り返す21日のトリガーが何なのか見当もつかない。
繰り返す21日をこなしていくうちに、どうやら私は頭が狂ってしまったようで、自分が会社に通う人間で、女で、どこに住んでいるのかぐらいしかわからなくなっていた。
つまり、最初の21日にどんな気持ちで目覚めて、どんな気持ちで今までの日々を過ごしていたのかすら分からなくなっていたのだ。
何となくそりゃ、そうだろうなと思った。だって、最初の21日から、自分の自我と感情だけは蓄積されるのに周りは一向に変わらず、淡々と全く同じ日をこなすのだ。同じ21日を0から。
気が狂って、記憶が飛ぶのもわかるだろう。
頑張って思い出そうとしたら、最初の21日の時に自分が凄く楽しみな気持ちを持っていたような気もするし、酷く憂鬱な気持ちだったような気もしてきた。
でも今の私からしたら、もう最初の私がこの日をどんな気持ちで迎えたかなんて正直どうでも良くなってしまっていた。
21日が繰り返された当初は、明日の自分のことも思って、規則正しく過ごしていつも通りに会社に通っていた私だった。でももう、同じような日々には嫌気がさしてしまったのだ。
こうして私は、今回の21日からは責任など全て放棄して全てやりたいようにやる事を心に決めてしまった。
手始めに、段々と嫌気がさし始めていた面倒臭い会社を辞めた。そして、部屋の掃除をすることにした。
繰り返される同じ日の中じゃあまり把握出来ていなかったが、どうやら私は自分の部屋を掃除できないほどに追い込まれていたらしい。
部屋の中は荒れ果てていて、あちらこちらに自分の生活の堕落っぷりを指し示すような惨状が広がっていた。
そんな部屋を掃除している途中、一つのアルバムを見つけた。今の私には、当然、見覚えがない。
ペラりとページをめくってみて、写真を目に入れた瞬間流れ込むようにして記憶が流れ込んできた。
家族や友人、大切な人との暖かい記憶、自分がどんな人間であるかを知れるような日々の記憶が。
そして、同時に私は思い出した。自分がどんな思いで、最初の21日を迎えたかを。
思い出した途端に、泣き出したくなった。本当の私が迎えた最初の21日に感じていた絶望を思い出して、気づけなかった、自分が自ら手放してしまった日常と自分自身の大切さにようやく気づいて。
あぁ、どうしても明日が迎えたい。
自らの手から手放してしまった、絶望のあまりに投げ出してしまった命をもう一度迎えたいと強く願った。
とたん、眩い閃光に私は身を包まれた。
身を包んだ光は私の身体をふわりふわりと浮かせていって、いつの間にか現れたトンネルの出口のような場所へと私を導いた。段々と出口は近づいて、そこをくぐり抜けたと同時に、、、
パチリと音がするように私は目をあけた。
今度は、見覚えのない部屋の天井だった。
胸にはぺたぺたと線の繋がったシールが貼られていて、線を辿ると電子機器が私の鼓動に合わせてピッピっと規則正しく脈を打っている。
ジャっと勢いよく、仕切りのカーテンか何かが開けられる音がして、白衣を着た女性が入ってきた。女性は、私の顔を見て目を見開いた。
目を覚ましたかと、名前を呼ばれて驚かれるが、私は彼女に一番に聞きたいことがあった。
長いこと口から水を摂取してないせいで酷く喉は乾いていたが、何度か声にならない声を出したあと、私はようやく彼女に大事なことを尋ねることが出来た。
「今日、は、何、月何日で、すか。」
彼女はそんなことよりも私の健康を早く確かめたかったようだが、質問にはすんなりと答えてくれた。
「4月6日です。」
彼女の答えを聞いてようやく私は不安が払拭された気持ちになった。
あぁ、やっとだ。
やっと、私は21日では無い日を0から始められる。
――望むのは。
お題【0からの】
時折、自分が惨めで残酷な状況にいるような気がしてならない時がある。
そんな時、自分の人生そのものを話すつもりであった心を開いた人間にそんな感情をかけられてしまったら、私はもっと自分が惨めで堪らなくなると思う。
同情することが悪い事だとは決めつける訳では無い。
だが、時に人を惨めにしてしまう程には酷な感情であると私は感じるのだ。
――慰みよりも酷なもの
お題【同情】
「あの木の枝についてる枯葉が落ちる頃にはきっともう、私はいないわ。」
なんかの聞き間違いかと思った。だって、そんな漫画の中の病弱なヒロインなんかが言いそうな典型的な言葉が知り合いの口から発せられるなんて誰か想像するって言うんだろう。
しかも、よりによって天真爛漫、お転婆だなんて形容詞がぴったりな彼女の口からそんな言葉が出るなんて、以下同文。
そんな、ちょっとした動揺に見舞われてたせいだろうか、気づいたら僕は枯葉が散る頃に云々といったセリフの次には相応しくない言葉をついつい吐いてしまっていた。
「…ちょっと、胡散臭すぎない??」
――――――
僕は彼女の枯葉云々だとかいう言葉をまともには受け取っていなかった。
だって、気まぐれなあの子の事だ、どうせああいった事もどうせ冗談なんだと思って、考えないようにしていた。
でも、そんな話をした数日後、寝過ごした朝に隣のベットがもぬけの殻になって片付けられてた時、僕は心臓を縮み上がらせた。
そして、最悪の事態が頭に浮かび上がった。
彼女の死という最悪の事態が。
――――――
ナースステーションに向かう途中で、頭の中は後悔でいっぱいだった。
なんで、あの時真剣に話を聞いてあげなかったんだろう。
盲腸での入院だとは言ってたけど、本当は重い病気を持ってたのかもしれない。
彼女はあの時の僕の言葉の後、冗談ぽく笑ってはいたけど、本当は強がりだったかもしれないのに。
たった数週間の仲ではあったけど、友達の少ない僕にとって、彼女の存在というのは否が応でも自分の中では大きいものとなってしまっていた。
せめて本当のことを知ってたかった。
なのに僕は、それを、胡散臭いだなんだって、
そんな溢れだしそうな後悔で泣き出しそうな、そんな時、
「あれ、メガネくん!慌てちゃってどしたの。」
背後から聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこにはいつもの笑顔の彼女が立っている。
彼女の姿を目にした時、僕は安堵すると同時に少し責め立てるようにして彼女に勢いよく問うた。
「っ…!!なんで、病室にいなかったの!どれだけ、、心配したか。」
そんな、顔をくしゃくしゃにしながら、今にも泣き出しそうな顔をする僕を前にして、彼女は軽く慌て始めた。
「ごめん、ごめん!!君があまりにも気持ちよさそうに寝てたから、全部退院の準備が終わってから起こそうと思ってたの。」
彼女の予想外の言葉に僕は目を見開いた。
「た、退院??」
「そう、退院!ただの盲腸だからね。抜糸も終わったし、今日退院出来ることになったの。サプライズしようと思って君には黙ってたんだけど、もしかして驚かせちゃった?」
「本当は重い病気とかが、あるとかじゃなくて??」
「何言ってるの、元は健康体よわたし。」
「じゃあ、枯葉が散る頃にってやつは、、」
「あぁ、あれね。 初めての入院だし、人生に一度は言ってみたいセリフだったの」
「はい?」
思わず間抜けな声が出る。
とんだ拍子抜けだ。いや、そもそも最初から僕の思い違いだったのだ。あんなセリフを真に受けて、勘違いするとはとんだ赤っ恥だ。
あれだけ、会いたかった目の前の彼女だが、さっきとは打って変わって、今僕は彼女の間から今すぐにでも消えてしまいたかった。
――結局木から枯葉が落ちる頃、僕は彼女を失わずに済んだが、自分の面目は失ったのだった。――
――あの木の枯葉が落ちる頃
お題【枯葉】
悠久の時を持っている私でも、時間の大切さは痛いぐらいにわかるわ。
こう何年も歳をとると、外見は1ミリも変わっちゃくれないくせして、心だけ一丁前に時を刻んでは慈しむようになるの。
――不老不死というのは名ばかりで、感情と知性を併せ持って元々人間として生まれてた彼女は歳をとるという概念をとっくの昔から知ってしまっていた。――
いくら外見が変わらずとも心は歳をとる。
ふふ、こんな発見、世紀の大発見でしょうね。
でも、どんなに世界が轟くようなことが起こっても、人の世が終わってしまったこの地では、もうざわめくような混沌が起こることも無くなってしまったわ。寂しいものね。
だからこそ、私は毎日を大切にするわ。
今まで過ごしてきた日々は二度と訪れることは無いからね。
まぁ、でもこんなこと話しても、今さっき崖から落ちてきた人間じゃない貴方にはわからないでしょうね。
ごめんなさいね、身の上話なんかしちゃって。
あら、どうしたの。
家に帰りたいの?
残念だけど、もう真夜中よ、きっと今日は帰れないわ。
私の家で休んでいって。
一晩、泊めてあげるわ。
でもね、せっかくの久しぶりのお客さんであるあなたには、休ませてあげる代わりに一つだけ一緒にやって欲しいことがあるの。
いいえ、何も難しいことはないわ。
もう少しで日付が変わるの。その時間の少し前に私と一緒に同じことを思ってもらうだけでいいのよ。
二度と来ない今日へ、サヨナラってね。
簡単でしょう?
――不滅の彼女
お題【今日にサヨナラ】