人の名前には由来があるそう。
優しい子になるようにと“優花”だとか、勇気のある子に育ってほしいと“勇輝”とか。
でもボクはクローンだから、名前の由来というものがない。
そもそも名前で呼ばれることがほとんど無いに等しかったから、名前に対する執着もなかった。
それで悲しいと思ったこともないし、名前を呼んでほしいと願ったこともない。
でも今はちょっぴり執着しているかもしれないと思う。
皆が自分を、“飴嶋喜楽”として呼んでくれるから、呼ばれているうちは、まだここにいて良いのかなって気分になる。
「喜楽」
この瞬間が一番好き。
『なあに?』
「……何だっけ。まあ、思い出したら言うわ」
『おっけ~』
一番大好きな声で、一番大好きな人から名前を呼ばれるのは、随分と幸せな気持ちになるらしい。
仲間に呼ばれるのとはまた違う感覚。
仲間に呼ばれると胸がじんわり暖かくなるけど、この子に呼ばれると水の波紋のようにすうっと自分の中に浸透する。
ああ、好きだなぁって惚れ直す。
ボクはつくづく彼女には弱いなあと思う。
でも仕方ないよね、大好きなんだもん!
どうでもよかった自分の名前を、愛おしいものへなおしてくれた人へ。
愛してる。これからもずっと傍に居させてね。
ーお題:私の名前ー
皆誰しも特別になりたいと思う。
それは勉強面か、運動面か、人気者という面か。
……きっとそれくらいの違いだけで、人気者になりたいって思いは皆一緒。
私も同じ。誰かの特別になりたい。
「ん?どうしたの、ぼーっとして」
彼女、ソファーに座った私の腰にひっついている有名デザイナーの喜楽は、私の恋人だ。
明るく元気なアイドルは、私の前では素を見せてくれる。
『んー、何か、何かしら特別になりたいなって』
「特別ねぇ……」
喜楽は考え込むと、ぱっと顔を上げた。
それは明るい笑顔。
「ボクの特別じゃあダメなの?」
こてん、と首を傾げて上目遣いで聞いてくる喜楽。
『ふは、それは嬉しいけど、喜楽は皆のアイドルなんじゃないの?』
「むぅ……じゃあ」
「“俺”の特別は?」
『!』
珍しく聞いた素の一人称。
「俺の大切な人っていう、唯一の特別……とかどう?」
皆誰しも特別になりたいと思う。
それは勉強面か、運動面か、人気者という面か。
……きっとそれくらいの違いだけで、人気者になりたいって思いは皆一緒。
私も同じだった。でも見つけた。
唯一無二の“特別”に選んでくれる人を見つけた。
また腰に抱きついてきて、にやりと笑う彼女を知ってるのは、私だけなのだろう。
ーお題:私だけー
「ねぇ、オネーサンが雨ヶ崎哀ちゃん?」
『? はい、そうですが……何か……?』
昼休み、急に知らない二人の女の子達に声をかけられた。
……いや、完全に知らないわけではない。
最近転入してきた子達。
私の中学校は1学年に8クラスだから、会ったことが無いだけで。
二人の転入生は、転入後直ぐに有名になった。
事情があるらしく、短い期間……1ヶ月だけの転入らしい。
今は慣れるための期間らしく、制服こそ着用しているものの、髪を下ろしていて校則違反だ。
そしてそれが許されるだけの理由があった。
彼女達はそれぞれデザイナーと小説家らしく、興味が無くても名前くらいは聞いたことがあるレベルの人気っぷりだ。
かく言う私も知っており、それぞれの作品を推している。
今日も仕事の合間に来たらしく、二日目だということもあり自由にしていても許されていた。
「良かったぁ!間違えてたらどうしようかと思ったよ……」
「まあ、結局あってたんだからいいじゃありんせんか」
にこにこと可愛らしい笑顔を浮かべているのが有名デザイナーの飴嶋喜楽。
独特の花魁言葉ではんなりと笑うのが人気作家、間宵優。
人が居ると話しにくいからと空き教室に連れてこられた私は気が気では無かった。
周りから人気の女の子達に目を付けられたらどれだけ恐ろしいか私は知っている。
周りに人がいないか確認をして、二人は交互に言い始める。
「さて、と。ボク達は君に個人的な用があってここに来たんだ」
「哀さんが受けている酷い仕打ちは知ってやす。それに関することでありんす」
「ねぇ、哀ちゃん」
「「ボク/わっち と一緒に 来ない?」」
『……なんてこともあったね……』
「そんなこともありんしたねぇ……。今思うと少し強引すぎたかもしれんせん」
「哀ちゃんごめんねえぇぇ」
『良いよ、あれのお陰で今ここにいれるんだし』
「めっちゃ良い子なんだけど~!(泣)」
ーお題:遠い日の記憶ー
『喜楽』
「なぁに?」
名前を呼ぶと嬉しそうに駆け寄ってきて、ぎゅうと私を抱きしめると、いつもの可愛らしい声で返事を返す。
人のことをよく見ている喜楽は、感情の変化に敏感に気付く。
きっと今の私の感情に気づいたのだろう。
『ねぇ』
「ん~?」
『もっと抱きしめて』
「もちろん!」
ぎゅう、と苦しくならないギリギリまで強く、それでいて優しく抱きしめてくれる。
背中に手を回し抱きしめると、同じくらいの力で抱きしめ返してくれた。
するととたんに香る甘い匂い。
ブラックデビルという銘柄の煙草の愛用者である喜楽は、職業柄多少なりとも付く血の臭いを嫌う。
その臭いをかき消す為に吸い始めたと言っていた。
かと言って口臭は煙草の匂いではなく、これも彼女が愛用している飴の匂い。
近くで触れるときだけ香る甘い匂いが側にあるだけで、私は安心する。
途端、喜楽の電話が鳴った。
一言謝る言葉と共に、私を包み込んでいた熱が離れた。
すると、ふいに一人きりになったように感じてしまう。
涙が思わず溢れそうになる。
駄目だ、あの時はここまで私は涙もろくなかった。
あんなことにでさえ耐えれていたのに。
何で今更。意味ないのに。無駄なのに。
歯を食いしばり、唇をつり上げ笑みを浮かべる。
不格好だろうが、泣くよりましだ。着丈に振る舞わなければ。
すると電話が終わったらしい喜楽がこちらを振り向く。
「ねぇ」
『ん?何?』
「さっきより強く抱きしめて」
『! ……勿論』
矢張り喜楽は感情の変化に敏感だ。
甘い匂いを胸一杯に吸い込みながら、私は喜楽の服を濃く染めた。
ーお題:空を見上げて心に浮かんだことー
ロザリオのついたネックレスの紐が切れる。
聖職者にとって一番大切であろう十字架が地面に落ちる。
『これで終わりにしましょう』
女は地面を踏みしめ、紐とともに切れた頬を気にもせず、不適な笑顔で立っていた。
片手に聖書を持ち、二本の足でしっかりと身体を支えて。
ロザリオが無くとも、かの間宵優という女は、正しく教祖なのだと思い知らされた。
ーお題:これで終わりにしようー