かも肉

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8/30/2025, 12:33:54 PM

作品73 ふたり



 昔の夢を見た。
 昔と言っても小学とかそこら辺のとき。当時、放課後のスクールバスが来るまでのほんの十分間、遊具やらグラウンドやらで僕らはよく遊んでいた。特に人気だったのはブランコ。次に回るジャングルジム。そしてシーソー。どれも人数に制限があるせいで、なかなか遊べない。
 だから、友人と他クラスの知らない人達で、誰が鬼なのかわからない鬼ごっこをよくしていた。滑り台に乗るのはずるいとか、遊具の中に入ったらタイムとか、子供のデタラメルールにあふれていた。今思えばすごく騒がしかったな。すごく楽しかったな。
 その光景を大人の僕が混ざれず見ていると、知らない子供に背中を叩かれ振り向いた。
「一緒に遊ぼ!」
誘われた。誘われた!その喜びでいっぱいで、
「うん!」
迷うことなく返した。
 そうして、僕は夢の中で子供になった。
 その子と一緒に、迫ってくる鬼から逃げ回る。その子は雲梯の上に登って、僕はすべり台の上に登った。鬼をしている子供が、子供特有のあの声でずるい!と笑いながら怒っていた。
 数分経ってバスが来た。一回も鬼にならずに済んだとみんなが自慢しあって、各々ランドセルを取りに行っていた。その子も草の上に転がったランドセルを拾い上げる。
「帰っちゃうの?」
終わりたくなくて、つい聞いてしまった。
「帰らないと。バス来てるし。」
「バス組なの?」
「違うけど。そっちはバス組でしょ。なら帰らないと。あと二分したら出発しちゃうよ。」
「違うよ。歩き組だよ。」
 互いをバス組だと勘違いしていたことが妙に面白くて、笑い合う。チャイムがなったのを合図に、バスが出発した。
「一緒に帰ろ。」
手が差し出された。帰りたくないと言いそうになり、迷惑をかけてしまうと思って、頷いた。
 二人で手をつなぐ。腕がひかれていく。手が小さかった。子供の手だと思った。止めようとしていた足が、その子の笑顔のせいで歩み始めた。なぜか目の前のその子がキラキラして見えて、なんとなく思った。
 あの子に似ているな。いや違う、あの子だ。
 それで、これが夢だとわかった。
 そのせいで、目が覚めてしまった。
 起きたのは草むらの上とかじゃなくて、ベッドの上。ぼんやりと天井を見ていると、少し寒いことに気づいた。体を見ると裸。服を着ながらふと視線を隣に移すと、知らんやつが裸で寝ていた。乱れたシーツと散らかった下着。少し臭い部屋。
 あーあ、やっちゃったか。
 そう思いながらタバコを吸いにベランダへ行く。ライターがうまくつかなくて、少しいらついた。やっと点いた。
 ため息とともに、口から煙を出す。上へ上へと登って行った。そして窓ガラス越しに、ベッドの上に転がった人を見る。どう見ても、あの子ではない。
 灰皿でタバコの火を消しながら、そんなクソみたいなのを考えていることに気づいて、笑いが込み上げてきた。未練たらたらすぎるだろ。少しして涙も出てくる。あーあほんと醜い。
 耐えきれなくなって、しゃがみこんでしまった。初めて僕に、愛情に似た何かを感じさせてくれたあの子。あの時の気持ちをまた感じたくて、今日みたいな最低なことたくさんしてるのに、今も感じらられずにいる。ほんっと醜すぎて笑える。笑えるのに、涙は止まらない。
 しばらくすると窓の開く音がして、顔を上げるより先に抱きしめられた。大人の手。男より小さいけど、大人の大きい手。微塵もキラキラしていない。
「大丈夫……?」
 心配そうに聞く声に、何も答えず抱きしめ返した。慣れない手つきで頭を撫でられる。慰めの優しい言葉もかけられた。それでさらに涙が出てくる。きっと彼女のこの行為に愛なんてなくて、ただ慈悲の心から来ているんだろうな。
 今日も昨日もいつまでも、僕は愛ではない物をくれる人達とふたりで過ごす。
 顔を上げると愛のないキスをされ、微笑まれた。吐き気がした。

7/30/2025, 12:22:32 PM

作品72 熱い鼓動


 はいどうぞと差し出され、おそるおそる触る。思っていたよりも重くて、思っていたとおり柔らかい。手の中で大人しく固まっていたそれは、次第によちよち歩き始めた。右、左、右、左。足にあわせて長い尻尾も少し揺れる。今だけ、私の小さな手のひらが、私より小さな生き物にとっての世界になっている。
 「可愛いでしょ。」
 飼い主のである友人が、この光景を愛おしむかのように言った。
 「うん。すごく。」
 「この子何か分かってる?」
 「ハムスター?」
 「違うよ……。」
 そう言って友人は、ゲージの中から更に一匹、ハムスターではないらしい小さな生き物を手のひらに載せた。3匹飼っているらしい。
 「ネズミ?」
 「んーんー。」
 「じゃあ何さ。」
 「チンチラ。」
 「何それ初めて聞いた。」
 「まじ!?」
 いきなりの大声に、私もチンチラもビクッとする。友人が、ごめんごめんと謝る。目線的に、多分だが私にではなくチンチラに。
 「……チンチラって可愛いね。」
 「でしょ。」
 皮肉は効かなかった。
 少し優しく、手のひらを握る。中で小さな生き物がかすかに動いた。かすかに鼓動が伝わる。嗚呼こんなに小さくても、生きてるんだな。
 手がゆっくり、あたたかくなった。

7/11/2025, 3:28:42 PM

作品71 心だけ、逃避行



 母の泣き叫ぶ声。それを宥めようとする父の声。弟の泣き声。皿の割れる音。壁を叩くような鈍い音。部屋の外から聞こえる数々の騒音。
 耳を塞いでも、音が大きいせいで振動がひどい。逃げられない。
 でも、イヤホンさえすればこんな世界から離れられる。違う世界に行ける。そう思っても再生ボタンを押そうとする手は震えていた。気づかないふりしてボタンを強く押す。ほぼ叫んでいるような激しい曲が流れ始めた。
 誰かこの音漏れを怒って。
 体はまだ震えている。コップに入った水もまだ揺れている。ノイズは鳴り止まない。

7/10/2025, 3:17:42 PM

作品70 冒険


 夏休みの度に、自転車で海へ行く。
 行き方は適当。荷物も適当。へんてこな歌を歌ったり、間違って人ん家の道路に入って怒られたり、よく分かんないところで写真を撮り合ったり。暑い!なんて笑い合いながら、コンビニで買ったアイスを分け合ったり。
 靴を脱ぐことすら忘れて海に飛び込む。服の重さすらも面白くて、笑った拍子で海水が口の中に入る。泳げないから、波が足をくすぐるたびに軽く怯える。着替えを忘れて絶望する。それを誰かが笑う。暗くなったら持ってきた花火で遊ぶ。
 帰りは誰もそう言ってないのに歩き。自転車が荷物になるけど、この時間をみんな伸ばしたがる。
 ゆっくり歩くから帰るのは門限過ぎ。怒られたくねーとか帰りたくねーとか言って、だけど誰も僕らを置いていかない。そして来年また来ることを約束する。次は着替え持ってこようと誰かが僕をいじる。また笑い声。
 満月まであと少しの薄い月。たまに流れるほうき星。しょうもないことで笑ってる誰かの声。自転車から伝わる道の凹凸。僕らが通ったからか少し立派になった獣道。数匹飛んでくる蛍。蛙や虫の鳴き声。整備された道。電灯についた蛾。微かに聞こえる風鈴の音。どっかの家からはしゃぎ声。段々、家に近づいてきた。
 今年の冒険が終わる。いつか捨てる貝殻を握りしめた。

6/23/2025, 2:24:16 PM

作品69 子供の頃の夢


 保育園の頃から仲の良かった友人が亡くなったと、母から連絡があった。一瞬何を言っているのかわからなかった。彼が死んだという言葉の意味が、理解できなかった。だって。だって彼は死ぬようなやつじゃない。彼に死なんて似合わない。あいつはいつも生き生きしていて、太陽って言葉が似合うくらい輝いてて、死ぬようなやつじゃない。あいつは。
 そう口を開きかけて、言葉を飲み込む。電話の向こうで母が大丈夫?と心配そうに尋ねていた。気持ちを出してしまわぬよう、静かに大丈夫とだけ返して電話を切る。そしてすぐ、彼にメッセージを送った。
 『何してんだよ』
 『なあ』
 『暇だろ』
 『この前観た映画、続編やるんだって』
 『一緒に見に行こうぜ』
 『あと飯食いに行こ』
 『おごるから』
 既読はつかない。
 『なあ』
 『何で』
 『何で何も言ってくれなかったんだよ』
 いつまで経っても、返信も、既読も、何もつかなかった。

 彼の死から数カ月経った。不思議なことに、あれだけ大事だった人が死んでも、人は一人で生きていけるらしい。
 ただ、これまでどう過ごしていたのか、記憶にあまり残っていない。
 今日も布団にうずくまっていると、通知音がした。母からかと思ってスマホをちらっと見て、飛び起きる。彼からだった。
 スマホのロックを外し、急いでメッセージ画面を開く。送ったメッセージ全てに既読がついていた。すぐ、視線を画面の下へ向ける。
 『こんにちは。』
 彼らしくない口調。
 『こいつの兄です。』
 そりゃそうだよな。彼が生きているわけがない。
 『元気にしてるかな。良ければなんだけど、今度会えない?』
 また、通知音がなる。
 『君に渡したいものがあるんだ。』

 「久しぶりだね。葬式ぶりだっけ。」
近所のファミレスで、会話の始め方に悩んでいると、相手がそう喋り始めた。
 「そうですね。」
こっちの返答を無視して、目の前の男は店員にコーヒーを二杯注文した。そして深くため息を吐く。
 「本当、あいつは最後まで恥さらしなやつだったよ。急に変な格好をしだしたかと思うと彼女だかを作り始めて。最後の最後には自分で死ぬなんて。どこまで俺らに迷惑かけるんだか。」
何年経っても変わらぬこの男の全てが、亡くなった彼を何度も殺す。
「まあ生きていても迷惑だったし、結果的にはこれでも良かったのかな。これで僕に迷惑かけられたと思ってるなんて、本当哀れだ」
「それで」
 早くこいつと別れたくて、言葉を遮った。
「渡したいものってなんですか。」
 自分のペースを乱されたのがよっぽど嫌なのか、それとも賛同されなかったのが気に食わなかったのか。男はこちらを睨みつけた。
ちょうどいいタイミングでコーヒーが届く。店員にお礼を言わないのを見て、彼とは全く違うなと感じた。
 「渡したいものだが、これだ。」
そう言って男は、黒いカバンの中から厳重に蓋がされたお菓子の缶缶を取り出す。
 「中身は見ていない。先日あいつの部屋の片付けをしているときに見つけたものだ。手紙が貼り付けてあり、開けることなく君に渡せと書いてあった。」
手紙が缶缶の上に置かれる。
「君に渡す。好きにしてくれ。」
 そう言うと男は机の上に札を起き、立ち上がった。
「きっともう君に会うことはないだろう。だから最後に質問させてくれ。」
 視線を一度上に向けてから、男は口を開く。
「妹と君の関係は何だったんだ。」
もっと彼を馬鹿にするようなことを聞かれると思っていた私には予想外の質問で、コーヒーを飲もうとした手が止まる。男の表情を見ると、いつもの人を小馬鹿にしたようなあの顔ではなく、ただ純粋に家族のことを知ろうとする普通の兄に見えた。それを見て、思わず下を向く。
 私達の関係を表す言葉を探す。
「私と彼は、ただの幼馴染です。」
最後まで想いを伝えられなかった、その代わり秘密の共有を数多くした、ただの幼馴染だ。
 “彼”という言葉に男は何か言いたそうだったが、何かを諦めたかのような顔をし、
「弟と仲良くしてくれて、ありがとう。」
それだけ言って、店を出た。
 コーヒーはまだ温かかった。

 家に帰り、箱に巻かれたガムテープやら何やらを取り始める。彼はどんな思いで封をしたのだろう。見つけてもらえると、信じていたのだろうか。
 手に力を込めると、意外にもすぐ蓋が開いた。中には一通の手紙と、思い出のガラクタがたくさん入ってあった。その中の一つに、目が止まる。
 それは保育園の頃、将来の夢を書こうという時間のときに私が作って、彼に渡したものだった。ガタガタの、丸が無駄に大きい汚いけども子供らしく愛らしい字で、彼の名前のすぐ後に“  のおよめさん!”と書かれていた。記憶に残ってないけど、この頃から私は彼のことが好きだったんだな。
 何となくその上を裏返してみた。そこには彼の丁寧な字で、大好きと書かれていた。いつもの彼の口癖。冗談風に伝えてくる、彼のあの言葉。だけど今だけ、それが本当だと勘違いしていたかった。
 よけていた手紙を拾い上げる。紙だけの割には少し重くて、小銭が入った封筒のような感触がした。手紙の封を開け、逆さまにする。数枚の手紙とともに紙が結び付けられた指輪が出てきた。結び目を解き、くしゃっとなった紙を開く。
 『来世は君と結婚したい。』
 震えたその字は、偽りのない字だった。
 結局離れ離れになってしか、私達は両想いになれない。わかっているけど、なんとも情けない。何度もこの繰り返しだ。指輪は薬指にぴったりだった。
 キッチンへ行き、使っていないマッチを取り出す。
 どうせありふれた言葉しか書かれていない手紙を、中身を確認せず燃やす。いつ、どんな方法で彼のいない今世をやめようか、黒くなる手紙を見ながら考えた。

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