かも肉

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作品73 ふたり



 昔の夢を見た。
 昔と言っても小学とかそこら辺のとき。当時、放課後のスクールバスが来るまでのほんの十分間、遊具やらグラウンドやらで僕らはよく遊んでいた。特に人気だったのはブランコ。次に回るジャングルジム。そしてシーソー。どれも人数に制限があるせいで、なかなか遊べない。
 だから、友人と他クラスの知らない人達で、誰が鬼なのかわからない鬼ごっこをよくしていた。滑り台に乗るのはずるいとか、遊具の中に入ったらタイムとか、子供のデタラメルールにあふれていた。今思えばすごく騒がしかったな。すごく楽しかったな。
 その光景を大人の僕が混ざれず見ていると、知らない子供に背中を叩かれ振り向いた。
「一緒に遊ぼ!」
誘われた。誘われた!その喜びでいっぱいで、
「うん!」
迷うことなく返した。
 そうして、僕は夢の中で子供になった。
 その子と一緒に、迫ってくる鬼から逃げ回る。その子は雲梯の上に登って、僕はすべり台の上に登った。鬼をしている子供が、子供特有のあの声でずるい!と笑いながら怒っていた。
 数分経ってバスが来た。一回も鬼にならずに済んだとみんなが自慢しあって、各々ランドセルを取りに行っていた。その子も草の上に転がったランドセルを拾い上げる。
「帰っちゃうの?」
終わりたくなくて、つい聞いてしまった。
「帰らないと。バス来てるし。」
「バス組なの?」
「違うけど。そっちはバス組でしょ。なら帰らないと。あと二分したら出発しちゃうよ。」
「違うよ。歩き組だよ。」
 互いをバス組だと勘違いしていたことが妙に面白くて、笑い合う。チャイムがなったのを合図に、バスが出発した。
「一緒に帰ろ。」
手が差し出された。帰りたくないと言いそうになり、迷惑をかけてしまうと思って、頷いた。
 二人で手をつなぐ。腕がひかれていく。手が小さかった。子供の手だと思った。止めようとしていた足が、その子の笑顔のせいで歩み始めた。なぜか目の前のその子がキラキラして見えて、なんとなく思った。
 あの子に似ているな。いや違う、あの子だ。
 それで、これが夢だとわかった。
 そのせいで、目が覚めてしまった。
 起きたのは草むらの上とかじゃなくて、ベッドの上。ぼんやりと天井を見ていると、少し寒いことに気づいた。体を見ると裸。服を着ながらふと視線を隣に移すと、知らんやつが裸で寝ていた。乱れたシーツと散らかった下着。少し臭い部屋。
 あーあ、やっちゃったか。
 そう思いながらタバコを吸いにベランダへ行く。ライターがうまくつかなくて、少しいらついた。やっと点いた。
 ため息とともに、口から煙を出す。上へ上へと登って行った。そして窓ガラス越しに、ベッドの上に転がった人を見る。どう見ても、あの子ではない。
 灰皿でタバコの火を消しながら、そんなクソみたいなのを考えていることに気づいて、笑いが込み上げてきた。未練たらたらすぎるだろ。少しして涙も出てくる。あーあほんと醜い。
 耐えきれなくなって、しゃがみこんでしまった。初めて僕に、愛情に似た何かを感じさせてくれたあの子。あの時の気持ちをまた感じたくて、今日みたいな最低なことたくさんしてるのに、今も感じらられずにいる。ほんっと醜すぎて笑える。笑えるのに、涙は止まらない。
 しばらくすると窓の開く音がして、顔を上げるより先に抱きしめられた。大人の手。男より小さいけど、大人の大きい手。微塵もキラキラしていない。
「大丈夫……?」
 心配そうに聞く声に、何も答えず抱きしめ返した。慣れない手つきで頭を撫でられる。慰めの優しい言葉もかけられた。それでさらに涙が出てくる。きっと彼女のこの行為に愛なんてなくて、ただ慈悲の心から来ているんだろうな。
 今日も昨日もいつまでも、僕は愛ではない物をくれる人達とふたりで過ごす。
 顔を上げると愛のないキスをされ、微笑まれた。吐き気がした。

8/30/2025, 12:33:54 PM