作品67 ラブソング
もし僕が歌を作れるなら。
街で流れてるような、ありふれたラブソングを作りたい。
きっと君は気づきもしないんだろう。
いつも下に落としてるその視線をたまに上げて、そうしたらどこからか小さな音で流れてくる音楽。イヤホンを耳から落としたときに一瞬聞こえる街の騒音とともに不意に耳に触れる音楽。
その程度の存在でいい。いや、その程度がいい。それがいいんだ。
誰にもバレずに、一つの雑音としてでいいから、君の日常に溶け込みたい。
そんな音楽を。
誰にも知られず朽ちていく、そしてくすぐったくて、そこら辺にありふれたような。
そんなラブソングを作りたい。
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ラブソングと言えば天使にラブソングを。
あれは神映画。
作品66 すれ違う瞳
「お待たせしました、こちらご注文の品です。」
そう言われて机の上に真っ白なクリームがたっぷり乗っかったシフォンケーキと、そして彼女の目の前には微かにチョコの匂いが漂うチョコケーキが置かれた。
ありがとうございますと言い、フォークを握る。彼女は瞳を輝かせて、食べていい?と聞く。笑いながらもちろんと返す。
二人でいただきますを一緒に言い、フォークを入れる。彼女がキャーっと小さく声を出した。可愛らしくて思わず笑ってしまう。二人で同時に口へ運び、食べる。
「美味しい!」
そう言って彼女がこちらに目線を渡した。一瞬目があったように感じる。嗚呼食べてしまいたいくらい可愛い。気持ちを隠しながら微笑みかけ、コーヒーを飲んだ。話しかけたくなるのを我慢して、音が鳴らないようそっと写真を撮った。
食べ進めながら、二人で話す。無くしてしまった三毛猫のぬいぐるみ。よく混むようになってしまったお気に入りのカフェ。最近飼い始めた黒いかわいい子猫。そして少しだけ仕事の愚痴。他にも色んなことを百面相しながら喋る彼女の姿は、自分のものだけにしたいくらい可愛かった。
「ごちそうさまでした!」
気づけばケーキが無くなっていて、彼女たちは会計を済ませようとしていた。急いでコーヒーを飲み終える。早くしないと、彼女たちが店から出ていってしまう。店員さんに謝罪をしながらお金を払い、急いで店から飛び出した。
ちょうど彼女は友達と別れて、一人で歩いているところだった。バレないように気をつけながら後をつける。
家につくまでの道のりで一度だけ彼女はふり返り、こちらの方をちらっと見た。一瞬、目があったように感じたが、すぐ逸らされる。前を向くとき、少し顔が強張っていた。その表情すらも愛おしい。
いつか、君の瞳をしっかり見つめたいな。
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作品5 子猫
より、お相手目線。
性別はお任せで。
この後に主人公が盗聴しているシーンを入れて作品5に共通点的なつながりをつくりたかったんですけど、あまり機械詳しくないんで諦めました。
作品65 ふとした瞬間
タイマーを3分にセットしてからスタートボタンを押し、蓋を剥がしてお湯を注ぐ。真っ白な湯気がやかんから出てきて、少しの間メガネに張り付いた。線まで注げたら、カップの上にやかんを少しの間乗せる。しばらくしてやかんの熱で蓋が元のようにくっついたら、コンロの上に戻す。
片手には氷水が入ったガラスのコップとタイマーを。もう片方には割り箸と少し熱いカップラーメンを持って、テレビの前にある小さいちゃぶ台の上に置く。
……我ながら、何一つ無駄のない作業だ。
そう独り言を言いながら、女性みたいな長さになってしまった髪を一つにまとめる。
こんな無駄のない動作だが、普段からカップラーメンを食べてるわけじゃない。何なら数年ぶりに食べるくらいだ。
いつもは近くのパン屋で売れ残ったパンを買ったり、賞味期限間近の惣菜をスーパーで買ったり、時間があれば簡単に作るとかして、ちゃんと食事はしている。ただ今日は、パッケージにでっかく書かれたこの『新発売!!!』という文字に惹かれてつい買ってしまった。ついでに言うと、一番好きなカレー味も一つ買ってしまった。
まあ、たまにはこういう食事もあるということで。別に誰かに怒られているわけじゃないが、一応そう言ってこの食事を正当化しといた。
しばらくするとタイマーが鳴った。メガネを外し、蓋をペリペリと剥がした。食欲をそそる匂いが部屋に広がる。カレーのいい匂いだ。
と思ってから、新作ではなく間違えてカレーの方にお湯を注いでしまったことに気づいた。あーやってしまった。同じ茶色に騙された。まあ、確実に好きな味だし、良しとしよう。いつもみたいに、秒で自己完結した。
割り箸を口に咥えながらテレビをつけ、そのまま箸を割る。綺麗に割れて、少しテンションが上がった。
いただきますと言って、まずスープを飲む。ああこの味。安定にうまい。そして麺を啜る。麺にしてはやけにコシのないこの麺が、俺はそんなに嫌いではない。本場のラーメンに怒られそうだが、美味いから許されるはずだ。
麺を食べ、申し訳程度に入った具を食べ、スープを飲む。そしてまた麺を食べ、水を飲む。テレビでは最近話題と紹介された若手の芸人が派手にスベっていた。
しばらくすると、麺がなくなり、スープだけが残った。
立ち上がり、キッチンへ向かう。たしか米を冷凍していたはずだ。あったあったと喋りながら、レンジで温める。いい感じに温まってから、チーズとスプーンを手に取り、ちゃぶ台へ戻った。
余ったスープの中に熱々の米を入れ、チーズも入れる。明日絶対肌大変なことになるなと思いながら、スプーンでちょっとだけ混ぜる。いい感じに混ざったところで、また食べ始める。悪魔みたいな美味さだ。
すぐに〆は無くなった。ごちそうさまでしたと言ってまた立ち上がり、またキッチンへ向かう。少しぬるくなってしまったやかんの中のお湯を温め直しながら、マグカップに紅茶のティーバッグを入れた。そして冷蔵庫から小さい白い箱を取り出し、フォークと皿を食器棚から取って、それだけ先にちゃぶ台に置いといた。すぐにお湯が沸き、マグカップの中に注ぐ。カレーとはまた違う、いい匂いだ。
出来上がった紅茶を持ちながら、ちゃぶ台へ戻る。そして白い箱からお楽しみのケーキを取り出す。コレのために今月頑張ったと言っても過言ではない。
高まる気持ちを抑えて、紅茶を一口飲む。それではお楽しみの。
いただきます。
そっと口に運び、計算しつくされたその甘さに思わず笑みが溢れる。本当にもう最高だ!
テレビでは、先程の芸人のボケで会場が大盛り上がりしていた。
笑いながらふと、こういう時間がずっと続けばいいなと思った。
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幸せなで笑っている時にふと我に返るあの時間が、幸せにただ浸っているときよりもさらに幸せを感じられる気がするから、あの時間はそれなりに好き。
作品64 どんなに離れていても
数年たった今でも思い出せる。あの人との記憶を。どんなに離れていても、あの人を忘れることは絶対にない。
あの人はクラスだけじゃなく、学校中の人気者だった。常に周りにはたくさんの人がいて、いつも笑っていた。頭も良くて、運動も得意で、顔も良くて、スタイルもいい。悪いところを探そうとしたら逆に良いところしか出てこないような、本当に完璧な人だった。
だからあの人が私に話しかけてくれたとき、世界がバグったのかと思った。私なんかがあの人と関わっていいはずがない。そう思う反面、みんなの憧れと近づけたのが嬉しくて、話しかけられる度上がる口角を隠すのに必死だった。多分、あの人にはバレていただろうけど。
一応言っておくが、恋仲だったわけじゃない。ただ、何をしても完璧なあの人に純粋な憧れを抱いていた。本当に馬鹿で笑える。
逆に、あの人が私をどう思っていたかは知らなかった。今となっては知らなければよかったと思ってる。
あの人に抱いていたこの気持ちが反転していったのは、仲良くなってから半年経った頃だっただろうか。
突然、クラスの人に無視され始めた。私は別に陽キャだったわけじゃない。だけどそれなりにクラスの人と仲が良かった。その全員から、無視され始めた。
無視の次は物を隠された。特にひどかったのは体育の時間で、ありがちなジャージは隠されなかったけど、外に行くときだけ靴を隠された。放課後になると下駄箱に戻っているせいで、先生にはいじめじゃなくただのサボりだと思われ、いつも怒鳴られていた。
だけど私は変わらず学校に通った。クラスの人にいじめられるのは辛かったけど、あの人だけは変わらず私に関わってくれていたから、何とかやっていけた。
あの人だけが私の救いだった。
というのはあの人を慕っていたときのただの願望で、実際は違う。
実際はあの人だけが私を無視し始めた。クラスの人は私を哀れんでいたけど、面倒なことには関わりたくないのだろう。救おうとはしなかった。先生も面倒くさがって、相手にしてくれなかった。一人で食べるお弁当は味がしなかった。
靴を隠したのは、あの人のことを恋愛的な意味で好きな人たちが実行していた。命令したのは他でもないあの人。クスクスと笑う声と先生の怒号が、今も耳にこびりついている。
当然戸惑った。私、あの人に何かしちゃったのかな。謝らなくちゃ。そう思ってあの人に何度も話しかけようとした。そのたびに無視された。
数日経つと、クラスのみんなが私を無視するようになった。彼らはいじめようとかそういうつもりは一際なく、あの人がやっていたから仲良くなりたくて一緒にやったらしい。悪意はなく、非日常なあの状況を楽しんでいただけらしい。学校をやめるとき、とどめを刺すかのように先生が私に伝えてきた。話し終わると先生は、やっとめんどくさい問題が無くなったと小声で言い、笑ってさよならを言った。
事の始まりであるあの人にも、クラスの人達にも、先生にも。あいつら全員に殺意を抱いた。
一度、あの人が私についてどう思ってるか喋っていた会話を聞いたことがある。内容はしっかり聞き取れた。そのはずなのに思い出せない。思い出そうとすると、体が冷たくなって動かなくなり息がしづらくなる。周りの音もぼやけて聞こえなくなる。心音だけうるさくなるから、これは夢じゃなく現実なのだと知る。
そして今でも悪夢を見る。あいつらが笑っている夢。息ができなくなって、目が覚める。何年経っても苦しいのはなくならない。あの場所から離れたとこに逃げても、夢は消えない。
数年たった今でも思い出せる。あいつらとの記憶を。どんなに離れていても、あいつらを忘れることは絶対にない。
報いを受けることを、いつも願っている。
苦しくない夢をいつか見れると信じてる。
作品63 フラワー
初めて野生以外の花を見たのは、あの人の葬式だった。
黒い部屋の隅っこに居るのに不思議と目を引く、棺と同じくらい白い花達。白い花に囲まれた少し肌の黒かったあの人の姿は、ひどく恐ろしく、同時にこれまで見た中で一番美しく思えた。
だからなのだろうか。
知らない男性が泣きながら何かのボタンを押し少し時間が経ったあのとき。あの人だったものが真っ白の塊になり、白い花達が燃えてただの真っ黒の炭になったそれらを見てしまったとき。
匂いのせいか。又は死の中に見えた生々しさのせいか。
それとも、美しかったものが反転してこんなものになってしまったせいか。
白くなったあの人と知らない大人たちの前で、私は吐いてしまった。同時にあの美しさとあの人を亡くしたという悲しみが、私の目から涙となりこぼれ落ちた。
あれ以来、白い花を見るのが怖くなっている。