作品29 手を繋いで
あと一歩のとこまで来た。なんとなく顔を上げてみる。やけに夜景が綺麗だ。さっきまで雨が降ってせいか、いつもよりキラキラして見える。いい景色だ。
ここに来るまで、いろんなことがあった。学校を卒業してすぐ勤めた会社はブラックで、3年付き合った彼氏には浮気され、金を貸してあげた奴はどっかに消えて、そんなところに身内の不幸が重なって。全部思い出したらきりがない。まあ、それくらい大変だったということだ。
そんな苦労も、あと一歩できれいさっぱり無くなる。さあ、足を踏み出せ。
と、思ったら、後ろからドアを勢い良く開ける音が聞こえた。振り返ると、なぜかあの子がいた。
「なんでここに……」
そう言いかけて気づく。
屋上に来る前に送ったあのメッセージのせいか。死ぬ前に感謝でも伝えようと思ったのは失敗だったな。面倒くさいことになった。
「何してんの。危ないよ早く戻って来て!」
今にも吐きそうな顔で彼女が叫ぶ。その目元には、真っ黒なクマがある。そういや、ずっと眠れてないって、この前言ってたな。体調不良か。この会社じゃ、そう珍しくない。
「ほらはやく!」
また叫ぶ。なんて耳障りな声なのだろう。
深くため息をついて答えた。
「……いいんだよこれで」
少しの間、沈黙が流れた。どこからか救急車のサイレンが聞こえる。あの色、好きなんだよな。もしかしたら乗れるかも。
そんなことを考えていると、彼女がようやく喋りだした。
「なんで……?」
……は?“なんで”だって?それは何についてだよ。私が死のうとしてること?その理由?なんで会社の屋上なのか?どれについてだよ。
どうせこいつのことだ。なんで死ぬのーとかだろ。頭の中どれだけ幸せなんだよ。
いや違うか。私みたいな目にあったことなんてないんだな。または鈍いのか。どれにしろ苛つく。
まっすぐ視線を向ける。そして目で語る。死ねる間際まで私を苛つかせるんだなお前は。
ま、いいや。あとちょっとだけ動けば落ちれるんだし。じゃね。ばいばーい。
「しんじゃ、やだ……」
ささやき声と言えるくらい小さな声が、私を無理やり引き止めた。
その言葉。お前もその言葉を言うのか。
ゆっくり振り返って見ると、彼女はしまったという顔をしていた。
さっき感じていた怒りとは比べ物にならないほどの、よくわからない禍々しい気持ちが、腹の底から湧いてくる。
殺意だ。
それを持っていることを気づかれないように慎重に言う。
「取れない責任の言葉を吐くなよ。それがどれだけ苦しめるか知らないくせに。紛い物の救いの言葉をほざいてんじゃねーよ!これ以上お前の気色悪い願いを、あたしに言うな!」
無理だ耐えられない。でも、どうせ死ぬんだ。言ってやれ。彼女がどんなに苦しそうな顔しても、言ってやれ。
「ずっと苦しかった!どんだけ頑張ってもすぐお前と比べられて!そのたびに吐いた希死念慮を否定されて!お前の綺麗事は、あたしの首を絞めてってたんだよ!あたしは殺された!お前のその言葉に殺された!お前が、あたしを殺したんだ!」
言ってやったぞ。わたしを追い詰めたのはお前だと。お前が全部悪いんだと。
自分の感情をここまで出したのは、いつぶりだろう。呼吸が荒くなる。頭に血が上りすぎて、まともな判断ができなくなる。
「わたしがわるいの……?」
ああ、そうだよ。
「一人ぼっちにしてほしくなかっただけなの。」
先にしたのはそっちじゃん。
顔を見ると、彼女は涙を流していた。
よく耳を凝らさないと聞こえないほど小さな声で、彼女は言った。
「一人にしてほしくなかったの。」
ああ、そうか。私はずっと、この言葉が欲しかったのか。手に入れたけど、もう、遅い。
せめてその言葉をくれたあなたを、一人にはしない。
彼女が泣き止むのを待ってから、
「分かったよ。」
そう言って、手を伸ばした。
「ほら。手、握って?」
喜んだ顔して手を強く繋いでくれた。そして小さい力で、腕が引っ張られる。そう急かすなよ。
腕をぐんっと、引っ張ってあげた。その反動で抱きしめ、耳元で囁く。
「一緒に死ねば、問題ないだろ?一人にならないじゃん。」
手離すなよと言う。かすかに戸惑いの声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
星空が足元に広がる。
一生一人じゃなくなることになって、きっと喜んでるだろうな。彼女の方を見て微笑んだ。でも笑い返してくれなかった。
あれ?もしかして、間違えた?
それに気づいても、もう取り返しはつかない。どうしよう。間違えた。え、なんで。何が違ったんだ。どこから間違えた。今知っても手遅れか。もうどうにもできない。ならせめて、笑おう。
無理やり口角を上げる。ねえ、私今笑えてる?
それを聞く前に、体が熱くなった。
⸺⸺⸺
作品26 逆さま より相手の目線。
うまく書けないです。
作品28 ありがとう、ごめんね
感謝の言葉がほしいわけじゃない。謝罪の言葉がほしいわけじゃない。
僕から悲しみを奪ってほしかっただけ。ただ、それだけなんだ。
欲を言えば、僕の目の前で死なないでほしかった。ありがとうなんてそんな、気色悪い言葉を残さないでほしかった。ごめんねなんて呪いの言葉を吐かないでほしかった。ひとりぼっちにしないでほしかった。
一緒にいた時間に感謝を述べるくらいなら。
一緒にいる時間を思い出にしてしまうのを謝るくらいなら。
ねえ、お願いだから置いてかないでよ。
⸺⸺⸺
多分亡くなる系の話書く人いると思うので、置いてかれた人目線でいきます。
いい感じに合う人がいたらいいのだけどね。
作品27 部屋の片隅で
物が割れる音がする。叫び声と泣き声が混ざったよくわからない声も聞こえる。それとは別の怒鳴り声。怒鳴ってる声が大きくなるたび、人を叩くような音がする。
いつもの家族の喧嘩だ。珍しいものじゃない。怖いけど、慣れた。
私はいつもどおり部屋の隅っこに逃げて、クマのぬいぐるみを抱きしめればいい。けどたまに、私もそれに巻き込まれるから、ここにいるのことをバレないように小さくなる。
そして手を強く握り合わせて、目をつぶって何度も願う。早く終わりますようにって。
神様、私はこの時間が大っ嫌いだ。だからもうやめて。早く終わらせて。お願いします。
何度も何度も願うから、手に爪が食い込んで血が出てくるようになった。それでも、それは終わらない。クマさんを強く抱きしめる。やっぱり怖いよ。
今日も隅っこで一人、血を流す。
それが、私だ。
作品26 逆さま
急いで階段を駆け上がる。右手で強く握っているスマホには、彼女から送られた一通のメッセージが表示されていた。
『ありがとね』
たったそれだけのメッセージ。それだけなのになぜか、すごく嫌な予感がした。
屋上の扉を押し開ける。柵の向こうには、足を踏み出そうとしていた、あなたがいた。
人の生死が濃く出てくる場面を今まで全然見てこなかったせいなのか、ただ単に睡眠不足のせいなのか、すごく吐きそうになる。
とりあえず、とめなくとゃ。
「何してんの。危ないよ早く戻って来て!」
彼女は、ぼんやりと目付きでこちらを向いただけだった。
「ほら早く!」
深くため息をつかれた。
「……いいんだよこれで」
私の叫びに返ってきたのは、その言葉だけだった。
何がいいの?死んでもいいってこと?なんでそんなこと言うの?なんで。
「なんで……?」
次はしっかりこちらを向いてくれた。気のせいかもしれないが、その目には怒りが宿っていた。
彼女の足が動く。雨が降っていたせいで、滑りやすくなってる。下手に動いだら死んじゃうかも。いや、それが狙いなのか。でもやだよ。それは、ヤダ。お願い動かないで。お願い。死んでほしくないの。死なないで。
「しんじゃ、やだ……」
死のうとしている人に言っちゃだめなのに、言ってしまった。
恐る恐る彼女の目を見ると、たしかな殺意が宿っていた。口が開く。
「取れない責任の言葉を吐くなよ。それがどれだけ苦しめるか知らないくせに。」
深く息を吸う音が、ここまで聞こえた。
「紛い物の救いの言葉をほざいてんじゃねーよ!これ以上お前の気色悪い願いを、あたしに言うな!」
ヒュッと、私の喉から変な音が鳴る。
「ずっと苦しかった!どんだけ頑張ってもすぐお前と比べられて!そのたびにこぼれた希死念慮を否定されて!お前の綺麗事は、あたしの首を絞めてったんだよ!あたしは殺された!お前のその言葉に殺された!お前が、あたしを殺した!」
お前のせいだと叫んだ言葉が、頭の奥で響く。
頭が痛い。私が悪いの?ただ死んでほしくなかっただけなのに。私が悪いの?友達がいなくなってほしくなかっただけなのに。私が悪いの?本当に、それだけで言った言葉なのに。
「わたしがわるいの……?」
ただ、一人にしてほしくなかっただけなのに。私が悪いの?
「一人ぼっちにしてほしくなかっただけなの。」
涙が出てきてしまった。かのじょも、肩を激しく上下させながら泣いていた。
しばらくしてから、彼女は言った
「……分かったよ。」
そして、手を伸ばしてきた。
「ほら。手、握って?」
私の思いが、伝わったんだ!
それが嬉しくて、その手を握る。彼女が落ちてしまわぬように、強く握る。ねえほら、戻ってきてよ。
突然、腕が痛くなった。まるで、強い力でひっぱられたかのように。
「一緒に死ねば、問題ないだろ?一人にならないじゃん。」
手離すなよと言う。えっといった言葉は、届かなかったようだ。
視界が反対になり、真っ逆さまに落ちていく。
最期に見たのは、あなたの顔だった。あなたは笑っていた。けれど、目は笑っていなかった。
私の記憶は、逆さまで終わっている。
作品25 眠れないほど
「じゃあ、また明日ねー。おやすみ。」
日付が変わる少し前、私は友達との通話を切った。ちょうど三時間の通話。今までよりかは短めだ。長く話し過ぎたらこの前みたいに親に怒られちゃう。
私達は、学校で一番と言い切れるほど仲がいい。小さい頃から保育園が一緒で、クラスも一回だけ別々になったくらいで、あとはずっと同じクラス。
さすがに今やってる部活は違うけど、好きな教科も嫌いな教科も、得意な物も苦手な物も、好きな食べ物も嫌いな食べ物も、全部一緒だ。それくらい仲がいい。
だから、二日に一度のペースで毎晩通話してる。いつも終わったあとに幸せを噛み締めようと内容を思い出そうとするが、どんな話をしたかなんて忘れちゃう。
でも、くだらない話をして笑い合えるのが、ものすごく楽しくて嬉しい。
次はどんな話をしようかな、明日は何して遊ぼう、今度またお泊りしたいな。
通話が終わったあとは、次のことばかり考える。楽しくて眠れないくらい、友達のことばかり考える。そして必ず最後に、こう思う。
この関係が大人になっても一生続けばいいな。
今日もしっかり神様に願っておいた。