作品24 夢と現実
机の上に、写真を叩きつける。
「もう許せない。あれで最後って言ったのに、また浮気したな?」
写真に写ってるのは俺の恋人の浮気現場を捉えた写真だ。しかも、写真の枚数分相手が違う。
ぎろりと睨みつける。
「それってさ、別れ話?」
あ、爪欠けてる最悪ーなんて言いながら、こいつは言った。
「そうに決まってるだろ!あのなお前⸺」
怒鳴ろうとしたところで、こいつが頼んだパフェと俺が頼んだコーヒーが運ばれてきた。スタッフが少し迷惑そうな顔でこっちを見る。しまった、静かにしなくては。すみません、と小声で謝る。わーいパフェだーなんて呑気な声が聞こえてきた。
こいつの希望でこのカフェに入ったが、別れ話を持ち込むにはふさわしくない場所だったな。それが狙いなのかどうかは興味ないが。
なるべく声を荒らげないように、なるべく迷惑をかけないように、なるべく円満に、別れよう。
少し声をひそめて喋る。
「俺は前回のときに言ったよな?許すのは今回までだって。」
「言ってたけどさー。だってー。ん!これ美味しー!はいあーん。」
ふざけてるのか?
「いらない。」
「遠慮しないでさー。ほら、パフェ好きでしょ?」
「甘いのは嫌いだ。好きなのはお前の浮気相手だろ。」
「あれ、そうだっけ?うっかりうっかり。」
コーヒーをズズッと音を鳴らして飲む。なんでこんな奴と付き合ってるんだ俺は。
「で、なんだっけ?別れたいんだっけ?」
半分ほど飲み終えたときに、そう聞かれた。
「そうだと最初から言ってる。」
「なんで?」
「お前が浮気ばっかりするからだ。」
「……そっか。」
スプーンがことりと置かれる音がした。食べ終わったようだ。それにあわせてコーヒーを飲み終える。
「分かったよ。じゃ、別れよっか。」
やけにあっさりだな。変にこじれるよりかはいいか。それじゃそういうことでこの話は終わりだな。
伝票を取ろうとしたら、先に取られた。
「何をやってる。さっさとそれを渡せ。」
「いいって。今日ぐらい払うよ。誘ったのこっちだし。」
それもそうかと思い、こいつに払ってもらった。前回もこんな感じだったな。
カランカランとドアが鳴る。
「それじゃ、またね。」
あいつが背を向けた。それに向かって喋る。
「やっと別れられて、せいせいした。」
互いに逆方向の道を歩き出した。
えーと、これで何回目だっけ?確か……六回目?多いなちょっと。
帰り道を歩きながら、独り言を呟く。
つい口元が緩んでしまう。ああ、やっぱり彼は可愛いな。そしてそんな可愛い彼のことを一番に知ってるのは、この世に自分しかいない。
飲み物を飲むときについ音を鳴らしちゃうのも、甘いのが嫌いと言いながら家ではコーヒーに砂糖をたくさん入れてるのも、どんな相手でも食べるスピードを合わせてくれるのも、正当な理由で相手を責めるのが好きなのも、正義感に酔うのが好きなのも。
ひとつひとつがすっごい可愛い。だけどそんな可愛いのは、ぜーんぶ長年付き合ってきた自分しか知らない。
そんな彼が大好きだ。
だから、自分はあえて浮気してる。
彼が大好きな正義感とやらに酔わせてあげるためだ。
彼が気持ちよくなれるならなんだってする。どうでもいいやつとでも寝てやる。だって、それでしか愛情を感じられないんだもん。
浮気を通してでしか愛情を確認できない奴と、正義になれる理由がほしい奴。甘ったるい夢にだけ溺れてたい者同士、現実を見たくない者同士。めちゃくちゃお似合いじゃん。
結局のところ互いに依存しあってるんだよな自分たちは。だから今回も、絶対別れない。
後ろから走る足音が聞こえてくる。かと思えば、突然後ろから抱きしめられる。
「ごめん。やっぱりやだ。別れたくない。」
ほら当たった。やっぱり、彼はこういうのが好きなんだよ。そして。
良かった。まだ、愛されてる。まだ愛されてる夢だ。嫌われてないよかった。
この幸せな夢よ、どうかまだ覚めないで。
やっぱり別れることなんてできない。別れるべきなのに。どうして俺は学ばないんだ。いい加減現実を見ろよ。こんなやつとは別れたほうがいいに決まってる。
「しょうがないなー。いいよ。」
こいつの声が、胸の方から聞こえる。顔を覗き込むと、すごい笑顔だった。いつも、この度いつもこの顔だ。
そんな嬉しそうな顔で笑わないでくれ。その笑顔は浮気したあとじゃなくて、普段から見せてくれよ。
いや違う、別れなくちゃいけないんだ。だけど、離れられない。ああくそ。
この悪夢よ、頼むから早く覚めてくれ。
⸺⸺⸺
昨日夢のお話書いたのに……なんで……。
むしゃくしゃしたからいつも以上に雑です悪しからず。
作品23 さよならは言わないで
大人になってからよく見るようになった夢がある。あなたに会う夢だ。
小さい頃、僕は事件というか、事故というか、変なのに巻き込まれた。あまりあのときのことを思い出さないようにしてたから、細かいことは覚えてない。
ただ、死ぬかけるほど危険なことだったことはたしかだ。実際、父はそれで死んだ。僕を庇ってくれたせいで。何度も何度も謝った。ごめんなさい、僕じゃなくてごめんなさい、死なせてごめんなさいって。
「父さん、本当にごめんなさい。死なせてしまって。僕が今もこうやってのうのうと生きていてしまって。死ぬのが僕じゃなくて、ごめんなさい。」
何度言ったかわからないほど繰り返し言ったその言葉を、あなたに向かって、また繰り返す。
父は静かに首を横に振った。
「生きていてくれて、本当に良かった。」
ただそれだけ言った。それ以上は、少し悲しそうな顔をするだけで喋らなかった。
けれどその言葉で、僕は許されたように感じた。今まで生きてしまった罪が、その言葉でなくなった。
「父さん、僕はずっと……」
言葉を紡ごうとしても、涙がそれを止める。ずっと謝罪無しで喋りたかった。死ぬ前にできなかった会話を、偽物の世界でいいから喋りたかった。別れが来る前に。
「死ぬ前に、別れの挨拶ができなかったのが、ずっと悔しかったんだ。」
絞り出した言葉が、文になる。もう少しで夢から覚めてしまう。その前に、早く言わなくちゃ。
「サヨナラを言ってしまったら父さんが亡くなったのを認めなくちゃいけなくなりそうで、言うのが怖くて言えなかった。」
父が、泣いている。その涙は、僕が泣いているのと同じ理由であるようにと、わずかに祈りをこめる。
そうだよな、やっぱ別れたくないよな。やっと会えて、許されて、こうやって話せたのに。
「だけど今日でその気持ちは最後にしなくちゃいけない。父さん、さようなら。どうかずっと、天国で見守っていてください。」
今日はあなたの命日で、あなたと僕が別れを告げた日。そして、言えなかったさよならをやっと言えた、大切な日。
⸺⸺⸺
作品14 セーター よりその後の話し。
眠くてちゃんと書けない。
作品22 光と闇の狭間で
小さい頃、よく屋根裏部屋で遊んでいた。
近所に住んでいる幼馴染が遊びに来たら、2階にある屋根裏部屋で隠れて、電気を真っ暗な状態にしたままでかくれんぼをしていた。視界がゼロだから、隠れている人の息の音や、音の反響の変化を聞いたりとか、聴力でどうにか探し当てるという、なかなかに酷でちょっと独特なゲームだ。
その記憶のせいか、自分にとって光と闇の狭間は、音だと思っている。
周りが思っているものとは違うらしいけど、大事な思い出からくるこの考え方が、じつは結構気にいっている。
その耳が、最近聞こえづらくなってきた。
病気とかではないけど、原因がわからないから、どうしようもできない。
真っ暗な部屋で寝て、日差しの眩しさで起きて。光か闇かしかない世界は、僕には辛い。
とりあえず、しばらくはかくれんぼの世界を楽しもうと思う。辛いと感じるのはその後だ。あの子との思い出を反芻しよう。
⸺⸺⸺
ムズすぎる。抽象のお題からしかかけない
作品21 距離
少しだけ。ほんとに少しだけ、この世界は私には生きづらかった。
好きなものを好きだと言うと子供みたいと言われ、嫌いなものを嫌いと言うと変だと笑われ。そういう、どこにでもありふれている些細なことが、ちょっと苦しかった。
だから、好きなものはみんなに隠して距離を置いて、嫌いなものは理解あるフリして必死にまともに振る舞った。みんな、そういうのを当たり前にやっているから、ちゃんとみんなに合わせてその通りにした。結構頑張った。
たぶん、それが駄目だったんだろうな。
いつもより帰るのが遅くなったある日。家に帰って一人になると、体から力が抜けて、気づくと涙で顔が濡れていた。袖で目元を拭くが、全然止まらなかった。
その日から毎日、一人になると泣いてしまうようになった。
私には宝物がある。宝石みたいな髪飾りがついてる、陶器でできた小さな人形だ。とっても大事で大好きな物だ。けれどこの好きは、周りの人には理解されなかった。
私には怖いなものがある。恋をすることだ。私の恋は、正常な人からするとおかしいらしい。理解されることなんて、おそらく一生ない。間違えて気持ちを伝えてしまったりなんてしたら、相手を傷付けることになる。その理由は言えない。だから深く語らず恋が嫌いと言っていた。そしたら、おかしい人ってレッテルを貼られた。
そういう、ほんとに些細なことが、ちょっとだけ耐えきれなかった。
今日も泣いた。
嫌なことはなかった。強いて言うなら、恋をしてしまった。昔も恋してあんなに傷ついたのに、懲りないな。あははって、一人で乾いた笑い声を鳴らす。
いいことは、あるわけない。泣いてしまったあの日からずっと、起きてない。
また、さっき止まったはずの涙がまた出てきた。涙を止めようと上を見る。窓の外から夜空が見えた。
星が宝石みたいにキラキラして綺麗だった。そのまま、なんとなく星に手を伸ばすけど、遠すぎてとどくはずがない。
とどいたらな。星との距離が近かったら、どんな願いも叶いそうなのに。
毎晩寝る前に、まともになれますようにって、願ってる。叶ったことなんて、一瞬もないけど。
なんかもう、願うのも、まともになろうもするのも、好きを隠すのも、嫌いを抱き続けるのも、私を隠すのも、全部疲れたな。
なんか、もう、いっか。
窓をガラガラと開ける。外の空気は思った以上に冷たかった。
ベランダの柵に足を置く。高さ的にどうなるかはわからないけど、どうなってもいいや。
身を乗り出す。あ、待って。最期に見るなら星がいい。空に向かって飛ぼう。
飛び越える。部屋の中が少し見えた。なぜだか、部屋に飾っている宝物が泣いてるように見えた。
体がふわりと軽くなる。星が、今まで見た以上に輝いて見えた。流れ星が、みえた。
地面が近づく。なんでだろう。今までで一番、息がしやすいかもしれない。
嗚呼、私は今とてつもなく幸せだ。
体中が熱く、痛くなった。
⸺⸺⸺
作品10 宝物
作品11 どうすればいいの?
の人が出てきます。
作品20 泣かないで
今夜もいつもみたいに過ごしていた。
いつもみたいに、なんとなくネットに触れて、なんとなく見知らぬ誰かに愛を呟いて、なんとなく気分を動かして、なんとなく口角上げて、なんとなく息をして。
なんとなく生きていた。
それは、いつもと同じ。
だけど今日は、変なのが一つ混じった。なんとなくこのままじゃ駄目だと思うよって。
この“なんとなく”まみれの生活、なんだか悲しくないか?辛くないか?苦しくないか?この生活は明日もきっと同じなんだろ、変わることなどないんだろ?来週も、来月も、来年も。永遠に“なんとなく”。それってなんか、可哀想だな。
そう聞かれたから考えてみる。悲しいどころじゃない。言葉では表しきれないほど苦しいし寂しい。冷たい。それはそんなのだ。と返す。
あーあ。考えちゃった。気づいちゃったね
漠然とした何かが私を襲ってきた。
呼吸が苦しくなってきて、心臓が激しく動き出す。目と口から何かが零れそうになる。汚い。我慢しなくちゃ。
ぎゅうって体を小さくすると、涙が溢れでた。声にならない叫び声も出てきた。
何もかも全く止まらない。嗚咽が出ちゃう。嫌だ。誰かに見られたら変な奴だと思われる。笑われる。心配される。目立ってしまう。みられる。
でもホントは、誰かに見られて、気に留めてもらいたいんでしょ?って、誰かが耳元で言う。誰なんだよお前。
ぐるぐる考えが頭を巡る。そしたらその分、心が締め付けられる。助けて誰か。
こういうときに、慰めと心配の言葉をかけてくれる人が、いればいいのに。泣かないでって言ってくれる人が、いればいいのに。泣くのも認めてくれる人が、いたらいいのに。何も気にしなくていいくらいに強く抱きしめてくれる人が、いたらいいのに。私が一人じゃなければ、いいのに。
私は、これ以上泣きたくない。だれかこの気持ちをとめて。
今夜は一人、部屋の真ん中でうずくまる。
わたしはこどくだ。