作品7 冬になったら
放課後の空き教室。部室を与えられていない私達は、この使われていない教室を、特別に使わせてもらっている。
キーボードがうまく弾けない。うめきながら机に突っ伏していると、ギターがやってきた。
「だいじょぶかー?生きてる?」
「生きてる……。この曲ムズすぎない?」
「あーね。キーボがめっちゃ前に出てくるから、その分大変そう」
「だよね……。私にゃ荷が重すぎるよ」
ガンバレーと言いながら、ギター男は、隣に座ってギターを弾き始める。なんか音がずれてる気がするけど、かっこいい。楽器やってる姿って、なんでこんなにかっこよく見えるんだろう。
気合を入れ直し、ギターにあわせて何度もキーボードを弾いてみるが、上手く行かない。
しばらくすると、先輩がやってきた。
「おーす。頑張ってんね」
「せんぱーい助けてださーい弾けませーん」
「それをベースに言われても……」
うう。それもそうか。
「ほら、たまには休憩も必要だよ。」
そう言いながら先輩が、温かい飲み物を渡してきてくれた。
「かみさま?」
ありがたく私達は頂戴した。
「あざーす!」
ギターが飲み物の蓋を開け、グビグビっと飲み干す。
「飲むのはや」
そういった先輩は、ふははと笑っていた。
三人でくっちゃべていると、先輩が思い出したように、私達に聞いてきた。
「そういえば二人は、何で軽音入ったの?」
特に理由はない。けど、それで返すのは少し失礼だと思い、理由を考えていると、ギターが先に喋りだした。
「俺はっすね、好きなアニメがあるんすけど、それに出てくる主人公が、ギターやってるんすよ」
「ほうほう?」
「それ見て俺ギターに興味持って、受験生でありながらもギター買って、練習し始めたんすよ。そしたら、誰かと合わして弾いてみたい!って思い始めて」
「うんうん」
「それで高校では絶対軽音にするって決めて、今こうしてやってます!」
「なるほど、いいね。」
先輩が嬉しそうに話を聞いたあと、こちらを向いた。
「君は?」
「もう少し時間をください……」
そんな悩むことか?とギター男が喋る。それを無視して考えるが、なかなか出てこない。
「俺、先輩の話も聞いてみたいっす!」
ナイスフォローだギター男。
「私も気になります。先話してくれませんか?」
「え、僕が?」
そうだなーと、先輩は少し考えたあと、長くなるよと前置きしてから、話し始めた。
僕ね、あんまり音楽が好きじゃなかったんだ。家族がみんな音楽好きで、それなりに実力もあって、音楽に関しては結構恵まれた環境だったにも関わらず。
いや、だからこそなのかもしれない。身近だからこそ、そんなに魅力を感じなかったんだ。
そんなある日、中学卒業してからちょっと経った日。家族が音楽番組を点けてて、なんとなく観てたら、とある曲に出会ったんだ。その曲は別れの歌だったんだけど、ちょうどその時卒業に伴って、親友と離れ離れになっててさ。メンタル的に弱ってて。だから、その歌詞がすごい心に沁みて。その曲にも人たちにも、僕は虜になったんだ。
行動力は人一倍あるから、その人たちについて調べると、作詞したのはベースの人だった。
「まあ、あとは単純だよね。この人と共通点が欲しい!なんていう理由で、ベースを始めようと思って。その結果こうやって軽音してる」
長ったらしくてごめんねと、先輩が申し訳なさと喋りすぎたことを恥じるように、そう謝った。
「さあ、次は君の番だ」
聞きながら、何を話すか考えていたから、準備はできている。
「私はですね、そんな深い理由はないんですけど、強いて言うなら、冬ですかね」
「冬?」
ギター男が不思議そうに聞いてくる。先輩もどういうことだ?と考えている。
「冬って言ったら、楽器にはちょっときつい時期だけど……。それと関係ある?」
「あるっちゃありますね。私、実は高校入学するまで、九州とかあっちらへんに暮らしていて」
「へー初耳」
「冬はちゃんとあるんですけど、そんなしっかりしてないっていうか。だからこっち来て、そういうのも大事に見たいなって」
なるほどーとギターが頷く。
「けど、どうしてそれが軽音につながるの?」
「それが、さっき言った楽器です。冬になったら楽器は手入れが特に大事になる。その時を合図にして、外を見ようっていう心算です」
「……独特な理由だね。でも、それなら吹奏楽部とか、ギターとか、キーボードみたいにあまり必要のないやつじゃなくても、他に道、あったんじゃない?」
「それはですね、」
少し間を開けてから、言う。
「単に手入れするのがめんどいからです」
ギターがはあ?と声を上げた。
「君のことが、よくわからなくなったよ」
先輩が、すごい困惑した表情になっていた。
「なんか、すみません」
ちょうど飲み物がなくなったところで、先輩が立ち上がる。
「ま、いいや。聞かせてくれてありがとう。それじゃ、練習頑張ってね」
先輩が教室を出たあと、私は練習を再開した。四回くらい弾いたあとでガッツポーズをする。やった!うまく弾けた!
ギター男の方を見てみると、チューニングをしようとしていた。うるさいから静かにしろと怒られる。チューニングが終わると、きれいな音に変わっていた。通りでずれてる気がしたわけだ。
他の楽器も、今まで以上によくやっている。外を見ると、イチョウが風に吹かれていた。
『冬になったら』まで、あとほんの少し。
⸺⸺⸺
作品6 はなればなれの、ベースやり始めた方の、1年後くらいのがでてきます。つまりは、作品3 また会いましょうのやつと、ちょうど同じ時間くらい。
それはさておき、テスト勉強がやばいです。
作品6 はなればなれ
「離れ離れになってもいつか必ず会いに行く」
親友が泣きながら、そう言っていた。
そんな懐かしい夢を見た。といっても、中学校卒業式の日だから、言うて半年くらい前。
親友とは気が合って、いつも一緒だったから、当然高校も同じだと勝手に思っていた。結果からいうと、違うどころか、お互い地元から遠く離れた高校に行くことになった。泣きながら、いつか会う約束をしたのを覚えてる。
ムクリと起き上がり、時刻を確認する。八時少し前。今日はこれから、ちょうど夢で見た親友と、会う予定だ。
顔を洗い、歯を磨いてから、朝食のパンをモソモソと食べる。高校から一人ぐらしはちょっときついな。特に、土日ご飯でないのが。
メールアプリを開き、親友にメールする。
『今起きた。ご飯食べてる』
すぐ、既読がついた。
『遅うございます。遅刻するなよ?』
『多分だいじょぶ。十一時に〇〇駅集合だろ?』
『“((・-・*)コクリ』
『んじゃ、間に合うわ』
『遅れても適当にそこら辺で時間潰すから安心しなされ』
『うわぁいっけめーん』
『いいからさっさと飯を食う』
あいよと返して、3枚目のパンを食べ終わる。テレビをつけると、ちょうど9時になっていた。
服は昨日の夜選んだし、持ち物は服同様、昨晩に完璧に準備したから、あとは身支度だけか。楽しみすぎる。
なんかデートみたいだなと、少しニヤつく。
あーあ。早く会いたいなー。
どうせあいつのことだからパンでも食ってんだろうな。ちゃんと栄養摂ってんのか?と送りかけて、おかんかよと思いやめる。
あいつと最後に会ったのはいつだっけ?確か卒業式だから、半年ちょっと前か。久々だな。
そんなことを考えながら、ゆっくり服を選んでいると、もう十時になっていた。今から駅まで歩いて行けば、電車降りて〇〇駅つくときにはちょうどだろう。
母に行ってきまーすと声をかけ、中学の頃から気に入ってる靴を履き、玄関の扉を開けた。
「おーす、久しぶり!」
突然後ろから声をかけられ、バッと振り返る。立っていたのは、懐かしの親友だった。
「何だ、お前かよ。久しぶり」
「ちゃんと時間通り来れたな。偉い偉い」
髪をワシャワシャとされる。犬じゃねーよと返すと、親友は中学の頃から変わらない笑い声で、ふははと、わらった。
「とりあえず腹減ったし、飯行こ」
「賛成。今朝パンしか食べてないんだよなー」
「やっぱり?」
「やっぱりってなんだよ」
おかんかよ。
歩きながら互いの学校について話し合う。
「担任がまじ当たりでさ、しょっちゅう席替えしてくれるんだよね」
「いいなうらやまし。こっちはテスト終わってからじゃないとしてくれないよ」
「かわいそうに」
「思ってないだろ」
「てか、部活なにやってんの?」
「フッフッフッ、当ててみよ」
こいつのクイズで当たったことないんだよな。
それなりに熟考してから答えてみる。
「……帰宅部?」
「ざんねーんちがいますー」
「は、うっざ。なんだよ答えいってみろよ」
「アニメ研究同好会( -`ω-)✧ドヤッ」
「会話でもドヤった絵文字使ってんのが分かるわ。」
「そういう君は?」
「軽音。ベースやってる。指めっちゃ痛い」
ほれ見てみと左手を出すと、うわーいたそーと、あいつはうめいた。
昼食はハンバーガーにしてもらった。流石に朝食パンだけはきついなと思いながら、ハンバーガーにかじりつく。ちらりと、自分の知ってる手ではなくなった親友を見る。
自分が知ってる親友は、音楽そんな好きじゃなかったんだけどな。
昼食はあいつの要望でハンバーガーにした。中学の頃のように、大きな口で食べるそいつを見ながら、こういうところも変わんねーなと思いつつ、別のことを考える。
自分が知ってるこいつは、アニメそんなに好きじゃなかったんだけどな。
もう、あの頃みたいには、戻れないんだな。
ご馳走様でしたと手を合わせ、店を出る。
その後は、中学の頃みたいに、ゲーセンに行ったり、本屋に行ったり、駄菓子屋で買ったお菓子を公園で食べたり、ふざけ合ったり、過去の出来事を、自分たちなりに沢山なぞった。
そしてまた、別れの時間が来る。
バイバイと言い合い、また会おうねと約束する。沈黙が続くとき、自分は、知らないかつての友人を、もう見たくない。そう思った。
電車が来る。
彼が乗った瞬間、自分自身に宣言するように、大きな声で叫ぶ。彼もこちらを振り向いていた。
「「絶対、次も会おうね!知らないのはもう嫌だ!」」
まさかの二人、同時に全く同じことを言い合ったのに気づいて、思わず吹き出す。
離れ離れになってても、やっぱり似てるな。だからこそ、親友なんだ。
ドアが閉まる直前、約束と、呟いた。
ドアが閉まった後、かすかに微笑んで、大きく頷いた。
離れ離れなんて関係ない。
⸺⸺⸺
作品3 また会いましょうの「俺」がでてきます。
いわゆる過去編ってやつです。
作品5 子猫
小さい頃、猫を飼いたかった。誕生日やクリスマス、ほしいものを聞かれるたびに、何度も何度も、親にねだった。結局、しつこくしすぎて父に怒られ、飼うことはできなかった。
母は、猫を飼うことに賛成していたから、私と同じくらい傷ついていて、ある年の誕生日に、鈴がついた猫のぬいぐるみをくれた。
ぬいぐるみなんかじゃなくて、ちゃんと生きてる猫が良かった。でもそんなこと、あの空気の中では言えず、不貞腐れた感謝の言葉しか出てこなかった。それ以来、あまり猫の話題には触れていない。
それが、大体15年くらい前の出来事。
そしてそのぬいぐるみが、つい先程消えた。
いつも枕の横に、飾っていたはずだ。動かしてなんかしていない。朝、仕事に行く前は、確かに置いてあった。
一体どこに行った?
一人暮らしだから誰かが触ったはずはない。親には具体的な住所を教えてないから、この家に来れないはず。空き巣か?いや、それなら金目のものが、盗まれてるはずだ。
だめだお手上げだ。別に、特段大切にしていたわけではないし、あんなボロボロなもの、あってもなくても変わらない。
自分でも驚くほど、私は、すっかりこのことを忘れていた。
なぜこんなところにこんなのがあるんだ?
仕事が長引き、帰るのがいつもより遅くになってしまった今日。麦酒でも飲みたいなー、なんて独り言をつぶやいていたら、部屋の前見覚えのない段ボール箱がおいてあった。箱にはやけに達筆な文字で、拾ってくださいと書いてある。
これは、よく小説とかで見かけるあれじゃないか。そして、ふと、ぬいぐるみのことを思い出す。
この流れで行くと、箱の中身は子猫で、そしてあの日無くしたぬいぐるみにそっくり!なパターンじゃないか。
非日常的な出来事に、少し頭がおかしくなって、思考がぼやぼやしていた。ちょうどここはペット可だから、せっかくだし飼ってやろう。
ゆるくそんなことを思いながらダンボールを開けてみると、やはり子猫がいた。なんて真っ黒で可愛いのだろう。あの三毛猫のぬいぐるみとは、全く似ても似つかない。はぁーと控えめにため息をつく。少し残念だ。
あれから半年程たった。子猫は少し大きくなり、今は隣で元気にご飯を食べている。人懐っこくて、最近は癒やしになってきた。やはり猫はいいな。父も飼ってみたらいいのに。
猫を撫でながら別のことを考える。
あーあ。やっぱり、あのぬいぐるみは見つからないなー。この子と並べたら、絶対可愛いのに。この際だし買ってしまうか。
いい感じのがあるかなと、スマホをいじりだすと、ちょうど子猫が餌を食べ終えた。そのまま布団に向かう。よく食べてよく寝るなやっぱり可愛い。
すかさず写真を撮り、初めて撮ったときのと比べては、可愛いーとうめく。
何分経ったのだろう。子猫がどこかへ消えた。けれど声はする。布団にもぐっているのかな思い、布団をよかしてみるがいない。
するとベッドの下から出てきた。ホコリまみれで可哀想に。急いでブラシできれいにしてやる。
「ごめんねー。ここ掃除するの、うっかり忘れちゃうんだ。あれ、最後にやったのいつだっけ?」
むむぅと考え思い出す。この子が来るずっと前、つまり半年以上前じゃないか。
それはやばいと掃除をすると、何か大きなものが引っかかった感じがした。床に顔を近づけ見て、あっ!と叫ぶ。
少しホコリをかぶった、あのぬいぐるみがあった。ついでに、見たことのない物体が、ベッドで隠れて見えないコンセントに繋がっているのも。
⸺⸺⸺
猫派もどきの犬派と見せかけてどっちも好きなタイプです。
わざわざ主人公の部屋の前に捨ててあったのと、誰も触ってないのに、ぬいぐるみがベッドの下にあったこと。ちゃんと意図的に書いてます。
彼女は早いうちに引っ越したほうがいいですね。
彼女が猫好きだと知ってるのは親くらいのはずなのに。
作品4 秋風
あなたへ
そちらはどんな感じですか?
あなたがいなくなったと聞いて、わたしは
今日までずっと泣いていました。これを書
いている今も、涙が止まりません。
わたしとずっと一緒にいてくれると、灰色
な世界を鮮やかにすると、
そう約束したのは嘘だったのですか?
ずっと、あなたを待っていました。
一応伝えますが、恨んでなんかいません。
このことはあなたにとって不可抗力ですしね。
思い出せますか?私達が初めて出会った日。
わたしは鮮明に思い出せます。
夏の暑さからやっと抜けだせたと思ったら、
急に寒くなって。やけに風も強くて。その分
紅葉が綺麗で。
あなたはそこに一人、風景の中に溶けていま
した。わたしが今まで見たこともないほど、
透明な儚さを身に纏ったあなたはとても、綺
麗でした。
最後に交わした話の内容は、もちろん覚えて
いますよね?
ちょうど出会った日と同じような日。
あなたと舞い落ちる紅葉を見ながら、
イチョウを見てみたい
なんて言い合いました。
いつか、一緒に見に行こう。そして、もっと
色んな景色を目に焼き付けていこう。
そう約束しましたよね。とても嬉しくて、帰
ってから一人、そのことをずっと思い出して
ました。
果たしたかったです。あの約束を。
いつか、こころが落ち着いたら、あなたがい
なくなったときのような日に、必ず会いに行
きます。
イチョウの葉も持ってきますね。
果たせなかった約束も、私なりに消化してい
きます。
だから
お願いです。
わたしが死ぬまで、ずっとそちらで待ってい
てください。
今は亡き彼の葬式。棺の中に入れる手紙は、彼に直接送れる、最後の言葉。
そう思うとつい、書きすぎてしまった。
どうして彼は、病気のことを教えてくれなかったんだろう。どうして彼は、果たせないと分かっている約束を、交わしたのだろう。
返ってくることのない問いを、いつまでも棺へとぶつける。
帰ろうとしたら彼の親に手紙を渡された。彼が書いたらしい。律儀なことに、関わった人全員分あるそうだ。そこに、亡き彼の優しさを感じる。
彼がわたしに遺した手紙を、なるべく傷つけないように、優しくそっと開く。
たった一つしかない文章が、赤や橙で書いている。黒じゃないのが、彼らしい。
なんとなく、私の名前と彼の名前の色を確認してみた。
黄色だった。
その意図に気づくと、涙があふれだした。
『いつまでも、君を想うよ。』
そう書かれた真っ白な紙は、色なき風のように思えた。
⸺⸺⸺
ちと解説
色なき風とは、秋風の別の言い方です。
色のない風は、紅葉や枯れ葉などの色を少しの間身につけるそうです。もちろん、イチョウの黄色も。そして、色なき風は秋の寂しさや憂いなどの意味があるそうです。
ついでにいうと、イチョウの花言葉には「鎮魂」という意味があります。
彼とわたしの関係は、自由に考えください。
あなたの思うものが、正解です。
作品3 また会いましょう
チャイムがなる。
んんーっと大きく伸びをして気合を入れ、重いカバンをよいしょと背負う。いつもみたいに急いで教室を出て、せんせーがいる教室へと向かう。
せんせーがちょうど教室に入るのが見えた。
「せんせー!さよーなら!」
「はい、また明日。じゃないですね、きみですか。こんにちは。時間も読めないんですか?」
「ノリ悪いなー。いいじゃん別に。放課後じゃん」
「でもこれから部活でしょう?」
「それはそうだけどさー」
せんせーがガチャガチャっと教室の鍵を開けた。この教室は誰にも使われていない。故に、我らがアニメ研究同好会が勝手に使っている。俺はその部員でせんせーはその顧問だ。
このめんどくさがり屋のせんせーが、なぜ顧問をしているのか、疑問に思い聞いたことがある。
なぜ、僕みたいな人が顧問をしているかって?なかなかに失礼な言い方ですね。そうですね、強いて言うなら、学校という職場でも娯楽に触れられるのが嬉しいから、ですかね。
当然、軽く引いた。全く、こんな大人にはなりたくない。
アニメ、と言っても、俺もせんせーもアニメはあまり観ない。そのかわり、映画をたくさん見る。
映画なら、アニメ映画はもちろんのこと、恋愛やミステリなど、ジャンル問わず様々なものを観る。ただ、俺もせんせーもホラーだけは観ない。俺は別に怖いわけではないけど、せんせーがホントニムリナンデスゴメンナサイアッコレミマショウアオイタヌキミタイナネコノオハナシトテモオモシロイデスヨ。ネ?ネ?なんていうから、観てないだけだ。別に、怖くなんかこれっぽっちもない。ほんとに。
「では、今日はこちらの作品を観ましょうか。天才ハッカーが主人公の映画です。ほら、君が前から観てみたいといっていた。」
と言った先生の声で、意識が思考の海から戻ってくるのに気づく。かっこよく言ってみたが、ただボーってしてただけだ。
「え、せんせいこれって」
「ええ、この前あなたが観たいと言ってたやつですよ。さっきも言ったのに聞いてなかったのですか?」
「ごめんごめん。」
急いでカバンの中から、DVDを入れるためのパソコンを取り出す。完全に俺の生活が反映されていて、好きな映画のシールや兄弟にされた落書きなどがこれでもかってほど敷き詰められていて、何ていうか、控えめに言って、
「やっぱ汚えなこのパソコン。どうしたらきれいになるんだろ。」
思っていたことが口からこぼれる。
「でも、味があっていいですよね。僕は好きですよ、こう言うの。」
思わず先生の方を見る。
「え、急なイケメン発言。惚れてまうやろがい。」
「はいはい、そうですね。ほら、早く観ましょう。」
横からせんせーの手が伸びてきて、マウスをカチカチッと押す。映画が始まった。
フーッと感嘆がもれる。
「控えめに言ってさいこーだった!特に角砂糖を使ったあのシーン!あれめっちゃ好きだった!」
「ハッカーたちがネット上で集まるのを、電車の中というもので表現するなんて、なんて素晴らしいアイデアなのでしょう!完全に僕のために作られた映画ですね!」
「これで2時間もないんだよ!最高じゃん!」
「そしてこの題名!とんだ皮肉ですねいいですよこういうの大好物です!」
いつもみたいに、互いが思った感想を相槌もなしに、聞き合いもせずにひたすら言い合う。この時間が、たまらなく好きだ。
ふと、時計を見る。やっばこんな時間だ。せんせーの方をみると、同じく気づいたらしい。
「おや、もうこんな時間に。ほら、子供はもう帰ってください。」
「誰がガキだよ!」
なんてタメ口で言い合えるのも、せんせーだけだ。
重いカバンをよいしょと背負う。一度ふざけてよっこいしょういちなんて言ったことがあるが、せんせーにゴミを見るような目で見られたから、もう二度としていない。面白いのにな。
「それじゃせんせ!」
「はい、さようなら」
「もーちがうでしょ!」
ハンドルを握った真似をして、せんせーに圧をかける。
「まだやるですかあれ?飽きないですね」
「いーからはやく!下校時間過ぎちゃうよ」
「はいはい別れの言葉はなしかー?」
せんせーめ。棒読みでしやがる。
「フルスピードで走るのが俺の人生だった!」
まあ、これが言えて満足だから良しとしよう。
「全く、いつまでこれをやるんですか。恥ずかしいとかないんですか?」
「いいじゃん楽しいし!ね、せんせ!」
タタタッとドアの近くまで行く。
「また明日ね!」
「はい、また明日会いましょうね。」
せんせーが言い終わらないうちに、俺は教室を飛び出した。
相変わらず元気なものですね彼は。僕は、教室の窓を開け、はーっと息を吐く。真っ白だ。もうこんな季節になってしまったのか。枯れた葉っぱが教室の中にヒラヒラと入ってきた。
彼は体調を崩してしまったりしないだろうか。いや、バカは風邪ひかないというから大丈夫ですね。
彼は来年受験生。1年後のこの季節にはもう“また明日”なんてこと、言い合えないのでしょうね。
楽しいこと時間も、あとすこしでおわってしまうのか。
それが、僕には少しだけ、寂しい。
けれど、きっと。彼のことだからメールでやり取りしてくれるでしょう。そしてたまに会って、互いにそれまでに見た映画を勧めあって。帰るときには“また明日ね”と“また会いましょうね”が行き交うはずです。
そんな未来を、僕は別れのたび期待している。
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読んでいただきありがとうございました。
途中に出てきた映画は『ピエロがお前を嘲笑う』という、実際にある作品を見ているという設定です。特にこのお話と共通点はないのですが、彼らと同じ気持ちを味わえるので、一度見てみてください。おすすめです。
本当はワイルドスピードの名言を入れたことで「俺」を事故にあってしまうようなお話を書きたかったのですが、難しかったので断念しました。
ここまでわざわざ読んでいただき、とても嬉しいです。
願わくは、あなたとまた会えることを。