かも肉

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11/12/2024, 4:56:15 PM

作品2 スリル


 空を飛ぶというのはスリルがあってとても気持ちいいらしい。彼らに聞いてみたから知識にあるだけであって、人魚の私にはよくわからない。けれど、自由に羽ばたけるのを、羨ましいなと思う。そもそもスリルってなにかしら?彼らの言うことはよくわからない。
 『彼ら』と呼ぶのは何かおかしいな。あの種族は性別というものを持たないらしいから。これは、50年くらい前に亡くなった祖母から聞いた。そして『彼』とは雄を指すというのもだ。これは私の200年という短い人生経験から学んだ。
 けれど、他にいい感じの言いようがあるかしら?
 少し悩んでみるけれど、やっぱりわかんない。いいわ、『彼ら』で。別に思考を読まれているわけではないのだし。
 私はいつもこういうことばかり考えている。ただ一人、砂浜のきれいな海辺で、人魚にしか歌えない特別な歌を歌いながら。陸に出ているときは尾が足に化けるから、人間たちからすると同じ生物に見えてるでしょうね。やっぱり偽物の足で歩くのは下手だけど。
 そんなことを考えながら歌っていると、ふと視線を感じた。
 いつものあの子だわ。彼らの中でも特に真っ白で、大きな翼を持ったあの子。
 最近よく私の歌を聞きにくるの。バレてないつもりで隠れているのでしょうけど、生憎初めて聴きに来てくれたときから気づいているわ。
 あのときの私を見たときの瞳!あれはまるで私に恋してるみたいだったわ。

 日が沈んでしまった。家に帰る。母が夕飯の準備をしていた。ただいまーといい、いつものようにご飯を食べ、片付け、眠る。眠る前にはいつも母とお話をしている。陸に上がっていることは私だけの秘密だ。何を聞こうかしら?そうだ、スリルという言葉の意味について聞こう。
 お母様、スリルってなあに?
 スリルっていうのはね、簡単に言えば、ハラハラしたりドキドキしたりすることだよ

 今日も陸に上がって歌を歌う。きっとあの子も来るでしょうね。あの子、私が人魚だと知ったら、どんな反応をするのかしら?
 ⸺ガサ
 後ろで何か小さなものが落っこちた音がした。気になって音の近くまで行くと、怪我をした小鳥が落ちていた。可哀想に。血の匂いもするわ。
 動物に襲われないところにおいてあげようかしらと、小鳥を手に持った。その瞬間小鳥が暴れ出し、血の匂いが一気に強くなった。ああ、なんてかわいそ、う、、、に……
 オイシソウ……  
 一瞬周りの音が聞こえなくなる。
 私は今何を思った?可哀想?いやそのあと。オイシソウ?美味しそう?なんで?
 小鳥を持っていない方の手を見る。血がベッタリとついていた。もう片方には羽が赤くなってきた小鳥。とても強く香る血の匂い。
 急に意識がなくなった。
 気づくと両手は真っ赤に染まり、あの小鳥のものだと思われる羽が、私の周りに散らばっていた。口に違和感を感じ、そっと吐き出してみると、小鳥と思わしき肉塊が出てきた。
 私は怖くなって、その場を離れた。
 頭の中が、『もっと食べたい』で埋まっていく。『美味しい』とも思ってしまう。胸がおかしいくらいにドキドキしてる。
 ドキドキ?最近聞いた言葉だわ。そうよ、この前の夜お母様に聞いたときのだわ。なぜだか、さっき感じていた恐怖が次第に消えていく。
 すごいドキドキしてる。これが『スリル』ね!スリルって美味しいのね!

 あの日以降、私はこっそり小鳥を食べるのにハマってしまった。日が沈んで、誰もいなくなったとき。小鳥がかかるように罠を作り、かかったときだけ少しだけ食べる。とても美味しい、私だけの味。誰にもバレちゃいけない。
 そしてかわらず、海辺で歌も歌っている。あの子も変わらず、聴きにくる。あの子も翼を持っているわ。あの子は美味しいのかしら?

 ある日、夜が来るのを楽しみにしながら歌を歌っていると、隣に人が座ってきた。誰かしら?
 あの子だわ。真っ白な翼が穴だらけになって、血の匂いがすごいする。なぜ?
 驚いたけど、これはいい機会だわ。思わず笑みが溢れる。この思いに気づかれないように、いつもどおりにしなきゃ。
 人魚だけが歌う歌を、この子のためだけに今歌う。さあ、早く意識よ崩れなさい。
 少しぼーっとしてきている。あと少しよ。
 私は立ち上がる。この子も立ち上がる。足が痛むのを我慢して、海の方へと歩いていく。この子もついてくる。あと少し、あと少しよ。
 海に潜る。この子も潜る。ああ、やっと来たこの瞬間が!
 足はもう隠す必要なんてないわ。元の私を見せてあげましょう。でも可哀想に。もう意識はないのね。最期に聴く音が人形の歌でよかったわね。幸せでしょう?
 大きく口を開ける。反してこの子の眼は閉じていく。この子の意識が完全になくなったのがわかる。喉の奥からギュルルと音がなる。
 
 さあ、あなたのスリルの味を教えて!








こちらの作品は、自身が以前書いた、作品1 飛べない翼の、「彼女」目線のつもりで書きました。単体でもわかるようにしましたが、良ければもう一つの方も読んでみてください。どうして、「あの子」の翼が穴だらけになったのかが分かります。多分面白いと思います。

11/11/2024, 4:07:11 PM

作品1 飛べない翼

 
 彼女は空を飛べなかった。ただ一人、翼を持っていないからだ。いつも一人、海辺で歌を歌っていた。その歌声はハッとするほど奇麗だった。
 頭のいい人達は彼女に近づくな、その声を聞くなと、僕らにいつも言っていたが、僕は彼女のそばにいて、歌を聴いていたかった。
 その思いは日に日に膨れ上がった。
 そしてナイフを手に取り……

 この日、僕は、永遠に彼女の隣にいるために、飛べない翼を持ったただの人となった。
 彼女の隣に行くと、彼女は少し驚いたあと僕に笑いかけ、あの声で歌を歌ってくれた。
 しばらくすると立ち上がり、海の方へ歩いていった。少し変な歩き方だ。僕もついていった。
 彼女は海に潜った。僕も潜った。気づくと彼女の足がなくなっていて、そのかわり魚の尾がついていた。なぜか僕は酔っ払ったみたいに、何も考えられなくなっていた。彼女が口を開けた。意識が崩れた。
 最期に思い出したことは、あの歌は人魚だけが歌うらしいということだ。