私の名前
遠くの方で、誰かが呼んでいた。優しい音で紡がれるそれは、宝物のように大切で、愛しい私の名前だった。
「名前は、親からもらうもので体の次に大切なものだから」
そう笑顔で言った君が、そっと背中を押す。
まだ来るのは早い、と微笑み、しばらくは来なくていい、と言った君の顔がどんどん霞んでいく。
目が覚めたら、真っ白な天井が広がっていて、少しだけ消毒の匂いが鼻をかすめる。ああ、病院か、と気づいたのと同時に、ひどく安心したような顔をした両親がそこにはいた。
視線の先には
だんだんと息が浅くなる。心臓の音が耳元でやけに大きく聞こえる気がして、ぎゅっと押さえつけた。
音がしないように、息すらもころして、それが通りすぎるのを待っていた。
扉の向こう側から音がしなくなって、少し経ったところで、ゆっくりと立ち上がる。震える指先で、そっと扉を少しだけ開けた。
あ、と気づいたときには、もう遅かった。
視線の先には、異形のあやかしがギョロリとした目でこちらを見ていた。
私だけ
きっとこの世界を、この目で、この気持ちで見られるのは私しかいない。
どれだけ同じ場所に立ったとしても、どれだけ同じ気持ちだと言葉を使って確かめても、この世界をこうやって見れるのは私だけの特権だから。
どれだけ世界を憎んでも、どれだけ世界を愛しても、目に映る世界は人それぞれで、みんな自分だけの世界が広がっているんだ。
遠い日の記憶
あ、知っている。
なぜかそう思うことがあった。でも、知っているはずがないんだ。
だって、行ったこともないし、実際に見たこともない。それなのに、どこかで見たような気がして。
それを憶えていたのは、きっと今の自分ではない。
きっとそれは、自分がまだ他の誰かだったときの、遠い日の記憶のことだ。
空を見上げて心に浮かんだこと
ふと、見上げた空があまりにも美しかった。
薄い青色のキャンバスに広がる白い雲が形を変えながら流れていく。
頭で考えるよりも、心で感じるよりも先に、涙が勝手に出てきて、頬を伝う。
永遠なんてどこにもないのに、変わってしまうものばかりなのに、ただただ空が綺麗だから。永遠を信じてみたくて、手を伸ばす。
どうか、次に来る明日も、美しい日でありますように。