目が覚めると
カチリ、と音を鳴らして、秒針は時を刻むのをやめた。
午後二時五十四分を指した、壁に掛けられたその時計は、そっと眠りにつく。
何年も、何十年も経って、目が覚めると、刻むはずの針はなく、固まった体を伸ばすように羽を広げた。
木目調の羽をゆっくりと羽ばたかせ、かつて時計だったものから、離れた蝶々はお礼を言うように上下し、世界へと飛び立っていった。
私の当たり前
何気なくできてしまうこと、そこにあることが「普通」だと感じてしまうこと。
当たり前の基準は人それぞれ違うのに、「普通」という言葉に惑わされて、当たり前を強要される。
逆もまたしかり、気づかないうちに誰かに自分の当たり前を強要しているのかもしれない。
きっと、当たり前は、当たり前にそこにあるものじゃなくて、奇跡みたいな運の連続がまるで当たり前かのように見せているだけなんだ。
街の明かり
結局、何も知らなかったんだ。表面的なことばかり話をして、知った気でいたんだ。わかったつもりになっていたんだ。
今もこうして気まずい沈黙が続く中、君の表情が曇るのがよくわかった。
ああ、せめてもっと暗いところだったら、よかったのに。
真夜中に程近い時間なのに、街が明るすぎるから。読めもしないその表情を見つめながら、別れを告げた。
七夕
一年に一度、会うことができる日。会わない時間が、愛を育むのよ、と母は言った。
ああ、たしかに愛は育まれていたみたい。ただ、母と父の間に、ではなかったけれど。
他へと目移りし、別の人の元へと父は行ってしまったけれど、母は毎年必ず川のほとりへと行く。
その大きな川にかけられた橋を渡ることなく、ただただその対岸で待っているのだ。
愛が、もう一度そこへとやってくることを。
友だちの思い出
色褪せることを知らないような鮮やかさで、都合のいいところだけを切り取って、そうして出来上がった美化された思い出たち。
補正されたそれらは、事実とは少し違うのかもしれないけれど、大切なものだったと、いつの日にか気づくんだ。