善悪
いいことも、わるいこともそれぞれ同じくらいあるはずなのに、どうしてわるいことばかり目についてしまうんだろう。
どうしてわるいことばかり頭に残っているんだろう。
いいこともちゃんとあったはずなのに。
流れ星に願いを
「明日も、素敵な日になりますように」
少し離れた横からそんな声が聞こえてきた。ちらりとそちらを見れば、そこには少女が立っていた。
指を組み、目を閉じて流れ星に願いをするその姿は真剣そのもので、それでいて願い事はささやかでいっそ祈りのようだった。
少女くらいの年の子なら、もっと違うことを願うのだろう。そう思いつつも何だか微笑ましい気持ちになって、夜空を見上げる。
先ほどから終わる気配のない流星群に届くように、指を組み、目を閉じて心の奥でそっと祈った。
どうか、彼女の願いが叶いますように。
ルール
ただ自由を求めただけだった。
ルールばかりのこの国で、それに苦しめられ、辛い思いをしてきた者がたくさんいた。
そんな人たちと手を取り合って、新しく国を作り上げた。自由になるための国だった。ルールなんて存在しない、なんでもできる国を作りたかった。
たった一つ、この国に存在するルールは『ルールを作らないこと』だった。自由を手に入れた民は好きなように生きた。起きる時間も寝る時間も、好きなこともやりたいことも、誰にも指図されずにその自由を謳歌した。
そんなあるとき、事件が起きた。とある男が一人の女性を刺したのだ。不幸なことに女性は命を落とした。
そんな事件に民は男を裁くように訴えかけた。しかし、裁くはずのルールすら、この国にはなかった。みんなが絶望する中、男は笑っていた。
そうして、民たちは多数決をとり、男を裁いた。ルールなんてなかったこの国に、ルールが一つできた。
老人がそう話終えると、旅人は未だに不思議そうな顔をしていた。
自由な国、と呼ばれるこの国に興味を持ち、訪れたはずのこの国はルールであふれていた。おそらく訪れたどの国よりもたくさんのルールがあった。
「こんなにもルールがあっても、まだ自由の国と言えるのでしょうか?」
旅人の純粋な問いに老人は微笑んで答えた。
「もちろん、今でもこの国は自由な国だよ。ルールを破らなければ何をしてもいい。私たちが経験したあの自由は狂気そのものだよ」
今日の心模様
「なんか、楽しそうだね」
「へ?」
帰って来て早々、言われたのはそんな言葉だった。
「いいことでもあった?」
「いやー、どちらかと言うと嫌なこととか、悪いことばかりだったけど」
思い返してみても、浮かぶのはテンションの下がるものばかり。朝は電車が遅延して遅れそうだったし、仕事ではミスしまくるし、挙げ句の果てに帰りの電車はうっかり乗り過ごして帰ってくるのも遅くなってしまった。
そんな今日は良くない日だったけれど、おかえり、って迎えてくれた君が、あまりにも優しく微笑むから。なんだかそんなことたちがどうでもよくなって、下がっていたテンションも、落ちていた心も元の位置に戻る。
「君のおかげかもね」
「え、俺なんかした?」
「おかえり、って嬉しかったから」
そう素直に伝えれば、君は照れくさそうに笑った。
今日の心模様、晴れのち雨、のち晴れ。
たとえ間違いだったとしても
「あなた、今何て言った……?」
そう言った彼女は驚きと期待が入り交じった表情をしていた。息をすぅ、と吸い込み、先ほど告げた言葉を繰り返す。
「私はあなたの味方です。たとえこの選択が間違いだったとしても、私はあなたに従い続けます。ずっとお側におります」
真っ直ぐに彼女を見つめれば、彼女の瞳が潤んできているのがわかった。
「……な、んで」
「何年見てきたと思っているんですか。あなたが産まれた頃からずっと見てきました。あなたのことをすべて知っているとは言えませんが、私はあなたがそんなことをする人ではないと知っています。そう信じています、だから、私は一生お嬢様の味方です。たとえ誰が何と言おうとも。女子生徒から罪を着せられても、婚約者から婚約を破棄されても、両親から勘当されても。私はあなたに従い、尽くします」
忠誠を誓う騎士のように、ただひたすらに真っ直ぐに告げる。彼女、お嬢様は嬉しそうに笑いながら涙を流して、抱きついてきた。
震える肩を安心させるように抱いて、密かに心の奥で誓う。
無実の罪を着せたあの女も、それに騙された頭の空っぽな婚約者も、自分の子どものことさえ信じられない元ご主人たちも、ただではおかない。それ相応の罰を、と考えたところで、お嬢様が顔を上げる。
花が咲き誇るように美しく微笑むお嬢様には気づかれないように、微笑み返した。