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4/11/2023, 2:11:07 PM

言葉にできない


それは今をときめくマジシャンのショーを見ていたときのことだった。
摩訶不思議な手品はまるで魔法のようで、驚きの歓声と拍手が鳴りやまない。
そんな彼が最後に披露したのは脱出マジックだった。手足を縛り、目隠しをつけて檻に入り、鎖でぐるぐると巻かれて錠をかけられる。
全員が息を飲んで見守る中、彼はなんと客席へと瞬間移動をしていた。驚きの声がわっ、と上がり、立ち上がって拍手をする。
すると、彼はシー、と唇に指をあてて、いまだ鍵がかけられている檻の方へと視線を向けた。錠を外し、鎖をもったいぶるかのようにゆっくりと巻き取っていく。誰もいないはずの檻からは、美しい女性が出てきた。脱出マジックは入れ替わりマジックだったのだと人々が称賛する中、彼はその女性と結婚することを発表した。
嬉しそうに微笑む二人を見て、言葉が出なかった。彼とは半年間付き合って、ついこの間別れたばかりだった。それなのに、こんなにもすぐ結婚とは。
三年の交際の末に結婚だと話す二人を見て、浮気相手だったのは自分の方か、と頭の片隅で理解はできたけれど、この感情を言葉にできないまま、席を立った。

4/10/2023, 1:23:07 PM

春爛漫


絵に描いたような花畑だった。さまざまな色をした花が咲き乱れ、春を祝福する。
見上げた空は青空で、太陽の光があたたかく降り注ぐ。
色とりどりの花々に囲まれて、深呼吸をした。よくわからない高揚感と希望に似た何かで心が満たされて、自然と口角が上がる。
そんな私を見て君は、幸せそうだ、とそう言った。

4/9/2023, 1:41:35 PM

誰よりも、ずっと


思い返してみれば、随分と長い時間が経っていた。山の上から見下ろす景色は最初見たときから様変わりしていて、面影らしいものはほぼなかった。
ただ、前より便利になったよなぁ、とか思ったりするけれど。親しかったはずの人たちももう、いない。
誰よりも、ずっと長生きで、終わりなんて来るとは思わなかったのに。直せる人がいないのだから、仕方ない。自分を作った人はいないし、自分で直せるように設定されていないのだから。
あーあ、終わりかぁ。残念だな。
1523年と9ヶ月と7日。生きる、というか、存在し続けるにはあまりにも長すぎた。
世界の嫌なところも、良いところも。人の嫌なところも、良いところも。すべて見てきて、すべてが愛しかった。
ゆっくりと終わっていく中で、誰かがおかえり、と言ったような、そんな気がした。

4/8/2023, 2:52:50 PM

これからも、ずっと


「ねぇ、変わらないものなんてないんだよ」
君はそう言った。桜がひらひらと散る公園で、二人並んでベンチに座っているときだった。
「これからも、ずっと一緒だなんて、確信はないし、約束もできない。私も、君もいつかは変わってしまう。……今この瞬間にでも変わり続けているんだよ」
永遠なんて、約束されてないの、そう呟いた君はどこか辛そうだった。まるで、そうなることを知っているかのように。
今を噛み締めるように、ともすれば泣くのを我慢するかのように、君は目を閉じて空を仰ぐ。
そんな君になんて声をかけたらいいか、わからなくて黙ってしまえば、君は目を開けてベンチから立ち上がった。スカートに乗っていた桜の花びらたちがゆらゆらと地面に落ち、桜吹雪が舞う。
「だからさ、桜が散る頃にまた会いに来てよ」
優しく微笑んだ君がやっぱり泣いているように見えたのは気のせいだったんだろうか。
確信が持てないまま頷けば、君は嬉しそうに微笑んで桜吹雪にまぎれて消えてしまった。

4/7/2023, 2:48:25 PM

沈む夕日


ただ、足を滑らせただけだった。
最後というにふさわしい場所で、見渡した世界があまりにも美しいことに気づいた。あんなにも憎んでいたのに、あんなにも大嫌いだったのに。眼下に広がる世界はただただ美しくて、敵でも味方でもなかった。
何かを掴みたくて、手を伸ばし、空を切る。そのとき、風に煽られて、足を滑らせたのだ。
そんな気なんて、もうなかったのに。
視界の端に映った沈む夕日が上って見えたのはきっと私が逆さまだったから。

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