言葉にできない
それは今をときめくマジシャンのショーを見ていたときのことだった。
摩訶不思議な手品はまるで魔法のようで、驚きの歓声と拍手が鳴りやまない。
そんな彼が最後に披露したのは脱出マジックだった。手足を縛り、目隠しをつけて檻に入り、鎖でぐるぐると巻かれて錠をかけられる。
全員が息を飲んで見守る中、彼はなんと客席へと瞬間移動をしていた。驚きの声がわっ、と上がり、立ち上がって拍手をする。
すると、彼はシー、と唇に指をあてて、いまだ鍵がかけられている檻の方へと視線を向けた。錠を外し、鎖をもったいぶるかのようにゆっくりと巻き取っていく。誰もいないはずの檻からは、美しい女性が出てきた。脱出マジックは入れ替わりマジックだったのだと人々が称賛する中、彼はその女性と結婚することを発表した。
嬉しそうに微笑む二人を見て、言葉が出なかった。彼とは半年間付き合って、ついこの間別れたばかりだった。それなのに、こんなにもすぐ結婚とは。
三年の交際の末に結婚だと話す二人を見て、浮気相手だったのは自分の方か、と頭の片隅で理解はできたけれど、この感情を言葉にできないまま、席を立った。
4/11/2023, 2:11:07 PM