晴れた帰りの長靴
先生の呼び方間違え
ゴミ箱を外したちり紙
電池切れだった目覚まし
水溜まりを踏んで染みた靴
うたた寝で落としたスマホ
起きた瞬間溢れる涎
ホームに着いた瞬間閉まる電車のドア
シャンプーと間違えて出したトリートメント
流しに落ちたカップ焼きそば
湯入れ前にかけたソース
はぁぁ!
集え、我らが思い!
そして喰らえ!
ぐわぁ!
なんだこの涙すら出ない虚脱感!
︎行き場のない憤りが、自身を責める!
完璧超人たる我が感じたことがない、これが…私に欠けた感情だというのか…⁉
テーマ:やるせない気持ち
思い出すたび、拍動が止まる。
昼下がり、都会の喧騒の中で僕を見つめて笑った顔に極彩色のモザイクが踊る。
起き抜けでぐすり甘える声が、耳朶を穿ち頭蓋を振るい揺らす。
抱き止めた時に薫ったミストの香りが、鼻を突き抜けて目頭を焦がす。
繋いだ手が返す小さく可愛らしい、焼き切れた皮膚の神経の震え。
彼女を想起させる全てが拒絶反応を示す。
「無理に思い出してはいけません」と精神科医は言う。
「忘れたら許さない」と彼女の妹が言う。
「忘れてください」と彼女の母が言う。
「思い出せ」と警察は言う。
どうすればいいのかわからない。
明確な事は、ただ一つ。
このまま生きてはいられない。
手付かずの仕事を放棄して、彼女の元に向かう。
すでに日は沈み、色濃い空の下は一面一層暗い。
波音を分けて、波間をくぐり、思い出せない彼女を求める。
浮立つ足を押さえて、深みを探る。
沈んだ記憶が、深奥から呼び覚まされる。
ああ、ようやく思い出せそうだ。
あの日、沈みながらこちらに手を伸ばしていた、彼女の顔を…声を…指先の感触を…
テーマ:海へ
「俺さ、どうもクラスの女子に嫌われてるみたいなんだよね…。」
「何々どしたん話聞こか?」
「や、昨日忘れ物取りに教室戻ったらさ、女子が集まっ話してたんだよ。したら、クラスの男子の誰がイケてるって話しててさ…聞いちゃうじゃん?」
「もちろん気になるじゃんね。」
「で、ちょうど俺らのグループの話だったんよ。」
「へー俺はどうだった?」
「めちゃ高評価だったわ。スゲェいい奴でスゲェオモロくてスゲェヤベェっつって、お互いにスゲェオススメしてたぞ。」
「来ちまうかー俺の時代。っべー」
「それに比べて俺なんてさ、優しいけど優しいだけだって言われちゃっててさ。ダメだよやめた方がいいっつって。絶対裏あるし下心しか見えないよねって。ないないやめた方がいいいよって。イケてないからやめとけってもう散々。」
「マジかよ。お前いい奴なのにな。いっつも人助けしてるし、聖人かと思ってんのによ。女子らわかってないわー。ないわー。」
「んで、先週転校してきた子いたじゃん」
「あー、車に轢かれそうだったとこ助けた子な?」
「ガチ全力否定されてて泣くかと思ったわ。助けられてどう?って、あり得ないってさ。」
「ありえね〜」
「そこでいるのバレちゃって、めちゃ気まずかったわ。聞いてたか聞かれたけど、今忘れ物取りに来たとこって誤魔化すしかなかったね。」
「つれー」
「なんかいつも女子に体当たりくらうし、薄々嫌われてんじゃないかと思ってたけど、やっぱ実際聞いちゃうとなー。まぁ、困ってる人いたら今後も助けるけどさ、やっぱ見返りに好かれると思っちゃダメだな。
あ、やべそろそろ時間が」
「バイト?」
「いや、今話してた転校生に昨日の件で話あるって呼ばれてんだよね。体育館裏の伝説の木の下に運命の鐘がなる時間に来いって」
「こえー、ばちばちに指定されてんじゃん」
「逃げずに絶対来いって念押しされてるし、時間通りに行かないとだから早めに行こうと思って。じゃ!」
「おぅ、今日はすっぽかされないといいな」
ざざっ(一斉に物陰から移動する音
「また、嵐が来るな…。」
テーマ:裏返し
狭い四角で区切られた空を見上げる。
手も届かない高さの窓は大人の肩幅もなく、ご丁寧に格子が嵌め込まれている。
「俺たちの何がいけないってんだ…。」
飢えた腹をどうにかしなければ、ネズミの餌。
齧るのも苦痛な芋をくすねるために手を組んだ即席の兄弟達共々、大人達にねじ伏せられてこのザマだ。
一番小さなアリオーシュは、軽々蹴飛ばされてピクリともしなくなった。暴れて頭を叩きつけられたヨハンは、ビタビタと魚の様に跳ねていた。
意識が戻っただけまだマシなのかもしれないが、節々がギシギシと痛み、殊更に痛痒を訴える頬下で歯がぐらついている。
差し入れ口から転がされた臭い黒パンを齧ればいよいよ歯がもげるだろう。
無心のまま呆けていると、パタタと小さい羽音が空気の死んだ世界に響く。
格子の入った四角い空に、白い鳥。
「あ、あぁ…。」
思わず喘ぐ声に小さく跳ねながらこちらを見下す黒点は、キョトキョトと首を傾けたと思うと、
ぱ
と羽を広げた。
瞬間、世界は止まった気がした。
空の透ける青を背景に、真っ白な翼。
両翼を広げ、高みから問いかけている気がした。
【私は行くよ。ついて来るかい?】
しかし、現実はそんなことはなく、羽音も残さず、薄汚れた少年を気にかける事なく、小鳥の日常を続けるために飛び去っていった。
「ーーー。」
去来したのは声にもならない慟哭。
ドブネズミと共に下水を寝床にし、泥水を啜って飢え苦しみ、今も戒めに囚われた自身があまりにも無様で。
「自由を望むかい?」
背後からの声。
「あの鳥のように」
振り向けば、修道服に身を包む黒染めの男がいた。
「ならば手を取りたまえ。一時の止まり木を与えよう。その後羽ばたけるかは君次第だ。」
テーマ:鳥のように
「く、我もここまでの様じゃ。
はは、呆気ないのう…。思い返せば短い間であったが、悪くない旅路じゃった。
…ふふ、泣くでない。主に涙は似合わぬ…。我はもう長くない。直に別れの刻じゃ…。
死ぬな、とな。はは、わがままを言うやつじゃ。
末期に戯けた事を言うでない。黄泉路に手向けの言葉の一つでもおくれ…。
ああ、そうさな、決していい出会いではなかった…。
そんなことも、…あったのう。懐かしい…。うむ、うむ。そうさな。うん、うん…。まぁ、そうさな…。そう、じゃったか…?うぅむ、うん?いや、いやいや。
いい思い出じゃが、ちとかいつまめぬか?流石に持たぬ。
もっと、こう、末期に相応しい言葉があるじゃろ?
…そうじゃ…いや…いや、そうじゃない。
もうちと、しっとりと、色気のある…。
かー!しみったれもいいところじゃ。
雄であれば魅力的な雌を喜ばせんか‼︎
つかもっと惜しめ‼︎
ぐっ、がはー!
すまぬな…あまりの痛みに、辛抱が…。
なに、謝るでない。この傷は名誉よ…。主が無事であるなら身を挺した価値はあったと言うものよ…。まったく、油断しおって…。
なに?ぬしそんなものに気を取られとったのか⁉︎
くっ、たわけ!そんなことのために、我は身を賭したとでもいうか⁉︎
死んでも…、死にきれぬ…‼︎
ええい、やめじゃやめじゃ‼︎
なーにがさよならじゃ‼︎さよならを言う前にもっと言うことがあるじゃろ‼︎
傷物にした責任は取ってもらうからな‼︎ボケ‼︎」
テーマ:さよならをいう前に