空模様を問われ、久しく空を見ていないと気づかされた。
いや、見てはいるのだ。
外に出て少し目線を上げれば広がっているのだから。
学生時代、自転車通学の折には空の機嫌をうかがっていた覚えがある。
いつからか、ただ、あくせくと出社して帰宅する日々の中で、空など雨を降らせるかどうかでしか意識していなくなっていた。
雲量や雲の形を見て、その後の空模様を思い描くことはなくなって、天気予報を見て済ませるようになってしまったのはいつごろからだろう。
今や伺うのは上司の心模様。
変調の兆し、ありますかね?
テーマ:空模様
鏡は真実を映すという。
だがそれは真実ではない。
人は鏡に映り良い自身を望む。
望まぬ真実が映ることを、鏡には望まない。
全ての真実を映す鏡があったなら、ことごとくが破り捨てられるか、前に立つこともしないだろう。
人は真実の姿を鏡には映さない。
だから、鏡は真実を映さない。
テーマ:鏡
叔父はミニマリストだ。
生活雑貨は最小限のものしか持たず、インテリアも寝具類と限られたものしか置いていない。
だがどれもセンスがいい。
仕事もできるし、会話もユーモラスで、服も上質で洗練されて見える。
蓄えた顎髭は小粋に整えられ、清潔感もあるちょいワル風のイケオジ。
さぞかしモテるだろうと思うのだが、人間関係もさっぱりしたもので浮ついた話もついぞ聞かない。
成人したおり、叔父宅で酒盃を交わす機会があったので聞いてみた。
「叔父さん、もういい歳なのに結婚はしないの?」
叔父はふ、と笑う。
「ま、許されるもんならな。俺は身綺麗にしなきゃならない理由がある。俺の昔話を聞いたことは?」
頷く。
「随分とやんちゃをしたもんさ。
だがある時捨てられない、捨てても捨てきれないものを手にしてな…。」
叔父はクローゼットから何やら取り出した。
感慨深げに撫で、そっと机に置かれたのは桐の箱。
思わず神妙になる自分の前で開かれた箱中に、
「学生時代、廃神社でイキってな?」
伸びた髪を綺麗に結えた市松人形があった。
テーマ:いつまでも捨てられないもの
親に世界で1番可愛いよ、と言われていた。
クラスメイトより少しだけテストの点が良かった。
感想文が金賞を取った。
SNSにあげたイラストにいいねがついた。
競走相手より早く走れた。
自慢して胸を張ろうと喜色満面に顔を上げると先を行く人がいる。
追いかけて追いかけてどうにか追い抜くと、そんな自分を鼻歌まじりに追い抜く人がいる。
食いついて食いしばって食い下がって、歯軋りをしてほぞを噛む。
俯いて項垂れて、足を止めて前を向くこともやめてしまおうとすら思う。
ふと、振り返ると歩き出したところからそれなりに進んでいることに気づく。
今スタートラインを切った人よりも、この瞬間は確実に先を歩み、追う辛さを知っている。
寄り道もずいぶんしたけれど、歩んだ距離は嘘をついていない。
それは確かな事実であり、歩を進めたという自分に抱く『 』。
テーマ:誇らしさ
月が陰る。途端にここぞと夜闇が眼前のほぼ全てを覆った。
眼前で月明かりを波立たせていた海は沈み、前方から寄せる波音が際立った気がする。
振り返ればぽつぽつと道沿いの明かり。顔を戻せば、人家の灯す明かりが海沿いに居並ぶのが知れる。
規則正しく立ち並ぶのは昼に見たリゾートホテルの一つだろうか。
目を凝らすと波打ち際の境界が滲んで蕩ける眼前の海は、暗く昏く心を騒めかせる。ひいては返す波音だけがくっきりと耳を打つ。
テーマ:夜の海