「大好きな君に」
「彼女できた」
コンマ数秒のフリーズと、とてもとても良い奴ですから、そりゃそうでしょうね!という気持ちと、名前も知らない彼女への悪の感情が、同時に私の脳を埋めつくして、砂嵐のように侵食をして、そして残ったのは静寂だった。
「そっか、おめでとう!
「え〜!どんな人?!
「どうして、
青いラインに引かれる言葉はどれも違う気がして、打っては消し、打っては消し、既読スルーの焦りが浮かぶ。
その数文字を何分も見つめた。たった一つの言葉で私は初めて己の恋愛感情を飲み込み、そして憎悪を生んだ。
彼とは本当に奇縁な始まりで、挨拶スタンプを送ったあの日から、何年も何年も、時が経っていた。
話していくうちに彼が本当にいい人で、結婚適齢期の内に誰もが愛す幸せそうな女性と結婚しそうだな、と思った。
そんな偏見を片隅に置いていたけれど。それと同時に小さな感情が増していくのも気づいていた。けれどもみて見ぬをしていた。友達以上恋人未満。それでいいと思ってた。
「大丈夫?」
シュポ、と端末から音がなって我に還る。
可愛げのあるイヌのスタンプに大丈夫?と書かれている。
大丈夫なわけ、ない。
「ごめん、ちょっとびっくりして。」
「大丈夫だよ!良い人見つかったんだね〜」
冷静を取り戻して、飛行機のボタンを押して、スマホの電源を切った。
知ってる。あなたがモテないはずないんだって。
けれども忙しいのを理由に、何年も隣を空席にしていて。
知ってる。あなたが勉学に本気で打ち込んで、毎日忙しない日々を送ってたって。
けれども。数少ない休日を犠牲に私と会ってくれていたって。
でも。
「あんまり、祝いたくないなぁ。」
ごめんね、ずっと私の空想で、君に思いを馳せていて。
「こんな夢をみた」
セミの泣き声で目を覚ました。夢見の悪い朝だった。
襖を開け、縁側の窓を開けながら洗面台に向かい、顔を洗った。鏡に映る自分の間抜けな顔をみて、ふ、と笑う。
顔を拭き、今日のやることを考えながら歯を磨いた。
台所へ行くと、茹で上がった素麺と漬物、ガラスのお椀に注がれた麺汁、そしてオマケにスイカが置いてあった。お盆には、妻の手書きメモが書かれていた。笑う妻の笑顔を思い浮かべ、なんて贅沢なんだろう。そう思った。
用意してくれた料理を持ち、食卓ではなく縁側へと向かった。お盆を置き、いただきます、と手を合わせる。
庭の先に見える海から波の音が聞こえた。咀嚼をしながら目を閉じると、子供の笑う声が聞こえる。そよそよと風が家へと流れ込み、その静寂の中、風鈴が優しく音を鳴らしている。贅沢だなぁ、そう私は噛み締めた。
ガラスの割れる音で目を覚ました。夢見の悪い朝だった。
なんでこんなアラーム音にしたのだろうと、後悔をしながらベットから起き上がる。水圧の不安定な蛇口を捻り、顔をタオルで拭く。5分前のアラームが鳴った。掃除の行き届かないキッチンからラスト一個の簡易食料を取り、制服の着替え、効きの悪い玄関の戸を開けた。
その先には太陽の光など無く、ただ前の棟の壁が見えるだけだった。錆びたパイプとゴミを避けながら、エレベーターで126階から降りてきたエレベーターに乗る。
同じ制服を来た彼らに挨拶など無かった。携帯で365個分の簡易食料の在庫を購入し、ひたすら箱の下り終える時間を待った。今日見た夢のことを思い出した。存在しないであろう、私の妻の顔は思い出せなかった。
一階へたどり着き、エレベーターの扉が開いた。ぞろぞろと似た容姿の男が並び、地下鉄へと向かう。
この世界が夢ならは、私はいつ目覚めるのだろうか。
「タイムマシーン」
突然雨が降ってきた。天気予報に裏切られ、私は急いで洗濯物を取り込んでいた。
すると、ピンポーンと玄関から音が鳴り、はぁい、と煩わしく思いながら取り込みを辞める。六畳一間の部屋を歩き、玄関の戸を開け、印鑑を押し、鍵を閉める。
「ねぇ、これ、何?」
私が受け取ったものはダンボールでも封筒でもなく、木箱だった。それもそれなりに重い。彼女は調理を続けながら、少しを背を反らし、笑いながら答えてくれた。
「あー、これね。タイムマシーンだよ。」
「タイムマシーン?今の時代に?珍しいねぇ。」
「この間やっと見つけてね。思わず買っちゃったよ。」
そう言って彼女は火を止め、棚から釘抜きを取り出した。あけよあけよ、とローテーブルに置いた木箱の釘を少しずつ抜いていく。私は残っていた洗濯物をしまい、彼女が黙々と釘を抜く姿を静かに見ていた。
秒針が円を10周した頃、ようやく釘を抜き終わり、彼女はそっとタイムマシーンを取り出す。
「うわー、こんな感じなんだ!」
「あぁ、やばい!懐かしい。」
ようやくお出ましたタイムマシーンは少し色あせていたが、それとなく機能するようで、私達はタイムマシーンを使うことにした。
二人でご飯を食べながら、それぞれのメッセージを打ち、あれやこれやと持ち寄った私物を入れ、今度は私が木箱に釘を打った。そして郵送する頃には、タイミング良く雨は止んでいた。
「じゃあ、郵送してくるから。」
「はーい、じゃあ、10年後に。」
「うん、10年後に。」
そう言って彼女はいってきます、と言った。私は手を振り、扉が閉まるのを見届ける。ガチャン、そう重い金属扉が鳴った。
「海の底」
初めて北の孤島を抜け出して、憧れていたこの都市へと降り立った。旅行に行くにもこの島内で、どんなに歩いて、列車に乗って、海を眺めようが、この島を出れることはなかった。その悔しさを噛み締めたのは、16の時だった。
「...ねぇ、聞いてる?」
雑音の中からピントが合うように、彼女の声が耳に届く。
「あ...ごめん、ちょっと考え事をしてて。」
「そう。じゃあ、またね。」
「ああ、気をつけて。」
その甘く可憐な声が途切れ、ピントが途切れる。彼女は混沌に混ざり合う。雑音がまた耳に響いた。イヤホンをポッケかた取り出し、耳に留める。雑音がぬるくなり、少しの安堵を得る。
信号が赤になった。無数の魚が下を向いている。
短針が北を向く時間だというのに、昼間のように眩しく、煩わしい水音が響く街は、太陽の光を知らなかった。
チカチカと光る広告看板を眺める。ずっとつけていて電気代は大丈夫なのかなぁと思った。後ろから押されるように、横断歩道を渡る。カンカンと足音が鳴り響いている。
立ち止まってはいけない。
そう言い聞かせて、歩幅を無理やり大きくする。
立ち止まってはいけない。
同じ方向へと無数に進む魚を見て、幼少期に行った水族館のことを思い出した。その魚が奇妙で仕方がなかった。
立ち止まってはいけない。
夕日に染まった彼女の髪と文庫本の色を思い出した。
どうしても地元を離れたくて、この街に強いステータスと欲望を抱いていたあの時期。唯一反対をしたのは彼女だった。夕方を反射する黒髪が揺れて、彼女は薄い唇を動かす。
「東京ねぇ、君には向いて居ないと思うけど。」
電車の音で目を覚ました。カーテンの隙間から白い景色が見えた。レールを動かす音が鳴る。雪は降っていなかった。未だにあの白昼夢を思い出す。俺は深海魚になれるだろうか。
「手のひらの贈り物」
満月が灰色の雲に覆われて、東に進んだ頃には、既に無くなっていた。俺は静かに銃を取り出す。一つの銃声が鳴り響く。太陽の光も、月光も無いこの街に慈悲が照らされることは無かった。
一発目。教会のドア。
聖書も祈りの言葉もただの雑音でしか無いけれど、この世の神は皆既日食の夜に現れると信じている事だけは好都合だった。
二発目。高音を鳴らした女の左腕。
右も左も分からないという言葉は、その言葉通りに使われることは無いらしい。修道服を来た老婆が大声をあげる。
三発目。ステンドグラス。
こんな古びた教会にステンドグラスなんてものがあるとは思わなかった。ガラスの割れる音は快感を引き起こした。
「神の降臨を邪魔する愚か者よ!武器を下ろせ!」
「....よ!.....よ!」
四発目。修道服。
あの黒くて禍々しい服を見ると、ふつふつと不快な感情と思い出したくもない記憶が蘇ってくる。あの愚かな女の怒り声も、病的な水滴も、不快で不快で仕方がない。そう。思ったよりも染まらなかったけれど。これは仕方がない。
「あぁ...悲しき少年よ...そのような形でしか祈れないのね...」
斜線がブレる銃を抑え込むように、生々しい感触が俺の両手に包み込まれた。その手は少し骨が張っていて、皮の厚く、酷く乾燥した手のひらだった。その、不快で、恐ろしい感覚は、腕を伝い、血を巡り歩き、心臓へと到達する。
ガシャン、古びた講堂に見合わない音が響き渡る。
「それでも神はあなたに慈悲を恵むわ。母親の愛情のようにね...」
その生々しい手のひらは、信念強く俺の手を包み込んだ。
月光が割れたステンドグラスの狭間から降り注ぐ。
ああ、時間が無い。
五発目、心臓。