「君と一緒に」
初めて君と会ったときに、気が付いたんだ。僕は、君に会うために生きてきたんだってこと。君と一緒に生きるために生まれてきたんだってこと。
君と出会ってから、もうどれだけ経ったかな。出会った頃にはほんの小さかった身体はすっかり大きくなって、成長が止まったのはいつだったか。お互いに成長したものだ。
一緒に色々なものを見た。食べて、寝て、遊んで。大きくなった。昔は一日中くっついて過ごしていたものだけれど、今では一日のうちのほんの少しの時間しか一緒にいられない。これが大人になるということなら、僕はもっと子供のままでいたかったな。
君と出会ってからの日々は、毎日毎日楽しくて、あっという間に過ぎていった。ほんの小さな子供が、立派に大人になるまでの時が過ぎたのに、振り返ってみるとまるで一瞬のことのように、全て容易く思い出せる。
小さな頃は長く感じた一日は、今となっては瞬きのうちに終わってしまう。なのに、君が隣にいない時間はどれだけも長く感じて、僕は毎日、君と過ごせる時間を首を長くして待っているんだ。
君と過ごせるわずかな時間。何よりも大切に過ごしたいのに、最近はどうにも眠くなっていけない。せっかく君が隣に座っているのだから、少しでも多く話したいのに。瞼は重くくっついて離れない。すぐ近くにいるはずの君の声が遠く聞こえる。
あぁ、待って。まだ眠りたくないんだ。意識が途絶える前に、君におやすみを伝えなくっちゃ。散らばりそうな意識をかき集めて、振り絞った声は、ちゃんと君に届いただろうか。ねぇ、次も一緒にいさせてね。
「……ワン」
掠れて消え入りそうな小さな鳴き声がおやすみと言っているように聞こえた。その小さな身体の呼吸は止まって、微かに上下していた胸も動かない。私が仕事から帰ってくるのを待っていたようにその命を終えた私の親友。私の片割れ。待っててくれてありがとう。ねぇ、今まで楽しかったね。あなたと出会えて本当に良かった。次も一緒に生きて欲しいな。
おやすみなさい。
「冬晴れ」
年も明けて数日。寝正月も十分に楽しんで、そろそろ仕事始めだ。いい加減生活リズムを整えないといけない。せっかく今日は天気もいいので、散歩をすることにした。
天気予報を見ると、気温は7度。厚手の上着を着ていてもキンと冷たい風が身に沁みる。空を見ると太陽が高い位置で輝いていた。冬は乾燥していて、空気が澄んでいるから、空がやけに高く感じる。薄い青が突き抜ける空には雲一つない晴天で、まさに冬晴れの空だった。
雲のない空は、遠くの山までよく見える。一際高い山の頂上付近には雪が積もっているようで、真っ白な冠が太陽の光を反射して神々しく輝きを放っている。自堕落に過ごしていた数日を叱られているようで、背筋が伸びた。
無理のない範囲で、早歩きしつつ数十分。身体が温まったあたりで家に帰ることにした。調子に乗って頑張りすぎると、汗が冷えて却って体調を崩すことになる。心地よい疲労を感じ始めるあたりでやめておく。
いい運動をした。明日から仕事が始まる。まだ日は高いけれど、今日のところは早めに風呂にでも入って、身体をほぐすとしよう。熱めのお湯をたっぷり溜めて、ゆっくりと。昼間から入るお風呂は最高の贅沢なのだから。
湯上がりには蜜柑ジュースでも飲もうかな。
「幸せとは」
最近どう?良い人いる?幸せ?なんて、この歳にもなると久しぶりに会った人にはよく聞かれることだ。
まあ適当にやってるよ。それなりに幸せかな。良い人?は別に。そんな出会いもないしね。なんて。有耶無耶に誤魔化すばかりだ。
本当のところ、どうもこうもない。毎日どうにか生きていくので精一杯だ。それでも自分の機嫌を取りつつ、不幸ではないし、幸せと言っても良いかなくらいの日常を送っている。特に話すほどの出来事はなく、平坦な日々だ。これと言って不幸と嘆くようなこともないし、平穏を望む私的には充分幸せ。
恋はしていない。そもそも良い人ってなんだ。生まれてこの方恋愛感情を抱いた記憶はなく、恋愛願望すら感じたことのない私にとって一番答えにくい質問がこれだ。新しい出会いが一つもないわけではない。友人知人は少しだけだが増えた。ただその中に恋愛対象として見る人はいない。これまでの知り合いの中にもいないけれど。
好きな人がいない。恋愛に興味はない。と言うと、幸せ探しなよ。なんて言われることがある。初恋がまだなだけだよ。そのうち良い人見つかるよ。なんて慰められることもある。そもそも探していないし、独り身であることに傷ついてもいないけれど。恋愛イコール幸せなんて、今ドキ時代遅れじゃない、とか考えている私は負け惜しみなのだろうか。
幸せとは。私にとって恋愛というものは未知のものだ。多分非対応。その機能は搭載されていません、というヤツ。恋をしなくても幸せは感じられるし、事実私は自分がそこそこ幸せだと思っている。それでも、恋愛していないと言った時の反応で少し心がざわつくのは、恋愛しない私を否定された気がするからだ。
分かっている。良い人いる?って質問はただの話題提供で、こちらが微妙な気持ちになることなんて想定していない。彼彼女らにとっては恋バナは無難で一般的な話題の一つに過ぎないのだろう。今日の天気についての話題よりは親しみがあって、最近仕事どう?と同じくらいの気軽さなんだろうと思う。恋バナ苦手意識がある私の方がイレギュラーだ。まあ私は仕事の話題も恋バナと同じくらい苦手だけれども。
恋愛をしない幸せな人生というものを、もっと世の中に認めてほしいとは思う。けれども恋愛をしているから幸せな人たちにはきっと理解出来ないのだろう。私が恋愛イコール幸せと理解出来ないように。ねえ、幸せってなんだと思う。多分私、みんなより色んな幸せを知っている気がする。
「日の出」
これまで毎年のように見にいっていた初日の出。今年は行かなかった。日付が変わる頃に初詣に行って、帰ってきてすぐに寝た。起きたのは昼過ぎ。太陽はとっくに空高くに昇っていて、むしろ沈む方が近いかもしれない。
ちょっとだけ、特別なものを見逃したかもっていう後悔があったけど、どうせ曇ってて見えなかっただろうしっていう言い訳が浮かんで、どうでも良くなった。地球規模で考えたら初日の出だって、ただ地球が回ってるだけで、いつもの日の出と変わらない。どこかの日没でしかない。
元旦に見なくたって、日の出はいつでも綺麗なんだから、初日の出が見られなかったことくらい、どうということもない。なんなら、日の出よりも日没の段々暗くなっていく空の方が好きかもしれない。とまで思い至って、それなら無理に徹夜したり早起きしたりせずにゆっくり寝ていて良かったと思った。
夜更かしした明け方の、カーテンから漏れてくる朝の光は生活リズムの乱れを責めるみたいで苦手だし、朝日なんて昇らずにずっと夜のままなら良いのにって何度思ったことか。そう考えると、初日の出だって、正月休みの終わりを連れてくる嫌なやつだ。やっぱり行かなくて良かったな。
「星に包まれて」
昔、ウチには小さなプラネタリウムがあった。卵形の小さな機械。今はもう、どこにあるのか分からない。壊れて捨ててしまったのかな。
窓のシャッターを閉めて、カーテンも閉めて、部屋の電気を消す。姉と二人で使っていた子供部屋の天井一面に星が輝く。北斗七星。オリオン座。ゆっくり回転する星の中で真ん中に輝く動かない星が北極星。
星に包まれて眠りにつくのが好きだった。真っ暗な部屋は星空鑑賞の一等席で、チカチカと光る星は暗闇の恐怖を照らしてくれる。常夜灯の代わりのプラネタリウム。眠りを見守る星々。
小学校の遠足で見たプラネタリウムはつまらなくて眠たくなるだけだった。今ならもっと楽しめると思う。いや、もしかしたら昔を思い出して眠ってしまうかも。
星を見るのは好きだ。知識がなくても美しいものは美しい。でも星座の知識を得た今なら、もっと楽しむことが出来るはずだ。
最後にプラネタリウムを見たのはいつだったか。近所でやってるところあるかな。ソロプラネタリウム。案外アリじゃない?