最後の晩餐は何にする?なんて、もう何万回も言われたであろうセリフを僕は頭に浮かべていた。
沈黙があっても苦にならない関係性がいいなんて言葉もあるけど、まだ君のことをあまり知らない僕にはこの言葉は響かない。
僕が頭に浮かべていた言葉を君に話そうとした時、君は先に口を開いた。
「明日世界が終わるならどうする?」
僕達は似た者同士だ。同じ空間で、同じ沈黙の中、同じようなを事を考えていた。
僕は冷静に言った。「好きな人と過ごしたいと思うよ」と。
「ふーん。」と君は言って続けた。「私は、君の鼻の横にあるホクロを取りたい」
「え?」僕はちょっと理解が出来なかった。
「その、主張の強いホクロを取りたいの。お金の事は気にしなくていいし」
「それが、最後にやりたいこと?」僕はなんかよくわからない顔になってる気がする。
「うーん。別になんでもいいんだけど、なんかスッキリしそうだなと思って」
咲きかけていた恋の蕾がポロッと取れた気がした。
もう何年経つだろうか。
お別れの言葉など無く、最後に話した内容も覚えていない。突然いなくなってしまったから。
金木犀の香りをかぐと、あなたを思い出します。
笑った顔も少し困った顔も。
あれだけたくさん過ごしたのに、記憶の中のあなたはもう、少しずつこぼれ落ちています。
覚えていた記憶はどんどん剥がれて、小さくなっていってるみたいです。
あなたの仕草や、癖も、よく聞いていたその声も、僕はうまく思い出せない。
もう僕の中にあなたはいないのかもしれない。
また会いたい。また笑顔がみたい。
また、その声が聞きたい。
その時、あなたの声がしたような気がした。
かすかに聞こえたその声は風の音だったのかもしれない。
僕は目を閉じた。
サラサラと木の葉が揺れる。鳥の声もする。遠くで車の音もする。風の音も。
あなたはまた僕の中で少し困った顔をした。
またあなたは小さくなった。
どろだんごをピカピカにする事に一生懸命だった俺は、健が後ろに来たことに気付かなかった。
「よー」健の声にびっくりしてどろだんごを落としそうになった。硬くて綺麗などろだんごを。
「おー」俺は何事もなかったかのようにピカピカにする作業を続けた。
「俺さ」健は立ったまま言った。「真奈の事好きになっちゃった」
「知ってる」知ってたんだよそんな事は。いつも一緒にいるんだから。
「だと思った」健は笑った。そして、俺の隣に座った。「なぁ、ピカピカのどろだんごの作り方教えてくれよ」
校庭の端っこで俺達二人は、恋とどろだんごの事を話した。青い空は昨日と同じ色だった。
僕のトナリには黄昏れた美紀がいた。
そっと手で頬に触れる。少し温もりが伝わる。
美紀はこっちを向かなかったけど、視線も真っすぐのままだったけど、意識が向いたのはわかった。
いつもよりも輝いている目は、きっと涙を流した名残りだろう。
何も言わないけど、僕は微笑む。
美紀は見ないけど、僕は思う。
今日もきっと僕はトナリにいるだけでいい。
喋ることはしないし、抱きしめることもしない。
一人じゃないって美紀が知ってる事が大事なんだ。
もう温もりも冷めた手で僕は自分の頬に触れた。
顔が温かいのか、手が冷たいのかわからなかった。