【鐘の音】
この場所で泣き出してから休みなく泣き続けてきた
呼吸の仕方を教わっていないから
子守歌替わりに聞こえる暴言の意味も分からないから
どこかの物語のように助けてくれる人もいないし
僕に足を止める人もいないことも分かっていた
だから目をぎゅっと瞑って
誰も居ないどこかに行きたいと願った
夢の中で訪れた地図に載っていない
どこかの街の大きな時計台
柔らかな風が葉を揺らす音と共に聞こえる鳥のさえずり
時計台の主は大きな髪を風に靡かせて僕を見て微笑む
世界の全ての光が彼女から生み出されるようだった
今まで触れたことも無い温かな光に
自分が消えてしまうかと思うほどに
誰も居ないどこかを願ったはずなのに
そこは僕と彼女2人の世界だった
何百年も前から続く素敵なおまじないらしい
誰もいないはずの時計台が鐘を鳴らして
それを合図に歌いだす彼女
誰にも祝われたことの無い生を
初めて祝福された気がした
誰かの世迷言さえも本物に変わる瞬間だった
幸せも束の間、目覚めの怒号が世界を壊していく
思わず手を伸ばす僕に変わらず微笑みをくれる彼女
『また逢えるから』そう言われた気がして
勝手に片側だけの約束を結んだ
目を開いていつもと変わらない景色の色を見る
だけどもう涙は止まっていた
2024-08-05
【つまらないことでも】
ずっと独りで過ごしてきてさ
紡げる言葉なんてたかが知れてて
きっと素晴らしい言葉に囲まれているきみには
とても退屈なものだろうに
こんなつまらないことでも
いつもと寸分違わずきみは笑ってくれる
2024-08-04
【目が覚めるまでに】
何度も命を亡くす夢を見ていた
歪んだ視界越しに潰れた自分を幾度となく見下ろした
物心がつく前からかけられた
呪いの言葉が蝕んで見せる風景
結末がわかっている夢でも現実よりよっぽど幸せだった
いつからかそばに居てくれた安息をくれるウタ
意識を失う間際に手から伝うその体温に
どれだけ救われることか
カタチを持たないきみに触れられる唯一の時間
僕を何度も貶める人間がひしめきあう現実に
この時間以上の幸せがあるのなら教えてよ
僕の目が覚めるまでに
もう居ないはずの僕が今日も誰かに殺される前に
2024-08-03
【病室】
誰にも聴こえない声がきこえるらしい
誰にも見えないものが見えているらしい
真っ白い空間で完璧に管理され
他者と違うのだと強制的に自覚させられる
果たしてどちらが治療を受けているのか
皆自分勝手に僕が期待通りの言葉を行動を取るものだと
白い色が正だというくせに
その内に孕んだどす黒い色が口を動かして
好き勝手に部屋を汚い色で染めていく
そうやって押し込められるほどに
遠かった声も瞼の裏の色も存在感を増していく
人間となにかの狭間で呼吸が窮屈になっていく
僕が居なくなることが正しいのならそうしてしまおうか
毎日の診察でもう限界のはずなのに
耳元まで近づいた声が僕をどうしても引き留める
もしこの声に捕まったら終わりが来るのならどんなに幸せなのか
点滴で流し込まれる”正常な人”の思考回路が混ざりこんで
ここが現実なのか夢なのかもはや僕にはわからない
目前に迫っている綺麗な色がまだ生を歌うから
注ぎ込まれる偽物の栄養に抗って
真っ白い壁を汚い汚れがしみ込んだ壁を彩る
くぐもった思考回路でさえ救いが
どちらにあるのかは明白で
こんな囲まれた場所から抜け出すためきみの手を取った
2024-08-02
【明日、もし晴れたら】
ぽつりぽつりと落ちる音
裏腹に浮かび上がる心の音
誰に伝えるでもなかった言葉を
自分だけでも忘れないように呟いたら
雨粒に混ざって地面に色を付ける
雨の日だけはずっと変わらない
まるであの時をずっと取っておいてくれるきみのように
でも変わらないものなんてないことも分かっていて
僕もそれになってしまうのがどうしようもなく怖いから
だから明日、もし晴れたらきみに逢いにいこう
どんなに景色が変わっても
僕はあの時と変わらない気持ちでいると伝えに
2024-08-01