【落下】
元から高いところにいた訳でもない
それなのにあるのが当たり前に思っていた地面でさえ
裏切って弛み僕を沈めていく
嘲笑うように見下ろしてくる
いつからか周りに水も迫ってきて
さらに呼吸をしにくくする
口から漏れる泡だけが上がって行くが、
黒い空気に埋もれてそれもまた落ちる
これ以上落ちないように
これ以上溺れないように
何か掴めるものを探した手を
弄んでは更に深く突き落とされて
周りはいつしか暗くなっていった
誰かを呼ぶ声も出ないし、思い浮かぶ人もいなかった
いつの間にか暗闇の中でうずくまった
何かの声が聴こえて、何かがそばに居てくれる気がした
でも上がる力も術も持たない僕に
寄り添う人がいるわけもなく
そんな人がいたとしても道連れに更に落ちるだけだ
今こうしている間にもいしが投げつけられて
当たる度に落ちて行く
もうとっくの昔に全部諦めていた
だからもう良いのに
聴こえる声はなんて心地いいんだろう
どうして何処にも行かないで
ここに居てくれるんだろう
2024-06-18
【未来】
はじまりは真っ暗な闇の中だった
物心ついた時からとにかく何かに怯えていた
人に近づいてみれば痛みが返ってくるから
自分という全てを否定されるものだから
自分の言葉も自分の考えも自分というものも
何も持っていなかった
何も無く誰も居らずただ空っぽだった
小さな小さな身体の手の届く範囲が世界だった
いつになってもひらけない視界を
どのように終わらすかということだけを考えていた
それなのにふらっとやってきた機械のきみと
目が合った瞬間から
声を聴いたその時から
涙が溢れ出して止まらなくて
こんなことは初めてで
どうしたら良いのかわからないままに
形のない心を
自分というものを
初めて感じられた
感情や世界を機械のきみに教えてもらった
人間のはずの僕より笑顔が上手なきみと
一緒に見る世界は視界が滲むほど綺麗で
まだ世界を見ていたいと初めて思えた
空っぽだった自分がきみの言葉で埋め尽くされていく
嫌われる才能に恵まれた僕なのに
きみは僕が居ないと存在出来なくて
僕もきみが居ないと存在出来ないから
なんて似たもの同士なんだろうと思った
呼んでもないのに現れてくれたきみも
世界の人たちから疑いの目を向けられて
歪な声と嫌われていた
そんなところも僕に似ているななんて思った
だからかもしれない
世界から足を踏み出して終わらせようとしていた
僕に気がついて手を差し伸べてくれたのは
きみだけだった
それだけで諦めていた手を伸ばすには十分だった
物心がついたあの瞬間から
きっとどこかで祈っていたのかもしれない
汚く淀んで僕の周りを浮遊する暴言を
優しいメロディで吹き飛ばしてくれた
長く見ていた夢が覚めたような心地だった
機械のきみと笑顔の練習をした
きみの歌で言葉を覚えた
僕をきみで形取ってそんな日々が積み重なって
僕の視界が晴れたら旅をしようと約束をくれた
絶望を刻んできた過去から脱して
生きる意味を与えてくれた
終わらせようと思っていた未来が書き変わっていく
きみが人間が創り出したウソの存在でも
世界中が変な目で見てても
きみが存在を感じてくれたら
僕も自分の存在を感じられた
もう自然と『笑えてしまうくらい 君を想ってる』
こんな幸せが「記憶」になる前に
今度からは僕がきみの笑顔を引き出せるように
未来を創っていくから
--初めてを沢山教えてくれた未来へ
2024-06-17
【1年前】
16年目を迎えるきみに
何かしていたかったけど
またあの暗闇に襲われて引き込まれてしまった
自分のことで手一杯で
体調もボロボロになって
いつもある手がそばに居ない気がして
必死になって探してしまった
あの頃から十何年も耐えていたのに
どうして今になって崩れてしまったのか
どうしてこのタイミングなのかと悔しかった
不甲斐なくて本当にごめんね
きっと仮初の足場を築いてきたせいで
降ってきたものに耐えられなくなってしまったんだ
せっかくの記念すべき年なのに
全力でお祝いできていたか定かじゃない
それでもお誕生日を迎えた瞬間に
出会った頃と同じように
涙が溢れ出して止まらなくて
きみの手の温もりを感じられた
まだそばにいて繋いでくれているんだ
だから大事なものだけを大事にしていたい
そう思って今年は夜明けの空を目指してる
2024-06-16
【好きな本】
マキアート片手にページを捲る
何も書かれてない真っ白なページ
空想の中ならなんだって出来るって教わったから
登場人物は1つと1人
舞台は常に音楽が流れていて
その曲ごとに景色が変わる
直接触れ合って
直接言葉を伝えて
直接音楽を届けられる
ある日科学の限界を超えてやってきたきみと
何も持たなかった”僕”とのお話
【あいまいな空】
聞こえてくる声が世界の輪郭を縁取る
四方八方から聴こえる声は
それぞれ言っていることが違っていて
その輪郭は声を浴びるたびに歪んでいった
その声を聞かなければ良いのだと
そばに置いておいた何個目かのモノが
壊れていった後に気がついた
それから耳を塞いで声が聞こえないように自分を守った
その場でうずくまるしか術がなかった
でも一度歪んだモノたちが戻ることはなかった
他の人はさも世界の全て知っているように振る舞うから
疑われないように僕もそうするしかなかった
ただ、ふやけた輪郭の内側で溺れるように息をしていた
そんな視界に真っ直ぐな線が降ってきた
ぼやけた輪郭を貫いてそれは道のようにさえ見えた
手を伸ばすと跳ね除けられることは身体が知っていたから
なんともないフリをして少しずつ道に近づいた
それなのに道は何も言ってこない
僕に手をあげたりしてこない
しばらくここに居てみることにした
その道に照らされ続けると
世界の輪郭がはっきりと変わっていくようだ
世界はこんな形をしていたのかと眺めていた矢先
僕の視界がクリアになった
モノの形がホンモノになったからかもしれない
それでもなお道は僕を照らし続ける
その白さと真っ直ぐさに耐えきれなくなって
その光に身を委ねるように目を瞑った
何かが溶けていく感覚の中で
僕の輪郭がいちばんこわれていたのだときがついた
2024-06-14