【112,お題:冬になったら】
冬になったら、またあなたに会えますか?
冷たく滑らかな氷のような白肌、冬の夜空を閉じ込めたような藍色の瞳
風になびく銀灰色の髪に、寒夜の猛吹雪のようなそれでいて
触ればたちまち溶けて消える雪の結晶のような淡く儚い雰囲気を纏った銀髪の乙女
私の心を拐うには十分すぎる美しさでした
あなたは、冬が終わればどこか遠い所に行ってしまうのだという
震え声で問う私に、あなたは答えた
「冬になったら、またあなたに会えますか」
「ええきっと、会えると思いますよ」
それっきり、あなたの姿を見ることはなかったけれど
冬になったらきっとまた会える
その言葉を信じ、私はこの場所であなたを待ち続けます
【111,お題:はなればなれ】
私には双子の妹がいたんだと、それを伝えられたのは18歳の誕生日だった。
大人子供関係なく、人間という生き物は思いの外高く売れるらしい
貧しさに耐えかねた私の実の両親は、まだ幼かった私と妹を人買に売ってしまったそうだ
何度か居場所を転々として、たどり着いたのがこの今の家だと言う
にわかには信じがたかった、実際教えられたところでそれを証明出来るものはないわけで
両親ですら人伝に聞いただけであり、私を引き取った時には既に妹は居なかったそう
結局のところ、あまり信じてはいなかったのだ、両親だと思っていた人が他人だった
自分が養子で実の子供ではない、そこには少し驚いたが、言ってしまえばそれだけだった
実の子でなくとも、私の親は間違いなくこの人たちでそれはこれからも変わらない
妹がいた、ということもやはり”それだけの事”に過ぎず
その事実を頭の片隅に押し込んで、たまに思い出しては
「どんな子だったんだろう」「一緒にいられたらどんな生活だったんだろう」と
軽く考えを巡らせ、いつか答え合わせが出来たらなぁ、と想いを残し日々を浪費していた。
だが、答え合わせは思いのほか、早く出来ることとなる
晴れた日だった、とても天気がよかったから外に出て散歩をしてたんだ
近くにある、自然に咲いたラベンダーのお花畑 そこに、あなたは居た
大量のラベンダーに埋もれるようにして座り込んでいた
ちらりと見えた横顔は、自分がもう1人居るんじゃないかと思ったほどにそっくりで
そんなわけない、と思いながらも教えられていたその名を呼ぶ
「...ルミア...?」
「えっ、嘘でしょ...もしかして、ノア?」
真ん丸に見開かれた目は、ますます自分に似ている
信じられないような顔をして、パタパタとこっちに走ってくる彼女を目に
ああでも、背は自分の方がちょっと高いかな、なんて考える
「ルミア...本当にルミアなのね!」
「ノア!やっと逢えた、お姉ちゃん!」
ラベンダー畑の真ん中、2人手をとってはしゃぐ
”お姉ちゃん”呼ばれた記憶はないのに、やけにその呼び名がしっくりきた
「ずっと逢いたかった...」
「私も、ずっとずーっと探してたの!」
ぎゅうと強く抱き締めながら、もうはなればなれになりませんようにと願う
実親が今どうしているかは分からない、ただようやく巡り逢えた血縁を、もう手放さないように
「ねぇ、ちょっと一緒に来ない?見せたいものとか...あなたに話したいことが沢山あるの」
「私もいっぱいお話ししたい!いいよ一緒に行こう?」
手を繋いで歩く2つの影は、今までにないほど幸せそうだった
【110,お題:子猫】
街の中心部の騒がしさから、少し離れた町外れの路上
簡素な住宅街と中心街程ではないが、数々の屋台が並ぶその場所で
ぐったりと、力を失ったように壁にもたれている男がいた。
彼は若い青年であった、故郷の村を追い出され、あちらこちらと彷徨ったのち
流れ流れでこの地にたどり着いた浮浪者である
持ち物は村を出た際に、持ってきてしまったガターナイフと今着ている物のみで
それすらも土埃やシミなどで薄汚れている
酷くくたびれたその姿は、鮮やかに賑わう市場ではどうしても浮いてる
厄介事に巻き込まれるのが嫌なのだろう、誰も青年に声を掛けることはない
皆一様に横目で見るだけで、ほんの一時哀れみを見せたあと、すぐに何でもない事のように前を見据えるのだ
「...何だよ」
すっかり街の風景と同化した彼に、今日は珍しくお客さんのようだ
「みゃあ」
「あぁ?...食いもんは持ってねぇぞ」
路上で壁にもたれかかっている青年に声を...否、鳴き声を上げたのは、薄汚れた灰色の子猫だった
小さな前足で、てとてとと危なっかしく青年の方へ歩いてくる
「何だよ...おいこっちくんな」
その言葉を無視し子猫は青年の隣まで歩くと、ふんすと満足げに座り込んだ
どうやら退く気はさらさら無いらしい
手を伸ばすと、警戒心の欠片もなくおとなしく撫でられて、ゴロゴロ喉を鳴らす子猫を
青年は呆れたような、気が抜けたような眼差しでじっと眺めていた
それは、久々に見せた穏やかな表情だった
「お前腹減らねぇのか?」
「んなんな?みぁぁ~」
「だよなぁ、俺も腹減ってんだ」
こんなとこで不貞腐れるのもいいが、そろそろ前に進んでみようか
小さな命の温もりを感じながら、ふと思う青年であった
【109,お題:秋風】
秋の風は冷たい、手袋を付けてない指が悴んで痛い
鼻や耳を叩いて去っていく、容赦ない秋風の猛攻
「寒っ」と思わず口に出しながら、身体を温める目的も兼ねて約束の場所へと走る
肺に入る酸素すら冷たく痛く、マフラーで口元を覆って早足で進んだ
約束の場に君を見つけ、ヤバい遅れたと思いながら「ごめん遅れたぁー」と呼び掛ける
「遅い!」とむくれている君に「ごめんねぇ今日奢るからぁ」と謝って手を繋いで歩き出す
「手冷たっ!?」と言われたのは聞かなかったことにしよう...
くしゅっ、と一つくしゃみをすると、そっぽ向きながらも「ん」とポケットティッシュを渡してくれる
「寒いねぇ~」と何気無く言った言葉に、「そうねぇ、もうそんな時期かあ...」と当たり前に返してくれる人が居る
秋風は冷たくて寒くて苦手だけど、誰かと一緒に居る温かさを感じることが出来るから...
一概に嫌いとは言えないなあ
「ふ、ふふっ」 「なに笑ってんの、気持ち悪いわよ」 「ん~?べーつにっ?」 「何か腹立つ言い方ね」
上機嫌で歩く秋風の日、冷えきっていた手は今はほんのり温かかった
【108,お題:また会いましょう】
「また何処かでお会いしましょう」
最後の別れ際、彼から渡された言葉はほんのそれだけ
「運命とは不思議なものです、何度だって巡り会えるものなのですよ」
それは、その言葉を言って良いのは未来がある人間だけでしょう?
「私はあなたのことを思っています、いつかまた会える日を心待ちにしておりますよ」
でも、相変わらず嘘は下手なのね
「また何処かで、」
『ええ、分かっているわ』
今度は、身分の差など無い世界で
『また会いましょう』
ガコン
刃が落ちた処刑台、シンと静まった群衆、鼻を突く赤錆の香り
彼の最後を見届けた彼女は、誰にも聞こえないよう呟いた
『きっとまた会いましょう、あなたは嘘は付かないものね』