【110,お題:子猫】
街の中心部の騒がしさから、少し離れた町外れの路上
簡素な住宅街と中心街程ではないが、数々の屋台が並ぶその場所で
ぐったりと、力を失ったように壁にもたれている男がいた。
彼は若い青年であった、故郷の村を追い出され、あちらこちらと彷徨ったのち
流れ流れでこの地にたどり着いた浮浪者である
持ち物は村を出た際に、持ってきてしまったガターナイフと今着ている物のみで
それすらも土埃やシミなどで薄汚れている
酷くくたびれたその姿は、鮮やかに賑わう市場ではどうしても浮いてる
厄介事に巻き込まれるのが嫌なのだろう、誰も青年に声を掛けることはない
皆一様に横目で見るだけで、ほんの一時哀れみを見せたあと、すぐに何でもない事のように前を見据えるのだ
「...何だよ」
すっかり街の風景と同化した彼に、今日は珍しくお客さんのようだ
「みゃあ」
「あぁ?...食いもんは持ってねぇぞ」
路上で壁にもたれかかっている青年に声を...否、鳴き声を上げたのは、薄汚れた灰色の子猫だった
小さな前足で、てとてとと危なっかしく青年の方へ歩いてくる
「何だよ...おいこっちくんな」
その言葉を無視し子猫は青年の隣まで歩くと、ふんすと満足げに座り込んだ
どうやら退く気はさらさら無いらしい
手を伸ばすと、警戒心の欠片もなくおとなしく撫でられて、ゴロゴロ喉を鳴らす子猫を
青年は呆れたような、気が抜けたような眼差しでじっと眺めていた
それは、久々に見せた穏やかな表情だった
「お前腹減らねぇのか?」
「んなんな?みぁぁ~」
「だよなぁ、俺も腹減ってんだ」
こんなとこで不貞腐れるのもいいが、そろそろ前に進んでみようか
小さな命の温もりを感じながら、ふと思う青年であった
11/15/2023, 10:55:01 AM