【92,お題:暗がりの中で】
壊れかけの蛍光灯が点滅している
生きた人間の気配なんて微塵も感じない、そんな暗がりの中
「兄ちゃぁぁぁん!どこぉぉ!」
ぐすぐす嗚咽を上げながら、年端もいかない少年が歩いていた
「うぅ...ッ...兄ちゃんッ!うあああっ」
いつからここにいるんだっけ、きのう?そのまえ?
まだそんなにたっていない気がするのに、もう何日もここにいるような気もする
おなかすいた、足もいたい、かえりたいよぉ
『#@8/*=?ー=-??;*8@92#(%:』
「な、なに...?」
『#8/+#@ナ、ナ...ナナナニ*%;(?!+』
「だれか...いる?」
『#%&:(イ、イッイイル...イル、イルヨ(%&!=+[』
「...だれ」
『アソボ アソボ』
『コワクナイ コワクナイ』
『コイ コイ』
『オマエ モ ナ カ マ』
「ッ...えっ」
ガッッシャアアッッッン!
窓に映った灰色の満月、それを粉々に蹴破って誰かが入ってきた
赤い髪、左手に構えた霊刀、そして自分に良く似た顔立ち
ビッ
『ヴグォオォ!オッオオオオオマ オマエ モ ツレ[!:):**%))』
...グシャッ
瞬きする間も与えずに、目の前の霊を叩き切った人影
それでもなお呻く肉塊をブーツで踏みつけ、湿った音が響いた
「兄ちゃん!」
「雷、怪我はない?」
暗がりの中、慌てたように駆け寄り聞いてくる
「平気!」と答えると「良かった」と安堵し、それからすぐ表情を引き締めた
「早く外に出て!そこの階段を下りてすぐだから!」
手を引かれ階段を駆け降りる、外に出た瞬間後ろの建物が地響きを立てて崩れた
「あ、危なかったぁ...」
心の底から安心したような笑顔で笑う兄
雷も釣られて笑い、ふと自分が今すごく空腹なことに気付いた
「お腹空いたね~、雷どっか行きたいとこある?」
言う前に先回りされ少々驚いたが、何でもいいと答える
「じゃあ、お寿司とか行ってみよっか」
暗がりの中、手を繋いで歩く兄弟の姿があった
【91,お題:紅茶の香り】
とぽぽ、という小気味良い音とともに、辺りに広がるフローラルの香り
...この匂いは
「まぁた紅茶、しかもカモミール?」
「!...バレたか...」
小さく苦笑しながら、コップに入った暖かな液体が運ばれてくる
手渡されたものを口にし、違和感に気付いた
「ん...?...これ、他になんか入れた?」
首をかしげもう一度、今度はよく味わって飲む
「なんだと思う?」
「っあ!もしかして...リンゴ?」
「お、当たり」
昼も夜もなくなった、暗闇に閉じ込められた世界では植物なんてほとんど育たない
肉や魚はとんでもない貴重品だ、ましてや植物、果物なんてまずお目にかかれないような超超高級品
「はぁ!?そんな高級品どこで...」
「ん、ちょっとね」
どうやら答える気はないらしい
「てゆーか、ルカはずっとカモミールばっか飲んでるよね?飽きない?」
コクリと喉を鳴らし、ルカが口を開いた
「お気に入りなんだ、他のハーブティーも好きだけど...これは特別だからね」
「ふーん、別に紅茶嫌いじゃないけどたまには他のも淹れてよね、ホットミルクとか!」
「...それはエドが甘党なだけじゃ」
「ばれた?砂糖多めで頼むよー」
「砂糖もミルクも貴重品だと言うのに...」
しばらくお互い沈黙し、淡々とカモミールティーを飲み干す
と、唐突にエドが声を上げた
「ねぇこれって、紅茶とハーブティーどっち?」
「んんん...?ハーブ...ティー...?かなぁ?」
「紅茶も葉っぱ使ってない?」
「そう言われると、なにも言えないねぇ」
「ハーブってなんだっけ?」
「薬とか香料に使う草全般を指すらしいよ」
「...もしかして、紅茶もハーブティーも同じ?」
「それ私も思ったところ」
また沈黙、視界からの情報が無い以上、話のネタは尽きやすい
少しし、またしてもエドから口を開いた
「......もうこれさ、どっちかに決めない?紅茶か、ハーブティーか」
「紅茶」
「あ、奇遇僕も紅茶」
.................。
「「.........もうこれでいいか」」
紅茶の香りがフッと鼻を撫でていく、静かな夜の外気の中
ただ二人の姿だけが、なにも変わらずそこにあった
【90,お題:愛言葉】
「おはよう」「おはよう」
「いってきます」「いってらっしゃい」
「ただいま」「おかえり」
「いただきます」「どうぞ召し上がれ」
「おやすみ」「おやすみ」
何気ない日常会話、その全てが
僕と君の『愛言葉』
【89,お題:友達】
『私は、いつか海を見てみたい』
それが、友達の最後の最後の言葉だった。
ザァァァァァァァ.........
冷たい雨粒がアスファルトを打つそんな夜
友達はその硬いアスファルトの上で、動かなくなった
「みゃぁ......ぅにゃおぉ...」
前足で引っ掻こうが、耳を噛もうがピクリとも動かない
いつも頭を撫でてくれた手は、石のように硬くなって地面に落ちている
共に眠りについた時暖かかった身体は、今はほんの少しの温もりも残っていない
目は濁りきって、悲しそうに地面を眺めていた
『私は、いつか海を見てみたい』
海がなんなのか、この猫は知らない
しかし、この友達がもう自力で動けないことは猫でも理解できた
ならば、自分が海を持ってくればいいのだ
猫は走り出した、今は亡き友の願いを叶えるため
【88,お題:行かないで】
俺には父親が居ない、母さんが言うには事故で亡くなったらしい
だから俺はずっと母さんと二人暮らしだ、ずっと...
幼い頃の記憶は全く無い、この場所で、俺と母さんの家で
決して裕福ではないが、毎日楽しく過ごしていた
俺にとって母さんは誰よりも頼れる人だった
女手一つで俺を育ててくれた、嬉しいことも悲しかったことも一番最初に話したのは母さんだった
嬉しそうに今日あった出来事を語る俺に、母さんは笑って「じゃあ今日は、歩の好きなカレーにしよっか」と言ってくれた
この先何があっても母さんは俺の味方であってくれる、そう思っていた
...あの日までは
「ん...今何時だ...」
いつもよりも早く目覚めた朝、枕元の時計を見ると朝の4時
起きるのにはちょっと早いが、朝ごはんの準備でも手伝おうと思い、のろのろと上体を起こす
異変があったのは、その直後だった
ピーンポーン......ドンドンドンッッ
まだ朝の4時だ、にもかかわらずドアの向こうが騒がしい
何度もインターホンの音が鳴った、また酔っぱらいが部屋を間違えたんだろうか?
「警察です!ドアを開けなさいっ!」
警察、その言葉に寝起き直後の甘い熱が一気に覚めるのを感じた
ドアを殴り付けるように叩く、警官の口調は厳しい
止めてください!母がそう叫ぶのが聞こえた
...ガチャン!
ドアノブの回る音、警官が入ってきたんだ
「!ッ母さんっっ!」
警官が発している威圧的な大声は怖かった、でもそれ以上に母が何かされるという恐怖の方が強く
その恐怖に突き動かされるように、叫びながら扉を開けた......しかし、俺は警官に飛びかかることはせず
目を見開いて彫像のように動きを止めた、目の前の光景が信じれなかった、否、信じることを脳が拒否していた
「...は......?な、んで...?」
そこでは、警官に手錠を掛けられた母が、連れていかれようとしていた
「まって...なんで母さんが!母さんはなにもしてない!」
「落ち着いて、少年!」
「なんで!何でだよ!やめろっ!どうして、母さんっっ!!」
母さんが連れていかれる、最愛の母が、唯一の血縁が
殆ど悲鳴に近い絶叫を上げ、母を連れていこうとした警官に掴みかかった、引きちぎらんばかりに力を込めて母から引きはなそうと必死になる
だが、子供の力では鍛えられた警官にはかなわない
俺は為す術なく引き剥がされた、母は
「ごめんね、歩」
泣きながらそう言って、そのまま連れていかれた
「母さん!母さんっ!嫌だ!行かないで」
警官に羽交い締めにされながらも必死で叫び手を伸ばす
「落ち着いて、大丈夫だから」そんな声も全く耳に入らない
千切れそうなほど伸ばした腕は虚しく空を掻くばかりで、母には届かなかった
そして扉が閉まり、母は見えなくなった
その後聞いた話だが、俺が母親だと思っていた人物は
実際には血縁関係の無い他人で、幼い頃スーパーで1人になった俺を誘拐し
自らを母親だと偽って、ここまで育てたらしい
動機は、自身の子供が事故で亡くなり、俺がその子供にそっくりだったことから衝動的に...ということらしい
俺の本当の親は、父母ともに仲も良く。俺が誘拐された時から12年間ずっと諦めず、俺のことを探していてくれたそうだ
「翔太!あぁ良かった...ごめんねぇ、あの時私が目を離したからッ」
”翔太”が自分の本当の名前であること、目の前で泣き崩れているのが自分の本当の母親であること
それらを理解するのに数秒かかった
「大丈夫だったか翔太?変なことされてないか?」
目に涙を浮かべて、良かった良かったと笑う俺の父親
その顔はどこか俺に似ていて、眼鏡をかけた優しそうなタレ目が俺のことを見つめていた
「良かった...翔太が無事で...ッ」
「帰ってきてくれて嬉しいよ...お帰り、翔太」
知らない名前で俺を呼ぶ、知らない顔の両親
普通の子供なら両親に飛び付き、泣きながら今までのことを語るんだろう
でも、今までの俺にとっての母親は間違いなくあの人で
あの人から貰った、愛情も思い出も間違いなく本物で
「翔太?...大丈夫?」
違うよ...俺は、俺の名前は...
「きっと疲れてるんだろう、今日は早く休もう、何か食べたいものはあるか?翔太」
「そうね、何でもいいのよ翔太、遠慮しないで」
「カツ丼とかどうだ翔太!」
「それは貴方が食べたいだけでしょ!」
俺の好きなもの...
『おれ、母さんのカレー大好き!おいしい!』
『嬉しいこと言ってくれるじゃない!母さん、カレー得意料理にしようかな~』
.........
「寿司もいいよなぁ...あ、でもこの時間だと混むか」
「......がいい...」
ぼそりと発音した俺の声に二人が反応した
なになに?何がいいの?と、嬉しそうに聞いてくる
「......カレー...がいい」
「カレーね!じゃあ材料買って一緒に作ろうか」
「......うん......」
本当の親との再開を喜べないのは親不孝ですか?
犯罪者だった、偽りの母親にまた会いたいと思ってしまうのはいけないことですか?
俺は...
「味はどう?翔太」
「...うん、おいしいよ」
久しぶりに食べた誰かの手作りカレー、俺の大好きな母さんのカレー
「...ッ...」
それは酷く、涙の味がした。