【77,お題:子供のように】
「...あ」
仕事からの帰り道、なんとなく帰路を外れて歩いていると
ふと感じた懐かしい気配に思わず引かれて足を止めた
「うわ、まだあったんだ...」
そこは廃れた廃墟ビルと、子供の頃よく通った駄菓子屋に挟まれた細い路地
確かここを抜けてしばらく歩いたところを秘密基地に改造して遊んでいたんだっけ
久しぶりに感じた子供のころように純粋な好奇心
まだ残っているだろうか?そもそも同じ場所にたどり着けるんだろうか?
心の奥底から泉のように湧き出てくる
大人になるからって押し込めた子供心が、「行こうよ」と手を引いていた
「行くか」
今俺はスーツ姿だ、もし汚したらクリーニング代がかかるし
もし破きでもしたら新しく買う羽目になる
だが
別にそんなこと「子供の俺」には関係ない
「行くぞ...よーい、どんっ!」
ワクワクが込み上げてくる、前屈姿勢から勢いよく飛び出してそのまま草むらに突っ込んだ
記憶では、ここを通って裏路地のブロック塀を越えた先だ
社会人となって3年目、会社での理不尽も先輩から聞かされる上司の愚痴も
軽く受け流せるようになって、働いて食って寝て毎日がその繰り返し
それでも、まあそんなもんかって疑問を持てなくなっていく
笑うことばっか得意になって、思ってもいない偽善がスラスラ口から流れ出てくるようになった
会社も人間関係も全部俺にとっては”それだけのこと”で、欲しいものも何を大事にしたいのかも分からなくなっていく
「...ッあははっ!」
おぼろげな記憶をたどった先には、あの頃と何一つ変わらない秘密基地があった
「マジかっ!すげぇーっ、全然変わってねぇじゃん!」
もう大人なんだから、もう子供じゃないんだぞ、呪いみたいに何度も言われた言葉
んなこと分かってるよ、でもさ!
「うおっ!このシミ俺がコーラこぼしたやつじゃね!?あ、こっちのは勇斗が付けた傷!
...やべー、めっちゃ懐かしすぎる!」
今はまだ、子供のように無邪気にはしゃいでいたい
【76,お題:放課後】
放課後、西日の眩しい教室で 私は彼を見つけた
半透明に透けた体 どこか物憂げな表情で
いつものようにくしゃっと顔を歪めて困ったように笑う
「なんで...?」
「千夏...おれ、死んじゃった...」
ごめんねぇ、力なく笑いながらポロポロ涙を溢す
生前と何ら変わらない姿の、私の幼馴染み
なにも言えない、突然行方不明になってようやく会えた時には
すでにこの世のものではなくなっている、なんて
「千夏...?」
言いたいこといっぱいあったのに、君がいない間どれだけ心配したかとか
どんなことがあったとか、なんで...こんな
「...ッ、こんなのってないよ...」
ボロボロ涙が溢れて止まらない
ぶん殴ってやろうと思った手は、虚しく空を掻いて
もう彼は死んだ、この世に存在しないって無理やり理解していくようで
「...ごめんね...」
もう一度彼が言った、西日の差す教室に小さな嗚咽がこだましていた
【75,お題:カーテン】
カーテンを開いて、窓を開けて
「ああ、今日も良い日だ」って目を閉じて風にあたる
僕の日課、切り抜いた日常の1コマ
だけど僕にとっては
大切な朝の一時
【74,お題:涙の理由】
「起動しました。こんにちは、私は自立思考型AI”フウ-faux-”」
「-faux-...君の名前は今からゾーイだよ」
「ゾーイ...記憶しました。」
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「マスター、これは...」
「マスターじゃなくて、ノアって呼んでよ」
「では...ノア、これは何処に置けば良いですか?」
「うーん...向こうの方にお願いできる?」
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「じゃ、行ってくるねゾーイ」
「いってらっしゃい、ノアの無事を祈ります。」
「きっと帰ってくるさ」
「ノアが無事に帰る確率21%、戦死あるいは消息不明になる確率58%」
「縁起でもないこと言わないでくれよw」
「...本当に行ってしまうのですか?」
「...うん、命令が来ちゃったし何より、皆行くのに僕だけ行かないなんて出来ないよ」
「どうして自ら死に向かうのですか?人間は難しいですね」
「ゾーイ、もしかして少しは悲しんでくれてる?」
「まさか、私はAIです。感情機能は搭載されていません。」
「そっか、そろそろ行くね」
「ノア、貴方の無事を祈っています。」
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それから、数年の月日が経過した。
家に1人取り残された彼女は、毎日庭の手入れをし家の中を掃除して
ただひたすらに待ち続けた
けして嘘をつかない彼が言った、「帰ってくる」という言葉を信じて
彼女の脳内メモリから彼の姿が消えたことは、1秒たりともなかった
そして、その日は突然に訪れる
「...イ...ゾーイ...、...いる...?」
小さく聞こえた掠れた声に、彼女の音声認識機能は素早く反応した
「ノア、帰ったんですね。お帰りなさ...」
言いきる前に勢いよく抱きつかれ、ゾーイは思わず言葉を止めた
改めて彼の体をよく見ると、傷だらけだ
見えるだけでも無数の切り傷、打撲、熱傷
折れているのか、庇うように浮かされた左足
血が滲み汚れた包帯が、彼の両目を覆うように巻かれていた
「ノア...?」
「...よか、った」
耳元で聞こえた掠れた声、喉が潰れているのか満足に発音できないようだ
でも、声が震えているのはきっとそれだけではないんだろう
「よかった...ゾーイ、...生きててくれてよかった...」
「ノア、私は...」
そのときだ、彼女の体に異変が起きたのは
「私は、何故泣いているのですか...?」
彼女の体に感情機能はついていない、なのにゾーイの両目からは
まるで人間のように、ポロポロと涙が溢れていた
「...人間だから、だよ」
どこか、世界の彼方
人としての心を持った、ロボットのお話
【73,お題:ココロオドル】
両手で狐の形を作り、その手を重ね合わせる
『狐の窓』と呼ばれる、古くから伝わる呪いの一種だ
人には見えない者達を視るために作られたもので
人に化けた物の怪を見破れたり、この世ではない世界を覗き見れるといわれている
微弱な霊力しか持たない一般人が、遊び半分でやるならば問題はない
印の組み方もちゃんと出来ていない場合が多いし、何より霊力が強くないなら
よほどのことがない限り”あちら側”のもの達に、魅入られることはない
だが、霊力の強い人間がやるなら話は別だ
ただでさえ歴史の古い呪いだ、正しいやり方で使えば絶大な効力を発揮する
『ほウ...我の正体ヲ見破るカ、小僧』
呪文を唱えた瞬間、目の前の親友の姿は跡形もなく消え去った
その代わりにと現れたのは、金色の着物を纏い二足で立った狐だった
「ハッ、アイツの霊力は、テメェ見てえに禍々しくねえからな」
とはいえ、俺でも窓に頼らねえと見えなかった
恐らくこの狐、相当強いな
『これハ良い、人間ニ姿を見破らレるのハ久シぶりじゃ』
狐は肩を揺らし、愉快そうにクツクツと嗤った
『心踊ルのぉ小僧、貴様もそウ思わンか』
「さァ?生憎、俺は感情に疎くてね」
その場の空気がどす黒く、重くなっていく
暗闇に浮かぶ三日月は、血のように真っ赤に染まっていた