君と僕が一緒にいることは、当たり前だと思っていた。
笑って、泣いて、驚いて、時々ケンカして。これから先、どれだけ歳を重ねても、一緒に感動をシェアしていくんだって。
そう思ってた。
ひとりで食べるご飯は味気ない。映画は誰とも感想を言い合えない。
君と一緒に行った水族館。手を繋いで歩く家族、ベンチで肩を寄せ合うカップル。全ての光景が僕たちと重なる。息苦しくて、目の前が滲んできた。
「酸素」
2025/05/15
あなたが私を忘れても、私が覚えてる。
あなたが私を忘れても、また友達になる。
あなたが私を忘れても、また親友になる。
あなたが私を忘れても、また恋人になる。
あなたが私を忘れても、また夫婦になる。
海水が蒸発して雲になって、雨となり川を下って海へと再び流れ着くように。
私は何度でも「愛してる」を込めて、「はじめまして」って言うよ。
「記憶の海」
2025/05/14
「川の向こうへ行きたいなら六文だ」
頭の一部が欠けた船頭が、俺を見て歯をむき出してケラケラと笑った。
俺は気がつくと白い服を着て、この大きな川のほとりに立っていた。しばらくぼうっと立っていると、対岸から小舟がやってきて今に至る。
俺はズボンのポケットをまさぐるが、硬貨など入ってなかった。
「おや、持ち合わせがないのか?なら舟に乗せてやる訳にはいかねぇな」
何が可笑しいのか、船頭が再び大きく笑う。
するとその頭がボロボロと崩れ落ちた。船頭は慌てた様子もなく落ちた顔の欠片をかき集めると、慣れた手つきでその欠片をおにぎりのように塊にして元の辺りに押し付ける。塊は不思議と、再び顔にくっついたようだった。
「おめぇさん、こっち側は危険だぜ?向こう岸に渡れない、金の払えないやつは…。この川のほとりの番人共に、恐ろしい目にあわされるって噂だ」
その言葉に俺は焦って、今度は念入りに服の中をまさぐる。ズボンの前ポケットと後ろのポケット。胸元…。冷や汗をかきながら思いつく限りを探していると、やっとの思いで靴の底から音がした。
靴を脱いで五円玉のような小銭を取り出す。
一、二、三、四、五、六…。六文、ちゃんとある。
「はっ、大方棺桶に入れ忘れて、四十九日に届けてくれたんだろうよ。運が良いな」
船頭は六文を受け取ると、俺に一枚の紙を渡した。
「乗船券だ。大事に持っておけ」
俺はその言葉に頷いて舟に乗る。船頭は濃い霧に包まれた川の奥へと、ゆっくりと舟を漕ぎ始めた。
そしてたった一人の客のために、口上を述べる。
「本日はご乗船ありがとうございやす。本船は現世発、来世直通の舟となっておりやす。どうぞ、暫しの船旅をお楽しみください───」
「未来への船」
2025/05/12
付き合って5年、同棲して2年になる彼女がいる。2年経っても自分から彼女への愛は変わらず、絶えることもなかった。
同棲前と比べて変わったことは、彼女の事をただの恋愛感情だけでなく、人としてより信頼し、真剣に話し合えるパートナーだと思えるようになったことだ。
ここ最近は未来設計について話すようになった。お互いの給料から見て、引っ越すなら戸建てかマンションか、子供は何人欲しいか…。人によっては嫌がる話題かもしれないと怯えながらも口にすると、彼女も彼女の考えや希望を話してくれた。
一緒に未来を歩む事を望んでいると、話してくれた。
ある日、仕事の関係で帰るのが遅くなってしまった。
帰りが遅くなる日は必ず彼女に連絡をして、先に寝ているように伝えている。でもいつも彼女は「わかったよ」と返信をくれながらも部屋の電気をつけて、リビングで待っていてくれた。
「ただいま…」
帰宅して…、真っ暗な室内。いつもと違う、ひんやりとしたリビング。自分で部屋の電気をつけるが、いつもと変わらないリビングだった。でも彼女がいない。
今日は眠たくて先に寝てしまったのだろうか。…そういう日もある。と思いながらソファに座ると、テーブルの上に一通の手紙が。
宛名は自分になっている。
「手紙を開くと」
2025/05/06
同じ町内に住む男の子がいた。その子は私を「お姉さん」と呼び慕って、たまに家に遊びに来ていた。
ある夏の日。倉庫の中から古びたインスタントカメラと、専用のフィルムが出てきた。撮影すると直ぐに写真が現像されるものだ。
「お姉さん、なにそれ?」
男の子が私の手元のカメラを覗き込む。私はカメラである事を話すと、試しに男の子の写真を撮った。
真っ黒だった場所に、少しずつ男の子の姿が浮かんでくると、彼は目を丸くして驚いていた。
「お姉さんと一緒に撮りたい」
私は頷くと、男の子と互いに身を寄せて写真を撮った。しかしカメラのレンズが少し特徴的であるからか、なかなか二人を一枚の写真に収めることが出来なかった。
何度目かの挑戦で失敗したところで、男の子が閃いたように言った。
「お姉さんが写ってるのと、僕が写ってるのとをくっつければ、一緒に撮った風に見えないかな」
男の子の言う通りそれぞれが写った写真を並べてみれば、それは見事に一枚の写真を分けたかのような構図だった。
男の子は少し頬を赤くして嬉しそうに笑うと、その二枚を大事に持って帰った。
「青い青い」
2025/05/04