まよなか

Open App

「川の向こうへ行きたいなら六文だ」

頭の一部が欠けた船頭が、俺を見て歯をむき出してケラケラと笑った。

俺は気がつくと白い服を着て、この大きな川のほとりに立っていた。しばらくぼうっと立っていると、対岸から小舟がやってきて今に至る。
俺はズボンのポケットをまさぐるが、硬貨など入ってなかった。

「おや、持ち合わせがないのか?なら舟に乗せてやる訳にはいかねぇな」

何が可笑しいのか、船頭が再び大きく笑う。
するとその頭がボロボロと崩れ落ちた。船頭は慌てた様子もなく落ちた顔の欠片をかき集めると、慣れた手つきでその欠片をおにぎりのように塊にして元の辺りに押し付ける。塊は不思議と、再び顔にくっついたようだった。

「おめぇさん、こっち側は危険だぜ?向こう岸に渡れない、金の払えないやつは…。この川のほとりの番人共に、恐ろしい目にあわされるって噂だ」

その言葉に俺は焦って、今度は念入りに服の中をまさぐる。ズボンの前ポケットと後ろのポケット。胸元…。冷や汗をかきながら思いつく限りを探していると、やっとの思いで靴の底から音がした。
靴を脱いで五円玉のような小銭を取り出す。

一、二、三、四、五、六…。六文、ちゃんとある。

「はっ、大方棺桶に入れ忘れて、四十九日に届けてくれたんだろうよ。運が良いな」

船頭は六文を受け取ると、俺に一枚の紙を渡した。

「乗船券だ。大事に持っておけ」

俺はその言葉に頷いて舟に乗る。船頭は濃い霧に包まれた川の奥へと、ゆっくりと舟を漕ぎ始めた。
そしてたった一人の客のために、口上を述べる。


「本日はご乗船ありがとうございやす。本船は現世発、来世直通の舟となっておりやす。どうぞ、暫しの船旅をお楽しみください───」



「未来への船」
2025/05/12

5/11/2025, 6:32:25 PM