「この美しい月夜に乾杯! 」
「ええ、乾杯」
顔を突き合わせ、視線を絡ませて、ふたりは杯を掲げて互いを労い合う。今日がふたりで過ごせる最後の日。だからこそ、いつもと何ら代わりのない日々を過ごすのだ。
指は絡めず、愛は誓わない。それでも名残惜しくて、瞳だけは絡ませ合ってしまう。だから最後の口付けは、互いに瞳を閉じて交わすことにした。
そうしなければきっと、互いに縛り付けてしまうから。愛を、魂を、唇を、構築する全てを。
絆なんてありはしない。所詮それはまやかしであり、偽善だ。でなければ何故、僕は彼に裏切られたというのだろうか。絆を信じ、義を重んじ、ひたむきに戦場で戦い続け、そうして戦場で散った彼に。
彼はまやかしを信じたから、今はもう冷たい土の下にいる。僕は彼の見せるひと時の夢を愛してしまったから、ここから離れられない。
ねぇ、どうしてあんな誓いをして、僕の元から笑顔で旅立ったの? 戦場で愛剣だけを残して、僕に何一つ形見なんて残さないでこの世から消え去ってしまったの?
あの男のことを思えば、愛しさで胸が埋め尽くされ、それと同時にギリリと歯噛みしたくなる。それは、腹の底で得体の知れない何かが、ずっと沸騰しているからだ。
これに何と名前を付ければいいのかを、僕はずっと知らないでいる。だって名前をくれた彼は、もう墓石の下なのだから。
たまには昔みたいにあなたに飛び乗りたい。そう、子供みたいに。穏やかな風みたいに。
背中側からこそりと飛びつき、大きく叫び声をあげるくらいに、もう一度あなたを驚かせて。
そうしたらきっと、この胸から冷たい何かが流れ落ちていくのが止まるはず。
ねぇあなた、何故僕に逢いに来てくれないの? ずっと、約束した通りに、僕はいい子で待っているのに。
あなた以外を記憶することも拒否したし、会話することも放棄した。それでもあなたは来てくれない。
あなたの活躍を伝える風の便りだけは、遠く離れたこの場にも届くのに。
大好きなお前に、花束を贈ろう。俺の故郷の蒲公英と、それから色とりどりの花を添えて。
そうしたら、お前はあの壊れきり凍てついてしまった顔を、少しは綻ばせてくれるだろうか?
それとも、俺から俺から贈られた花束では、役不足だろうか?
そんな意図から選んだ花束を片手に、俺はお前に逢いに行く。
そうして辿り着いた先で俺が見たものは、あの前途有望な若者から花束を受け取り、鮮やかに微笑むお前の顔だった。
祝福してやりたい、でもお前とアイツを壊してもやりたい。だから俺は、花束をお前に投げつけて走り去る。きっとこれが、お前に対する愛情だと信じて。
来世でまた逢おう、我が愛しの恋人よ。
たった1つの希望はあなたの首に絡めた指だった。固くギリギリと汗とあなたの口から垂れる唾液で滑る指を僕は必死に絡ませて、正気を失い魔天に堕ちたあなたを葬る為に力をこめ続ける。
数日前にあなたから贈られた指輪が、あなたの口許から垂れた唾液と血液で濡れそぼっていく。
それが酷く虚しくて、僕は唇を噛み締めた。
グッと喉仏を押し込んで、あなたの息の根を止める。先程までガリガリと僕の腕を掻きむしっていた指が、ダラリと垂れて動かなくなった。そのまま僕はあなたの脱力した体に縋り付き、最期の息吹を感じる為に半開きのままのあなたの口に、許されざる口付けをした。
ごめんなさい、愛しい人。どうか僕を許さないで、離さないで。
離したく、許さない。愛なんて全て燃やして、燃やし尽くして、灰にしてやる。
あなたを奪った魔天に……いいや、僕を置いていったあなたを、この蒼炎で焼き付くそう。
そうしてあなたは新生する。僕の炎の一部として。