「…あれ?」
思い出せない、目的が確かにあったのだ。
何か作ろうと思って、それで何かが必要で、
一番安く手に入るのはこの店だな
と思った事だけは覚えているのだ。
記憶を辿ってもスマホのメモにも書いてなかった。
無意味に彷徨い、目的とは違う商品ばかりが
カゴに増える。
首を傾げながらレジで会計を済ませる。
ありゃとうござぁした~という投げやりな店員の
挨拶を背に店から出た。
「結局、私は何を買いに来たんだ…?」
100円均一の店は記憶を無くす魔力があるにちがいない。
夕暮れ過ぎのスーパー、そこはまさしく戦場である。
この時間帯になると店内の精神的な治安は著しく下がる。
忙しなく作業をする店員、それを特に買う気のない商品を見るフリをして目を光らせ速やかに特定の付近に移動する人々。
割引シールが貼られた商品の争奪戦である。
ここに仕事終わりの男女が居た。
二人はどちらも一人暮らしであり、今日は疲れたから好物の惣菜を買って楽に済ませようとここへやってきたのだ。
争奪戦も佳境というところで入店したので出遅れたため
走りはしないが気持ち競歩気味に店内を惣菜コーナーに向かって最短ルートを行く。
必然的に被るコースにほぼ同時入店したものの歩幅の関係で少し前を行く男にもしやこいつ目当てまで同じじゃないだろうな…?と不安に駆られ足を気持ち速める女。
後ろから真横までスピードをあげてきた女にギョッとしつつ抜かれまいと足を動かす男。
走りはしてないがまさしくデットヒートであった。
目当ての商品がある場所が見え、二人はハッとした表情になり、急いで手を伸ばした。
竹輪のチーズ入り磯辺揚げの容器に二人の手がかかる。
「「……」」
その時の無言で見つめ合う二人の背後には虎と龍が睨みあっている幻影が見えたと後にパートタイマーは語った。
「…お好きなんですか?この磯辺揚げ」
「…はは、そうなんですよ」
「「……」」
どちらも手を離そうとしない。
「……ここはじゃんけんで決めませんか?」
疲労が伺える笑顔の男からの提案に女は
こいつ譲る気は一切無いのか…と思いつつ
自身も全く譲る気は無かったのでここは穏便に提案を飲むことにした。
負ける気はしないがもし負けた場合、他の惣菜が無くなる前に決着をつけたいためだ。
「「じゃんけん…ほい!!!」」
「「あいこでしょ!!」」
「「あいこでしょ!!」」
「「しょ!!」」
「「しょ!!!」」
「「しょ!!!!」」
なんと5度もあいこが続いた勝敗は最終的に男に軍配が上がった。
「しゃぁ!!」
「くぅ!クソがよ!」
お互い疲労がピークで周りの目など視界に入らず、
女にいたっては普段の心の中の言葉使いが表面化している。
店員や客全員から何あれ怖近寄らんとこと思われていた。
「じゃあこれは俺が貰いますね!」
「ぐぅ…悔しい覚えてやがれ!」
にこやかにカゴにパックを入れてルンルンで
他の売り場に向かう男と
悪役の捨て台詞を吐き泣く泣く他の好きな惣菜を探す女
この二人は
一年後結婚して夫婦となるのである。
真っ暗闇の中
ザザ…、ザザ…と波打つ音だけが辺りに響く。
空は曇っていて星すら見えない
水平線は暗い空と融け合うように闇になって
手の平すらぼんやりとしか見えない暗さの中で
足元を照らすスマホのライトだけが
私達の存在を証明しているかのようだった。
クーラー、それは人類の最も偉大なる発明。
夏の湯だるような暑さの中、ジリジリ照り付ける太陽に
肌を焼かれながら出勤して一番最初に思う事だ。
「お前は神使としては不適合である」
そう遥か天上から降ってきた言葉を認識出来た時には
浮遊感と身体中に風を感じて下へ落下していることに
気がついた。
ものすごい風圧に瞑った目をなんとか開ければ
眼下に広がる人の街並み
地上へと落とされたのだ。
慌てて背の翼を動かそうとするがうまくいかない。
必死に踠くうちに視界に入って初めて己の白い翼が
黒く変色していっている事に気がつく。
それにショックを受けるが呆けていれば待っているのは死だ。
羽ばたく事は出来ないが翼を広げることにはどうにか成功し、高いビルが並ぶ街の上空を滑空する。
落とされた時には日が沈む間際だったため地上付近にまで落下した頃には空は暗くなっていた。
ようやくスピードが落ちて無様だが一際高いビルの屋上へと不時着した。
ドガシャァンとものすごい音と共に。
「うぉっ!?!?なに!?!?」
人間の声がしてどうやら屋上に人が居たようだ。
正直不時着のショックと堕天ショックで立ち上がることも出来ないが人には己の姿は見えない筈なので放っておいても大丈夫だろう。
「えっ!?!?!?人!?いや翼ある!?!?天使!?」
大丈夫ではないようだ。
「えっ、…と???い、生きてる…??」
「………私が、見えるのか?」
「喋った!?、生きてる…み、見えてますけど??」
堕天するともしかして人間に見えるのか????
「あ、あの~…大丈夫ですか????」
「…大丈夫に見えるのか?」
「見えないっスね…すみません」
あきらかに人ではない己によくもまぁ話かけるなこの人間。
「…と、とりあえず、救急箱取ってきますね…?」
そういって屋上入り口らしいドアから
下りて行った人間にまぁ戻ってくる事はないだろうと
意識を手放した。
それがまさか律儀に戻ってきて己を手当てし、
衣食住を提供する代わりに
自身の経営するバーで堕天使の己を働かせるなどとは
想像も出来なかった。
今では堕天使の居るバーとしてひそかに人気を博しているらしい。(客はコスプレだと思っているが)
今や神使であった事などどうでもよく、店長である己を拾った人間の無駄な出費をどうやってやめさせるかを考える事の方が重要になってる事に堕天使は笑った。
店長:一際高いビルの持ち主、最上階フロアに住んでいる。堕天使拾ってバーで働かせる変な人。
堕天使:実際には罪など犯してないものの疑いの余地があったせいで罪を全て被せられ追放された。少し変わった天使だったので周りからは浮いていた。