鉄床雲

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夕暮れ過ぎのスーパー、そこはまさしく戦場である。

この時間帯になると店内の精神的な治安は著しく下がる。

忙しなく作業をする店員、それを特に買う気のない商品を見るフリをして目を光らせ速やかに特定の付近に移動する人々。

割引シールが貼られた商品の争奪戦である。

ここに仕事終わりの男女が居た。

二人はどちらも一人暮らしであり、今日は疲れたから好物の惣菜を買って楽に済ませようとここへやってきたのだ。

争奪戦も佳境というところで入店したので出遅れたため
走りはしないが気持ち競歩気味に店内を惣菜コーナーに向かって最短ルートを行く。

必然的に被るコースにほぼ同時入店したものの歩幅の関係で少し前を行く男にもしやこいつ目当てまで同じじゃないだろうな…?と不安に駆られ足を気持ち速める女。

後ろから真横までスピードをあげてきた女にギョッとしつつ抜かれまいと足を動かす男。

走りはしてないがまさしくデットヒートであった。

目当ての商品がある場所が見え、二人はハッとした表情になり、急いで手を伸ばした。

竹輪のチーズ入り磯辺揚げの容器に二人の手がかかる。

「「……」」

その時の無言で見つめ合う二人の背後には虎と龍が睨みあっている幻影が見えたと後にパートタイマーは語った。

「…お好きなんですか?この磯辺揚げ」
「…はは、そうなんですよ」

「「……」」

どちらも手を離そうとしない。

「……ここはじゃんけんで決めませんか?」

疲労が伺える笑顔の男からの提案に女は
こいつ譲る気は一切無いのか…と思いつつ
自身も全く譲る気は無かったのでここは穏便に提案を飲むことにした。
負ける気はしないがもし負けた場合、他の惣菜が無くなる前に決着をつけたいためだ。

「「じゃんけん…ほい!!!」」
「「あいこでしょ!!」」
「「あいこでしょ!!」」
「「しょ!!」」
「「しょ!!!」」
「「しょ!!!!」」

なんと5度もあいこが続いた勝敗は最終的に男に軍配が上がった。

「しゃぁ!!」
「くぅ!クソがよ!」

お互い疲労がピークで周りの目など視界に入らず、
女にいたっては普段の心の中の言葉使いが表面化している。
店員や客全員から何あれ怖近寄らんとこと思われていた。

「じゃあこれは俺が貰いますね!」
「ぐぅ…悔しい覚えてやがれ!」

にこやかにカゴにパックを入れてルンルンで
他の売り場に向かう男と
悪役の捨て台詞を吐き泣く泣く他の好きな惣菜を探す女

この二人は
一年後結婚して夫婦となるのである。

5/8/2024, 8:17:49 PM