朝、目が覚めるまでにあなたはなにを考えていますか? 朝、目が覚めたときに、どれだけ心の準備ができていますか? なにも考えていない? 考えられるはずがない? それはノーです。この最新技術ならば可能です。
私たちが開発した『スーパーウルトラミラクルナノチップ』は、昼間起きている間はもちろん、眠っている間も、あなたの第二の脳のようにさまざまのことを考えることができます。
つい感情的に話してしまう女性、マルチタスクが苦手な男性でも、『スーパーウルトラミラクルナノチップ』が冷静にものごとを考え、今やっていること以外の段取りも素早く計算します。
さあ、あなたも、朝目覚める前に一日の準備を終わらせましょう!
朝からとんでもない広告を見た。自分がまだ眠っているのかと思ったくらいだ。こんな広告が、こんな、通勤移動チューブみっちりに配置されているなんて。詐欺まがい(間違いなく詐欺)のくせに、いったいどれだけのカネ(騙された犠牲者)を抱えているのか。(きっと数万人)数万人!?
ぎょっとするとサブ脳が笑った。(サブ脳なんて、どんなに頑張ってもナノチップなんてものにはなれやしない)なりたくもないくせに。
中学のときの友達が、自分の部屋のことを病室って言っていた。
近所で工事中だった空き地に家が建っていて、ははあ羨ましいねえこちとらそんなものごとにはなんの関わりもないなんて僻んでいたら、ふと思い出した。
団地住まいだった私を、家に呼んでまでして遊んでくれた友達のことだ。私には一軒家が珍しくて、家に上げてもらっただけではしゃいでいた。
その友達は明るくて活発で、友達が多くて、優しい女の子だった。だから聞き返したものだ。
「病室って、病気を治すための場所じゃん。ここ家でしょ?」
「そう。わたしにとっては家じゃなくて病院で、この部屋は病室なんだ」
「なんでよ」
「生きるための部屋だから」
「やっぱ家じゃん」
思い出しても当時も、厨二病だなーと思う。
だけどよくよく思い出してみると、あの部屋には彼女の好きなものはなかった。漫画とかアニメ雑誌とか、テレビとかが。だから私が漫画やらアニメ雑誌やらを少しずつ貸していたんだとわかった。だからうちよりもお金持ちであるはずの彼女に、私から貸していたんだって。
今頃どうしてるかな。メチャクチャバリキャリウーマンになってるかな。それでときどき、ウッホって二次元の妄想を膨らませたりしてるだろうか。
そうだといいな。
「病室」
明日、世界が終わるらしい。
ノストラダムスの大預言とかいうやつによれば、恐怖の大王がやってくるとかなんとか。テレビはどれも誰もああだこうだ言っている。お母さんは、口ではそれっぽいことを言って批判してる風だけど世界の終わりを信じてるし、お父さんは馬鹿にして笑っているけれど本当はわくわくして、びくびくしている。ぼくとだいたいおんなじ。
それでも家の外は犯罪者がうろついているわけでも、お店からものがなくなるわけでもない。いつもの、ふつうの日。そんなふりをしている。
そうなのかな?
明日、ほんとうに明日、世界が終わるなら、ぼくはこんなところでぼーっとテレビなんか見てないで、やんなくちゃならないこととか、やりたいこととか、あるんじゃないかな。
あいつに、オレ以外の男子と喋んなとか、ちがうそうじゃなくて、あいつには、オレがいるってことをちゃんと言っておくとか? そういう?
幼稚園からずっと一緒で、最近クラスの男子にちょっと可愛いとか言われてて調子に乗ってるメグミのことなんか、オレは、まったくかわいいとか思わないけど、でも、他の男子といるのを見るのはムカつくんだ。
明日。明日だ。明日、もしもほんとうに世界が終わるとして、そんでもしも、晴れたら。そしたらメグミに言いに行ってやる。
あれは魔術祝祭のときのことだ。我々の中で、わたしとわかる記憶。眩しい記憶。
国内で三番目に大きな街の、最も暑い時期にある祭りだった。路地ではない通りという通り全てに露天が立った。揚げ物も焼き物も酸いも甘いも全て魔術がかかっていた。この日だけ有効な魔術はあらゆることを可能にした。黄金の卵を産む雌鶏、一滴で人を虜にする媚薬、酒の尽きない瓶、食べ物が湧いてくる皿。
だがこの日一日だけ。
そんな品を高く売りつけようと、一日だけでもと買い求めようと、人が通りという通りを埋め尽くした。
だが、魔術師がひとたび現れると、人はさあっと道をあけた。深々と頭を下げる者もいる。
「魔術祝祭ってそんなものじゃないでしょ」
彼女がいつもの不機嫌で言う。わたしは周りに聞こえないように、と宥めながら先を聞く。
「魔術は魔術師から人へ与えられるものじゃない。誰にでも受け取ることができるもので、だから、魔術師を崇めるなんて」
彼女はぶつぶつ文句をいう。わたしたちには魔術祝祭でしなければならない魔術師としてのとても重要な仕事があって、しかもそれは民衆から敬われてしかるべきものだった。
わたしは、彼女は権力が嫌いなのだと思っていた。実際はそうではなくて、彼女はただ周りが見えていなかっただけだったんだ。今ならわかる。
「なら楽しめばいいじゃない」
わたしは彼女の口へ、串焼き肉をつきつける。彼女はいたずらっぽい目つきで串を奪い取る。
「世界よ魔術をありがとうって? この肉、手がべたべたするんじゃないの?」
「しないしない。それはべたべたしない魔術のかかった串焼き肉なの!」
あなたとわたしは分かりあえる。
誰かの愛か恋にとっての神様はそう言ったのだそうだ。神様のようにまぶしく、冒しがたく、崇めることしかできようのない、わたしたちとは違うひと。
無理だ、違うのだから。
わたしたちはそう言って神様を傷つけ、愛か恋か憎しみかになってさまよう羽目になる。そうして誰ともわからず寄り集まって、こうして影のなかにうずくまっている。
そうだねと嘘をつければよかった。だけど神様に嘘をつくなんてことは、誰もしたくなかったのだ。