華音

Open App
9/6/2023, 10:25:59 AM

貝殻

 どこへ行くかも分からずに、制服を着たまま最寄り駅を過ぎて約30分。
 友達は何をするのだろうか。そんな疑問をふと感じながら、窓の外をすっと眺めた。
 ガタン、ゴトンと電車に揺られながら、私はふと隣にいる友達の顔を見た。
 きっかけは、この子に相談をしたことからだった。
 あの日も、今日みたいにうだるような暑さだった。
 昔から私はネガティブで、いつもクラスでは1人だった。唯一友達と呼べるのは、中学校の頃から仲良くしている子だった。
 人間関係がそんなにうまくいかない。たったそれだけの事だけど、毎日そんなのだから。
 苦しくて、首を絞められているようだ。
 ――いっその事、本当に首を絞めてしまおうか。
 日に日に増えていく手首の傷も、その子に見せて、もう終わりにしようと思った。
 が、その子は、なにか言いたそうに眉をぐっと潜めて「どっか遠くに行こう」とだけ言われた。
 そして、今に至る。
 やがて、終点のアナウンスが流れる。電車がキーッと音を立て、体が反対方向に重たくなる。
 扉が開くと、友達が「行こう」と私に目線を促した。
 私も、頷いて、ゆっくり立ち上がって外へ出た。
 小さな木造の駅を抜けると、独特の潮の匂いがしてくる。
 確か、この町は海水浴で有名な所だ。
「ねえ」
「ん?」
 私は先を歩く友達に声をかけた。
「どこ行くの?」
「海だよ」
 それだけ言うと友達は、こちらに向けていた視線を前へもどし、歩くのを始めた。
 やがて、小石が沢山ある地面へ変わり、ずっと前を向くと、大きな水平線が広がっていた。
 夕陽が沈んでいくのが海にうつるのが、とても綺麗で。私はしばらく目を離せなかった。
 しかし、友達は先へ先へと歩いていく。
 私は、小石に足がもつれそうになるのを抑えて、後へついて行った。
 砂浜にたどり着く。友達はすっとしゃがみ始めた。
 何をしているのだろう。と見ていると。
 指先で小さなものを拾い上げた。
「見て、貝」
 友達はしゃがんだまま、笑って私に貝を見せた。
 子供みたいだな、と思って私もつられて笑う。
 やがて、友達はその貝を手に取り、他の場所も探し始めた。
「貝殻ってさ、」
「うん」
「もう、死んじゃってるんだよね」
 突然何を言い出すか、友達は拾いながらそう呟く。
「そうだね」
「うん。でも、こんなに綺麗」
 友達は、小さな貝一つ一つを私に見せてきた。
 それは、白や黒、ペールオレンジなどの色があったが、お世辞にも綺麗とは言えなかった。
 いえなかった、のに。
 子供の頃、これってすごく綺麗に見えた。海に来た時は、必ず沢山持って帰って、家の前に飾っていた。
 そんな事を、ふと思い出した。
「死んじゃっているのに、こんなに綺麗なんだよ」
「そうだね」
 私は、懐かしいあの想いが胸の中を駆け巡り、どく、どくと心臓が脈打つのをより感じた。
 この貝も、あの思い出と結び付いていると考えると、顔が綻ぶ気がした。
「私ね、貝殻好きなんだ。」
「そうなんだ」
「もう動かないのに、こんなに綺麗に海に散らばっているなんて」
 私もしゃがんで貝を探し始める。この辺は、小さいのしかないか。目を凝らしよく探す。
「だから、私も貝殻みたいな人生を送りたい」
 え、と私は友達の方を見る。
 友達は、気にせず貝を探し続ける。
「死んだ時、『綺麗』って思われたい。そんな人生を送りたいな」
 私は、海を見た。
 この水平線の向こうには、大きな世界が広がっている。
 私達なんて、ちっぽけな存在。
 今ここで死んでも、誰もが通り過ぎてしまうだろう。
 でも、
 この世界のどこかで、死んだ時、「綺麗」と言われるのなら。
「……もう少し、貝探す」
「うん」
 今は、まだ死ぬ時じゃない。
 私は、もう一度砂浜に目線を移して、小さな貝を拾い集めた。
 さっき見た時より、手のひらに乗った、水が少し混じった貝たちは、生き生きとして、綺麗に見えた。

9/4/2023, 2:17:48 PM

きらめき

今日は、特別な日。素敵な日!
眩しい太陽の光も、今日は私のために照らしてくれるスポットライトのような気がする。
ベットから出て、パパとママの元へ走る。たったったっとお気に入りのパジャマを揺らして、リビングへ向かった。
「おはよう!」おっきな声でそう言うと、パパとママは嬉しそうに「おはよう」って言った。
今日は、パパとママと私の3人でお出かけ!沢山ほしいものを買ってもらうの!
朝ごはんを食べ終えると、私はお気に入りのお洋服を取り出した。大きなリボンの付いたワンピースと、いちごのヘアゴム、うさちゃんのぬいぐるみを持って、今日は出かけるの!
車に乗って、移動の音楽は私の好きなお歌にするの。ドレミの歌を流して、皆で歌いながら目的地へ!
最初は、おもちゃ屋さん!ヒーローやヒロインになれる変身道具、小さなお家に住むお人形さんたち、おままごとセット……好きなものを一つ買ってくれるんだって!どうしよう、どれも可愛くて迷っちゃうよ……うさちゃんのためのお洋服とか買っちゃおうかな!
次は、インテリアショップに来たよ!お部屋を飾り付けしてくれるんだって!もし飾るなら、私の好きな色のお部屋にしてほしいなぁ。私はピンクが好きだから、ピンクの輪飾りとハートの風船を買って貰ったよ!
次はスーパー!今日のお夕飯は、私の好きなもの!カレーに、ハンバーグに、エビフライに……私が沢山迷っていると、パパとママは「お子様ランチにする?」って聞いてくれた。お子様ランチ!たくさんのお皿に私の好きな物がぜーんぶ乗っかっちゃう!今日はパパもママもお子様ランチだ!
帰りに、ケーキを買ったよ。私はいちごがだーいすきだから、いちごが沢山乗ったショートケーキを買ったよ!
沢山の買い物を終えて、お家に帰る!私は少し疲れちゃったから、ちょっとだけ寝っちゃった……
でもねでもね!お目目が覚めて、リビングへ行ったら……ぱーん!って音が鳴ったの。よく見てみると、パパとママがクラッカーを鳴らしてて!
テーブルには、私の好きなものが沢山乗ったお子様ランチ。壁にはハートの風船と、ピンクの輪飾り。
そして、ケーキに私の名前と、「Happy birthday」って書かれたチョコが!
そう!今日は私の誕生日!
目に映るもの全部、いつもよりピカピカしていたのは、きっと、今日が誕生日だから!
今年も、キラキラした一年になりますように!
お誕生日おめでとう!

9/4/2023, 11:19:40 AM

些細なことでも

豪華に彩られた部屋に1人。鏡に映る私を見る。
宝石で周りを飾られ、黄金色に縁どられた鏡が部屋全体を映す。
私は、その鏡の真ん中に入る。豪華に着飾った服達が、私を目立たせる。
シルバーに輝くティアラには、よく見ると一つ一つに小さな宝石が埋まっている。ティアラの横から頭の後ろあたりを覆う花嫁のような白いベールがかかっている。ドレスも、今回のためにわざわざ用意してもらった。
今回のドレスは、濃い青を基調としたデザインにしてもらった。
胸元に白い薔薇の刺繍が施され、横に同じ色のフリルが付いている。上半身は体のラインに合わせて、スタイルよく見せているが、下半身の裾にあたるところはAラインとなっていて、豪華、なおかつ可憐に見せている。袖の部分は長くなっていて、肘あたりまで伸びている。裾はふわりと広がり、白い月と色とりどりの薔薇が散りばめられている。露出は少ないが、その分絢爛さを見せつけている。
そして、ドレスと同じ、青いパンプス。手には白いレースの手袋。
ヘアスタイルはハーフアップで、三つ編みをしている。中心に飾られた赤いバラがベール越しに見える。
今日のイアリングは、せっかくバラをモチーフにしているのだし、お花のにしようかしら。
いいえ、あなたから頂いたものにしましょう。
私は、凝ったデザインをした美しい箱を開け、深紅の薔薇のイアリングを取り出す。
いつか、貴方が誓ってくれたもの。
迎えにいく。その時が来たら。
今回のパーティには、あなたも参加する。
あなたに、もっと夢中になって欲しいの。
私が美しく着飾るのは、決して自慢するためじゃない。
私が好きだと思う服を着ている私を、もっと見てほしいから。
貴方は、鋭い感性を持ち合わせているお方。少しでも変化があると、すぐに気が付いてくれる優しいお方。
だから、と私はベールと長く艷めく髪の中にイアリングを通した。きっと、あなたなら気がついてくれるはず。
あらやだ、いけない。指輪もしなくちゃ。
行く前に、もう1度メイク直しもしてもらわなくちゃ。
アイシャドウも、もう少し色を薄くしましょう。
口紅は、もっと色をオレンジっぽくして……小さな事でも、貴方は気が付いてくれる。
それに、社交界ということもあるから、些細なことも気にしなきゃいけない。
でも、あなたの為なら、不思議と嫌な気持ちはしない。
高鳴る鼓動を抑え込むように、私はメイドを呼んだ。

9/3/2023, 9:13:45 AM

心の灯火

私には、人がどれだけ将来に対して励んでいるか、目視することが出来る。
上手く伝えることはできないけど、相手の胸のあたりをじっと見つめると、だんだんロウソクみたいな炎が見える。
最初見えた時はその人が後どれだけ生きられるのか。みたいなのかなと思ったが、話をしていくうちに、段々違うことがわかった。将来なりたいものがハッキリしていて、努力している人は炎の勢いが強くて、大きい。逆に将来に対して、夢は決まっているけど不安を持っている人達は、勢いが弱くて小さい。
クラスの子と進路の事を話している時に、この能力が理解できた。
……でも、私は、炎があるだけいいと思う。
小さくても、大きくても、どちらにせよその人達は夢を持てている人。
私には、将来なりたいものなんて考えていない。
何がしたいのか、何を目的とするか。そんな事が全く思いつかない。
そんな私の心の中は伽藍堂。炎なんて以ての外。生み出される不安も、何も無い。
どうすれば、いいんだろう。これといって趣味も無いし、特技もないから何も思いつかない。心の中が何も無い現状を、鏡の中の私が無情に映し出した。小さく項垂れた。

進路が決まっていない。そう親に相談した。もしかしたら文句を言われるかもしれないが、この現状を少しでも変えたい。それに私より長く生きている親なら何か分かるかもしれない。そんな僅かな思いと共に悩みを打ち明けた。
すると、色々な事に全力で挑戦してみたらどうだ。と言われた。そこで興味の持ったものを、将来なりたいものとすればいいのではないかと。そういえば、私は何かに全力で取り組んだ事あったっけ……。過去の私を少し恨んだ。もし全力で取り組んでいたら、今ごろ決まっていたかもしれないのに。
いや、もう後悔したってしょうがない。この街にはいろいろ産業が発達している。
色々な体験に、望んでみよう。
最初に体験したのは、料理。専門学校の料理体験へ行ってきた。そこの学校はホテルで出るようなメニューもあって、私はコースを一通り作ってみた。
結果、初めてにしては中々上手に出来たし、ご飯も美味しかった。でも、それを毎回作るとなると大変できっと疲れるだろうと思った。
次に、服飾関係の事。服を縫ってみたり、その人にあった衣装を選んだり、ウェディングドレスや着物を着させたりする体験をした。
結果、少しガタガタしているが、服は一応着れるまでにはできたし、アドバイス通りにおすすめすると、思った通りその人に似合っていた。
でも、これは慣れもあるけど持ち前のセンスも必要なんだな、と実感した。ウェディングドレスや着物はまず着たことがあまりないから大変で、凄く手こずった。
そのあと、医療関係にも頑張ってみた。
患者さんと向き合うのはとても緊張したし、頭が真っ白になった。薬の分量も誤差は許されない。そう思うと手が震えた。
建築やエンジニアは、高いところは苦手だし、設計書の記号を理解するだけで頭が回る。
芸能関係も、自信を持って舞台に立つことができなかったし。
学校の先生も、伝えたい事が上手く言語化できなくてひとつの事を理解してもらうのに、時間がかかった。
他にも色々手を出してみたが、どれも違う。そりゃ時間と回数重ねれば楽しくなると思うが。どれも私にはピンと来なかった。このままじゃ、私は何にもなれない。焦りと不安が頭を占めた。
疲れきった私が鏡に映る。何も灯されていない。やつれた私が。しかし、私は胸のあたりを見て驚いた。
炎はついていた。
それは、小さく、ゆらゆらと揺れていた。
どうして、私はまだ夢なんて決まってないのに。ぐるぐると頭を捻る。
やがて、私はとある予想がよぎった。
今の私の夢は、「夢を見つけること」なのでは無いか。
私は夢を見つけるために、こうして、色々な体験をしている。
それも、夢を見つけるための努力だ。
そうか、人とは違うけど、私には確かに、夢はあったんだ。
そして、いつか私の本当の夢が決まったら。
それに向けて、また同じように積み重ねていけばいい。
胸に手を当てる。ポカポカと、心の灯火が照らしてくれている気がした。

9/1/2023, 2:58:50 PM

開けないLINE

「好きです。付き合ってください。」
君がいつしか言っていた。告白されるなら文面がいい。
僕は君のことがずっと好きだった。優しい声色。笑うと子供っぽくなるところも。いつも優しいところ。
そんな数え切れない程の想いを文に乗せて、送信のボタンを押す。
すぐには既読が付かないから、返信が来るまでの時間が、永遠に感じた。
何分?いや何時間?経って、着信音が来た。
僕は読み上げられた手札をとる如く、スマホを開いた。
案の定。君からのLINEだ。
急いでスマホにパスワードを入れるーーが、途中でピタりと手が止まってしまった。
もし、自分が望む結果じゃなかったら、立ち直ることができるのか。僕はもう何年も彼女に好意を寄せている。そんな積み重なった思いが、この一瞬で崩れ去る恐怖。
そんなことを感じていた。
しかし、きっとここで見なければ、結果は分からないし、それに彼女も勇気を出して返信してくれたはずだ。すー、と深呼吸をして目を軽く閉じる。気持ちを落ち着かせると、僕はパスワードをもう一度入れ直した。最後の決定ボタンヲタ押す手が、すごく震えていた。
すると、僕は目を疑うようなものを見た。
なんと、返信が削除されているのだ。
どうしよう。やっぱり僕から告白されるのは嫌だったか。いや、誤字をしただけで、もう一回来る。そんな思考がぐるぐると頭を占める。
さあっと、体が冷えていく気がする。
が。
突然、大きな着信音が耳に通る。かけてきた人は……君だった。
僕は震えを抑えること知らず、すぐに電話した。スマホを片手にとる。
すると、電話口から衝撃のことを言われた。
「公園で、待ってる。」
そう恥じらいのある声でそれだけ言って、電話を切られた。
……これは、期待してもいいか?
僕は、確かあの時「告白されるなら面と向かって」だと言った。しかも、今回の電話で「一人で来て」と言われている。
そしてあのトーン。ごめん。捨てられた子猫のような声で言われると、勘違いしてしまいそうだ。
僕は、服を着こなして、胸を張って外へ出た。
いま、こんないい展開を逃す訳には行かない。
これ以上開けない距離。
1歩近づく関係。
小さな一線、ラインの距離が開けない。
僕は、友達という一線を超えた関係になるために、1歩踏み出した。

Next