『雪を待つ』
まっしろなふわふわがおそらからふってくる。
それの思いがけない冷たさに、ボクはびくっと体を震わせた。ママとパパがボクにくれた首輪がチャリンチャリンと音をたてる。
「それはね、雪って言うのよ。」
ぷるぷるとするボクを見て、ママはくすくすと笑いながらそう言った。
最初は初めて見る“ゆき”にびっくりしたボクだけど、お空から降ってくるふわふわはとってもきれいで、すぐに夢中になった。ボクがゆきに向かってピョンピョン跳ねると、ママが持っているリードと首輪がぶつかってカチャリカチャリと音も跳ねた。ボクはそれがとっても楽しくて、何度もピョンピョン、カチャリカチャリとはしゃぐ。…そんなボクを見て、大好きなママが楽しそうに笑ってくれるから、ボクはずっとピョンピョンと跳ねていた。
それから沢山の時間が過ぎて、いつの間にか、ママのお腹が膨らんでいることにボクは気が付いた。パパとママは時々大変そうだけど、それでも二人はいつも時間があると幸せそうにママのお腹を撫でている。
そんな二人に、ボクがそろそろと近づくと、二人ともにっこり笑ってボクを撫でてくれた。二人の手はとっても暖かくて、優しくて、ボクも幸せだった。
ある日のこと。ボクはいつも通り、ママに撫でてもらいたくってソファの上に上がると、ママの体に擦り寄った。
ママはいつも通り、優しくボクを撫でてくれた。でも、なんでか眉が下がっている。どうしたのママ?どうしてそんな顔をしているの?
「寂しくなるけど、少しの間お別れね。」
お別れ?お別れってなあに?ママにもう、会えないってこと?
くぅんくぅんと鼻を鳴らすボクをママはもう一度優しく撫でると、ぎゅっとボクを抱きしめてくれた。
「大丈夫、雪が降ってくる頃には帰ってくるわ。」
ママはそう言うと、大きな荷物を持ったパパと一緒に何処かへ出かけて行った。…ボクは大人しく玄関で二人の帰りを待っていたけれど、帰ってきたのはパパだけだった。
それから、ボクはよくお空を見るようになった。だって、あのきれいなふわふわが降ってきたら、ママが帰ってくるんだ。
はやくふってこないかな。
あしたになったらふってくるかな?
パパとのお散歩も楽しいけれど、早くママに、こんなにも高く跳ねられるようになったんだよって見せてあげたい。凄いね。頑張ったねって頭を優しく撫でてほしい。
そんなことを考えていたら、ママに撫でてもらう夢を見た。あ~あ。また夢だった。ボクは暖かな寝床から体を起こす。今はパパも何処かへ出かけているから、お家はしーんとしていてボクひとりぼっちだ。
あぁ、早くママに会いたい。
ゆきさん、はやくふってきて。
ボクはいつも通りに窓からお空を見詰める。すると…
まっしろなふわふわがおそらからふってきた!
ゆきだ!ゆき!ママと一緒に遊んだゆき!これでママが帰ってきてくれる!
ボクはとってもとっても嬉しくて、ワンワン!と大きな声を上げる。ゆきだ!ゆき!ゆきが降ったよってママに教えてあげなくちゃ!
ボクがワンワンと吠えていると、いつの間にかパパの車が帰ってきていた。傘を持ったパパが降りてくる。すると、パパに傘を差されながらママが車から降りてきたのだ!ママはなにか小さな物を抱えていた。とても大切そうにぎゅっとしている。
あぁいけない!こんなに吠えてる場合じゃないや!ママが帰ってきたんだ!お出迎えしなくっちゃ!
ボクは慌てて玄関へと走って行くのだった。
『イルミネーション』
ぱぁっと光の花が咲く。
無機質な車が何台も立ち並ぶ駐車場から石造りの大きなゲートを潜ると、そこはもう光に満ちあふれたワンダーランドであった。人々の楽しげな声と、今流行りのクリスマスソングがここからでも耳に届いてくる。
「ねえねえ!あたし達も早く行こ!」
君はぐい、と俺の腕を掴むと、後ろはもうなにも見えないかのようにただただ前へと駆けだしていった。
「おい、急に走り出すんじゃ…」
あんまりにも急に駆けだした彼女に小言が出かけるが、そんな言葉は散歩中の飼い主を引っ張る子犬のような彼女の顔を見て途中ですっかり消えてしまった。…まぁ、今日くらいはいいか。年に一度のイベントなのだから、とことん振り回される覚悟を決めておくとしよう。
ようやく立ち止まった彼女を横目で見ると、そんな俺の覚悟など露知らぬ彼女は、広場の中央に飾られた大きなツリーをきらきらと見詰めている。
「すっごく大きいねぇ…!お星様まで届いちゃいそう。」
そんな彼女の言葉を聞いて、初めて俺は視線を正面の大きなツリーへと向けた。どうやらこの巨大ツリーは今回のイルミネーションの目玉のひとつのようで、周りのイルミネーションよりも一層きらびやかに装飾されていた。キラキラキラキラ輝いて、イルミネーションと言うよりはまるで星がこの場にぎゅっと集まって目の前に満天の夜空があるかのようだ。
彼女は、そんな夜空に言葉を飲まれてしまったのか、最初の一言を発したきり、ただ黙ってキラキラ輝く星達を見詰めていた。いつも賑やかな彼女がここまで静かになるなんて珍しいので、つい、視線がまた彼女へと向いてしまう。少し前までマフラーに沈めていた顔は空に向かって上がり、白い息を吐き出しながらも頬を赤らめてツリーを見詰める彼女の瞳にはきらきら輝く星が映り込んでいた。
ああ、連れてきてよかった。
たったそれだけのことで満足してしまうくらい、言葉は無くても彼女の瞳は雄弁に彼女の気持ちを語っていた。
「来て良かったな。」
「…うん。」
彼女に掴まれたままだった腕を一旦外して改めて彼女の手に指を絡ませる。その瞬間ぎゅっと握り返されたぬくもりに頬を緩めながら、俺達はまた目の前のキラキラ輝く夜空を見詰めるのだった。
『愛を注いで』
大好きな貴方へのお願い。
貴方が私にくれる愛は、まるでふんわりと積もる雪のよう。
音も無くしんしんと私に降り注いで、気が付いた時には私は貴方がくれた愛の上に立っているの。
真っ白な雪はとても美しいけれど、私ひとりで雪の上に立っているのは少し寂しいでしょう?
だから私は、激しい雨のような愛が欲しいわ。
まるで溺れてしまいそうなほどの貴方からの愛を全身で浴びてみたい。
そして、優しい貴方は雨に打たれる私にそっと傘を差し掛けてくれるの。
同じ傘の下、貴方とふたりで激しい雨音を聴きたいわ。
だから。ね?どうか私に溢れんばかりの愛を注いで?
『裏返し』
厳しい言葉は、その人を思うからこその裏返し。…それって本当?
「もう誰もお前に期待しなくなるぞ。」
「このままつまらない人生でいいのか?」
「俺は怒ってる訳じゃ無い。ただ、お前のために言ってやってるんだ。」
…私のため。上司はよくそういう言葉を使う。なんて部下思いの素晴らしい上司。彼は事あるごとに為になる話を聞かせてくれる。
彼曰く、私の人生はもっと先のことを考えて、動いていくべきなのだという。今をただ怠惰に生きるのではなく、将来のことを考えて行動を起こしていくべきなのだ、と。なるほど。確かにその通り。これぞまさしく人生の先輩からの有難いアドバイスである。
「今みたいなつまらない人生は嫌だろう?」
そういう話をした後、彼はよく私に問いかけてくる。だから、私も決まってこう返す。
「…はい。嫌です。」
その言葉を聞くと、いつも上司は口先をにんまりと上げて満足そうに笑うから。
いつ、私が自分の人生をつまらないと言った。なぜ、私の人生の価値を他人に決められなければならない。私のため。そんな大義名分で行われる彼のご高説は、いつも私を否定する。
「もう誰もお前に期待してないんだから、好きにやりなさい。」
そんなことを私に平然と言ってくるのは、私に発破をかけるため?申し訳ないことに、私には逆効果のようです。
厳しい言葉は、その人を思うからこその裏返し。…それなら、そんな言葉も、思いも私はいらない。彼は私のためを思って言ってくれている。例えその気持ちが本物だとしても。
───そんな裏返しの言葉、裏があるかなんて、もう分からないのだから。
『いつまでも捨てられないもの』
その子は、私の大切なおともだち。
やわらかく、あたたかな色をしていた貴方。いつも撫でていたその毛並みは、気付けばすっかり色あせて、毛先も少し乱れている。
毎日抱きしめて眠った貴方のふわふわな体も、今となっては綿が縮んでくったりとくたびれていた。
貴方ってこんなにも小さかったっけ?
昔はからだいっぱいに貴方を抱きしめていたというのに。
いつの間にか私の背はグングン伸びて、貴方との距離も遠ざかってしまったみたい。
私が彼との新居に引っ越す時も、貴方はお留守番だった。…真っ暗な部屋の中で、貴方は一体何を思っていたのかな。
だから、まだ幼い娘にぎゅっと抱きしめられている貴方を見たとき、なんだか泣きそうになってしまったの。
お母さんが孫の為にと洗ってくれた貴方。なんだか目がくりくりしていて、随分さっぱりしているみたい。娘はそんな貴方を腕をめいいっぱい伸ばして抱きしめていた。
その光景が愛おしくて、胸がぎゅっとなる。
───ねぇ、その子はね。ママの大切なおともだちなの。ママが寂しいとき、楽しいとき。いつもママと一緒にいてくれた優しい子。
だから今度は、あなたがこの子の新しいおともだちになってあげてほしいの。めいいっぱい、その子を抱きしめてあげて。大切にしてあげて。愛してあげて。
だってその子は、いつまでだってママの大好きなおともだちなんだから。