秋の服は好きだ。厚着できるから、組み合わせでオシャレができる。落ち着いた暖色が映えるから、私の好きな色に包まれて過ごせる。夏の終わり頃になると、毎年長袖を下ろしたくてウズウズしてる。
だけど、好きだからこそ時々考えてしまう。
(私の身長があと5cm高かったら、この服たちももっとちゃんと着こなせるんだろうな)
(私なんかがこんな服着ても浮いてしまうよな)
自分のことを特別かわいいとも思わないし、クール系だとも思ってない。お洒落もメイクも好きだけど、ダイエットするとかファッションの勉強をするとかではない。私はいつも中途半端。そんな私がいい服を着たとして、写真のモデルのようになれるわけがない。
秋は好きだ。こんな中途半端な私でも、受け入れてくれる気がするから。
「1年、声小せえぞ!」
暑いグラウンドに飛ぶ怒号。怒鳴るように返事をする。いつもこんな調子だ。どれだけ頑張っても、決して認めちゃくれない。先輩たちだって、あんまり変わんないと思うけどな。人数も多いし、通る声の出し方を身に付けてるからそう見えるだけで、絶対に僕らの方が真面目に一生懸命やってる。来年になれば……
先輩たちが引退する日のことを指折り数えてる。我ながら酷い後輩だなと思う。ただまあ、そうやって人間は強くなってきたのだろう。理不尽に耐え、文句を言いながら上に上がる機会を虎視眈々と狙う。
後輩には優しくしよう。そう思いながら、僕は今日も声を出す。
『声が枯れるまで』
夜も遅くなった、街の駅。仕事終わりのサラリーマンに、制服姿の高校生。ほとんどの人は足早に帰路につく。僕は注意深く人混みを観察するが、馴染みの姿はどこにもない。
やがて人通りはなくなり、駅は静かになった。それでも彼女はまだ来ない。おかしい。とっくに着いてるはずなのに。
電話を取り出し、彼女にかける。
「いつ着く?」
「着いてるよ?」
目を上げて辺りを見回す。彼女はいない。
「改札?」
「うん。券売機の前」
おばあちゃんが1人。ノロノロとお金を入れている。
「〇〇駅だよね?」
「うん。そう書いてるよ?」
「……もしかして東改札にいる?」
『西改札』と書かれた案内板を見ながらそう尋ねる。
「ううん、西改札だよ」
僕は首を捻る。益々謎だ。ひょっとして彼女は異世界の〇〇駅からかけてきてるのか? 馬鹿げた考えが脳裏に浮かぶ。
「目の前に牛丼屋さんが見えるよ?」
彼女の言葉で、一つの可能性に思い当たった。
「それ、もしかして△△鉄道じゃない?」
「え、違うの? いつも△△鉄道乗ってるって言ってたから、てっきりこっちなのかと」
「あー、ごめん。普段使いならそっちの方が便利なんだけど、家からなら□鉄道の方が近いんだよね」
階段を降り駐車場に向かう。軽快な音ともにヘッドライトが目を光らせる。
「すぐ行くから、ちょっと待ってて」
エンジンをかけ、携帯に一声かける。
「わかった。気をつけてね」
そう言って、電話が切れる。
十分後…
△△鉄道、〇〇駅、西改札。こちらの駅もがらんとしている。朝の喧騒が嘘のように静まりかえっている。ただ、そこにいるはずの彼女も見当たらない。
電話を鳴らす。
「もしもし? 着いたけど、今どこ?」
電話越しの彼女は申し訳なさそうに答えた。
「ごめん……お腹減っちゃって、牛丼食べてる……」
『すれ違い』
冷たい風が吹く。身を切るように乾いた、冷たい風。身を震わせ、コートの裾を閉じる。コーヒーボトルに手を当てる。
薄暗い空。目覚めの遅い太陽。それでも、何かいいモノを感じる。
冷たい風は、目を覚まさせる。耳を流れる血液、白い吐息。生を感じる。
今日はきっといい日になる。
『秋晴れ』
水が流れる音がする。白いシンクは、ほんのりと赤みを帯びている。拳には血豆。
血はとっくに止まった。傷は大きくない。骨も問題ない。それなのに手を洗い続けている。
棒立ちで、無表情。狂ったように、見えない血を洗い落としている。
消えない。
忘れたいのに、身体の芯から離れない。手の皮膚から自分の中に入り込み、身体の一部と化した。
手にはまだあの感触がこびりついている。手の甲の痛みと、温かい鮮血。鼻の骨が折れる、あの独特の音。
『忘れたくても忘れられない』