浜崎秀

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10/16/2022, 2:50:24 PM

「うーん、これも違うなぁ」

 何十回聞いたかもわからないそのセリフ。家具雑貨の照明器具の棚で、ここまで悩む客も珍しいだろう。驚くべきことに、何と1時間もこの調子だ。

 2人の家を買うことにしたのが先週のこと。人気物件なので決めるなら早めに、という不動産屋の口車にまんまと乗せられた。今日は新居に運び込む家具の調達。彼女が好きなレトロなインテリアが並ぶお店に、足を運んできた。

 入店した時の、彼女の輝くような瞳。子どものように興奮して、棚を見て回るその姿に連れてきてよかったと思ったのは最初だけ。

「これとかでいいんじゃない? 部屋に合いそう」

「ダメ。リビングのはLEDだから、寝室のはもうちょっと弱い感じの光がいい」

「でも、他にも見なきゃいけないだろ? この調子だと半分も周る前に閉店になるよ」

「お願い、あとちょっとだけ。これから何十年と一緒に過ごす2人の寝室だからさ。後悔したくないの」

 祈るように手を合わせ、懇願する彼女には何も言えなかった。そんなに真剣ならもうちょっと付き合おうかなって、また流されてしまう。

 僕らの関係はいつもこうだ。付き合うのも、同棲も結婚も、きっかけは彼女だった。気持ちが固まる前に押しかけてきて、「はいどうぞ」ってお膳立てしてくる。僕は「まあいいか」ってなりながら、だけど満更でもなく受け入れる。

「私のこと、ウザがらずにちゃんと受け入れてくれるから」

 君はそう言って、今の関係を肯定する。

「ねぇ、これどう?」
 
 ようやく心が決まったようで、嬉しそうに手招きしている。

「いいんじゃない?」

 正直、何がそんなにいいのか、違いはわからない。でもきっと、刺さるものがあったんだろう。君は本当に嬉しそうだから。

「でしょ! これならピッタリだと思うんだよね!」

 嬉しそうに言う彼女を見てると、待ち時間の疲労も吹っ飛んでしまった。

「じゃあ、次はベッドか」

 飛び跳ねそうなほどテンションの高かった君が、少し萎んだように見えた。どうやら今日買う予定のリストの長さを思い出したらしい。

「ごめん、その前にちょっと……休憩していい?」

 多分閉店までには間に合わないだろうな。心の中でそう思いながら、僕は笑顔で答える。

「いいよ」



『やわらかな光』

10/15/2022, 11:42:21 PM

 あなたの目はいつもそうだ。事件の隅々まで目を通し、少しのミスも許さない。一度人にそれを向ければ、心の奥底まで見透かしてしまう。何でも見出し、聞き出す。容赦はしない。あの目に睨みつけられる犯人には、たまに同情する。

 皆は知らない。あなたの目力が弱るその瞬間。私を見つめるあなたの目には、僅かに優しさが浮かんでいる。

『鋭い眼差し』

10/14/2022, 1:25:12 PM

 イカロスの話は嫌いだ。翼を作って空を飛んだが、太陽に近づきすぎた男。太陽は翼の蝋を溶かし、イカロスは地面に真っ逆さま。人の叡智は、所詮神には勝てないと言わんばかりに。

 今日の飛行実験も失敗。まだ火薬の量が足りない。それにエネルギーの変換効率も万全じゃない。外側の空気抵抗も減らさないと。課題は山積みだ。

 夢を追い続けて早20年。同僚からはできるわけないと馬鹿にされ、実験は失敗続き。それでもやめられない。人類が未だ見たことのない景色。それを目指すことに、理由なんかいらない。

 何も諦めることはない。まだたった20年だ。

 私は今日も上をめざす。太陽にはまだまだ程遠い。


『高く高く』

10/13/2022, 12:33:38 PM

注:拷問、残酷描写あり 苦手な方はお控えください














「ヒトの指ってどうやってできてるか知ってる?」

 出社初日の質問だった。

「いいえ」

「じゃあ来い」

 そう言われ、いきなり地下に通される。最初に感じたのは、むせかえるような血の匂い。部屋にはブルーシートとビニールがしかれ、中央に下着姿の男がいた。四肢は椅子に縛り付けられ、顔には青痣。口からは血と涎が垂れている。

「起きろ。お寝坊さん」

 先輩はそう言って椅子を蹴った。男はビクッと身を震わせ、何かうわ言を言っている。

「じゃあいくぞ」

 先輩は銀色の鉈を手に取り、男の手を台の上に乗せる。

「新人、バケツ持っとけ」

 部屋の隅に空っぽのバケツがある。ほんのりと鼻を刺す、嫌な匂いがこびりついている。

「何に使うんです?」

「見てりゃわかる」

 先輩はそう言って鉈を振り上げ、まっすぐ下ろした。

「ぎゃああああああああ!」

 男の悲鳴が狭い部屋に響き渡る。彼の指は勢いよく弾け飛び、僕の足元に転がってきた。僕は2.3歩後退り、壁にぶつかった。

「どうだ? 見てみろ。凄いだろ」

 そう言われ、恐る恐る彼の一部だったものを拾い上げる。断面からは血が垂れ落ち、中にうっすらと白い塊が見える。

「いやー、我ながら綺麗な切り口だな」

 先輩は誇らしげにもう片方の切断面を見ながらそう言ってる。

「よし、次はどこがいい? 胃か? 小腸か?」

 まるでおもちゃを自慢するかのように内臓の話をする先輩がひどく不気味に見えた。

「いや、まずは筋肉だな。やっぱ拷問官になるからには、肉の切り方から知らねえとな」

 再び男の悲鳴が上がり、赤い液体が飛び散る。先輩は子供みたいにはしゃいで男を切り刻んでる。目の前の事象のあまりのグロさに、僕は思わずバケツに吐いていた。

「新人、お前もやってみるか?」

 笑顔でそういう先輩の顔は、むりやり遊びに誘ってきたいじめっ子を思い出させた。


『子どものように』

10/11/2022, 12:10:34 PM

 朝起きて、カーテンを開ける。空気を目一杯吸い込んで、ふと前を向く。目が合った。多分相手も同じことをしていたのだろう。なんだか気まずい。

 朝時々見かけて、軽く会釈する程度。会話なんかしたことない。家の外で見かけるあの人は、スーツを着こなしてて、『大人』って感じがした。

 そんな人の意外な一面。ボサボサの髪、寝起きでショボショボの目、庶民的な部屋着。好きだったわけじゃない。ただオフショットが見られた優越感に浸っていたかっただけ。

 もう一度見れないかな。

 その日から朝起きると、カーテンを開けるようになった。お隣さんは気まぐれで、開いてる日もあれば閉まってる日もある。偶に姿を見ることができて、テンションが上がる。

 そして数年が経った。

 その日、カーテンを開けると、隣の部屋は空っぽだった。

 正確には、物がないわけじゃなかった。ただ、そこにあったはずのあの人の痕跡が消えてた。

「お隣の〇〇さん、一人暮らしするんですって」

 朝食の席で暫く前にそんな話を聞いた気がする。そうか、〇〇さんっていうんだ。そんなことも知らなかった。

 翌日も、そのまた翌日もカーテンを開けた。そして毎日、空っぽの部屋を見つめる。

『カーテン』

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