「うーん、これも違うなぁ」
何十回聞いたかもわからないそのセリフ。家具雑貨の照明器具の棚で、ここまで悩む客も珍しいだろう。驚くべきことに、何と1時間もこの調子だ。
2人の家を買うことにしたのが先週のこと。人気物件なので決めるなら早めに、という不動産屋の口車にまんまと乗せられた。今日は新居に運び込む家具の調達。彼女が好きなレトロなインテリアが並ぶお店に、足を運んできた。
入店した時の、彼女の輝くような瞳。子どものように興奮して、棚を見て回るその姿に連れてきてよかったと思ったのは最初だけ。
「これとかでいいんじゃない? 部屋に合いそう」
「ダメ。リビングのはLEDだから、寝室のはもうちょっと弱い感じの光がいい」
「でも、他にも見なきゃいけないだろ? この調子だと半分も周る前に閉店になるよ」
「お願い、あとちょっとだけ。これから何十年と一緒に過ごす2人の寝室だからさ。後悔したくないの」
祈るように手を合わせ、懇願する彼女には何も言えなかった。そんなに真剣ならもうちょっと付き合おうかなって、また流されてしまう。
僕らの関係はいつもこうだ。付き合うのも、同棲も結婚も、きっかけは彼女だった。気持ちが固まる前に押しかけてきて、「はいどうぞ」ってお膳立てしてくる。僕は「まあいいか」ってなりながら、だけど満更でもなく受け入れる。
「私のこと、ウザがらずにちゃんと受け入れてくれるから」
君はそう言って、今の関係を肯定する。
「ねぇ、これどう?」
ようやく心が決まったようで、嬉しそうに手招きしている。
「いいんじゃない?」
正直、何がそんなにいいのか、違いはわからない。でもきっと、刺さるものがあったんだろう。君は本当に嬉しそうだから。
「でしょ! これならピッタリだと思うんだよね!」
嬉しそうに言う彼女を見てると、待ち時間の疲労も吹っ飛んでしまった。
「じゃあ、次はベッドか」
飛び跳ねそうなほどテンションの高かった君が、少し萎んだように見えた。どうやら今日買う予定のリストの長さを思い出したらしい。
「ごめん、その前にちょっと……休憩していい?」
多分閉店までには間に合わないだろうな。心の中でそう思いながら、僕は笑顔で答える。
「いいよ」
『やわらかな光』
10/16/2022, 2:50:24 PM