浜崎秀

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1/6/2023, 10:34:07 AM


「来年もまた来ようね」

 冷たい空気の中、今年初めての白い光に照らされた君の顔は、何よりも美しく見えた。

 あれから、色々あった。

 給料が上がった。ほんの少しだけど。あれだけ愚痴ってた仕事も、少しだけ楽しく思えるようになった。君が好きって言ってたから、服も靴も前のから少し変えた。大掃除のついでに、部屋もリニューアルした。ベッドも一人用に買い替えた。

 報告したいことがたくさんある。他の誰かじゃ意味がないんだ。君だから話したいのに、君はそこにいてくれない。こんなこと言ったら、「しっかりしなさい」って笑って叱られそうだけど……

「まだ大変だけど、頑張ってる」

 彼女の名前が刻まれた石に、そう語りかける。

「行ってくるよ」

 石碑に背を向け、凍てつく空気の中を歩き出す。神社は人で賑わっている。家族連れ、カップル、学生グループ……

 長い列を並び終え、遂に賽銭箱と対面する。ゆっくりと息を吐き、500円を投げ入れる。

「また来年、ここにいるみんなが参拝できますように」

『君と一緒に』

1/2/2023, 11:26:10 AM

 いい人でいたい。

 去年、とある事があって意識高い系にジョブチェンした。

 一挙手一投足、立ち居振る舞い、声の出し方、喋り方、会話の内容、メンタル面……

 思いつく限りの全てに気を配り、理想の自分を体現した。

 結果は意外と直ぐに現れた。世界の見え方が変わり、人との関係性も良くなった。毎日が充実して、生きてるって実感があった。

 けどーーそれじゃあ足りない。

 今の現状に満足して、ぬくぬくと暮らしていけば、また元の生活に逆戻りだ。

 斜に構えて、燻って、腐ってく。そんな人生でもいいと思ってた。そう言い聞かせてた。けど、そうじゃなかった。自分で行動して、輝いて、人生を切り拓いていく楽しさを知ってしまった。もう、元には戻らない。

 上を目指す。貪欲に、野心的に。周りの目なんてどうだっていい。周りの声なんてどうだっていい。自分ができる事、やりたい事、本当に望んでいたこと。心の中で小さく囁いていたその欲望こそが、何よりも信じるべきものだって気づいたから。

 理想の自分を表現して、理想を描き変える。それをこの先一生続けていく。自分が大切にしたい人、大切にされたい人、そして何より明日の自分に誇れるように、一日一日を生きていきたい。
 
『今年の抱負』

12/29/2022, 2:39:32 AM

「ねえ、24日って予定ある?」

「……ない」

 デリカシーのない彼女の質問に素っ気なく答える。何を言われるのかは薄々察しがついてる。ここで浮かれるわけにはいかない。案の定、彼女の顔はパッと明るくなった。

「よかったぁ! じゃあさ、遊園地行かない?」

「いいよ……え?」

 想定外の誘いに脳が処理落ちした。今のこの会話は果たして現実か? 

「え、嫌だった……?」

 彼女は上目遣いで不安そうにこちらを見ている。憎たらしいほどかわいいその仕草は狙ってやっているのか、それとも素なのか、わからない。

「いや、『シフト変わって』のお願いだと思ってたから……驚いて……」

 ドギマギする胸を無視して、何とか平静を装って話す。彼女は頬を膨らませ、いかにもご立腹という感じで言った。

「私のこと何だと思ってるの?」

 かわいい。

 不覚にもそう思わされてしまった。

「ごめん、アイス奢るから、許して」

「やったー! じゃ7時に駅集合ね」

 彼女の不機嫌は一瞬で吹き飛んだ。こちらの意見も聞かず、鼻歌を歌いながらどこかに行ってしまった。

 まあ、いつものことか。

 冬休みも、また彼女に振り回されることになりそうだ。

『冬休み』

12/27/2022, 12:24:00 PM


 何の装飾もない、グレーの細い毛糸で丁寧に織られた手ぶくろ。

 きっと大切なものなのだろう。テーブルの上に丁寧に重ねて置いてあるから。まあ、忘れていったわけだけど。

 店の外に目をやるが、それらしき人はいない。この寒空の下、大事な手ぶくろが無くなっていたら、すぐに気づいて戻ってくるだろう。そう思い、テーブルを片づけ始める。

 ケーキが1皿に、コーヒー1杯。砂糖もミルクも手をつけていない。お皿は綺麗に保たれていて、食べカスも殆どない。美味しく頂いてくれたみたいだ。

 食器を洗い場に流し込み、テーブルのセッティングが済もうかという頃、寒い風が入り込み、チリンチリンとベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

 顔をあげながら反射的に接客モードに入る。

 入ってきたのは、背の高い、シュッとしたお爺さんだった。綺麗に整えられた白髪、コートに身を包むその様は英国紳士のような印象を抱かせる。

「すみません、先程こちらで食事したのですが……」

「あ、手ぶくろですか?」

 老人の顔が、パッと明るくなった。

「そうです! こちらに忘れていないかと思って!」

「すぐお持ちしますね」

 レジの裏に回り、手ぶくろを手に取る。

「こちらでしょうか?」

「ああ、それです。妻がもう何年も前に編んでくれたもので……失くしたらなんと言われるか……」

 口ではそう言いながらも、奥さんのことを話す彼はどことなく嬉しそうだった。

「見つかってよかったです。寒いのでお気をつけて」

 手ぶくろを渡しながら、そう告げる。老人は頭を下げ、「ご親切にどうも」と言って街の中に消えていった。

「いい人だったなぁ」

 彼が出ていった後、なんの気なしに呟いた。物腰柔らかく、丁寧で、愛情深い。あんな人間になりたい。そう思わせる、不思議な魅力があった。

『手ぶくろ』

12/27/2022, 5:19:42 AM

 高校2年生、文化祭。

 私の人生最高の瞬間だと思ってた。仲間と力を合わせ、私の最大限を注ぎ込んで作品を完成させたあの喜びを、超えるものなんてこの先味わえないって、そう思ってた。

 しかし今、20年を経てフィルム越しに見るその絵はとても稚拙に見える。色彩も粗いし、筆運びも雑だ。20年前の世界一の傑作も、本職の目にかかれば高校生のおままごとにしか見えない。

 一生忘れないと思っていたあの時の歓びが、気付けば心の中から消えていった。もう二度と味わうことはないのだろうな。そう思いながら、そっと写真を棚の中に戻した。

『変わらないものはない』

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